前回、放送作家に成るのと、放送作家を続ける、のではまた大きく違う。 と言いました。 違うどころか、今の時代に放送作家を続けるのは相当厳しい。 私が最初に、超メジャータレントさん司会の30分番組の 台本を全部書かせてもらったのは、25歳の時です。 そこから「お前は他局で仕事するんじゃない」と、 その局の仕事をたくさん頂きました。 (若い放送作家の数がたいへん少なかったのが幸いでした) 今じゃそんな事、ほぼ無いでしょう。 そもそも、皆さんが、好きだった番組ってナニ?と問わ
今日は相米慎二監督の命日です。 相米さん、僕は相米さんが亡くなった年齢を とっくに超えてしまいました。 困りました。 「風花」を、もう一回みることができないでいます。 また、西荻で豚足食べたいです。
所さんと、お仕事を一緒にするようになって 30年以上。 所さんの独特の視点、考え方に触れ その言葉たちを本の形で残さなきゃいけん! と、思い立って以来・・・ 御本人の書き下ろしに、僭越ながら筆を入れたり、 構成、デザインを頭割れるまで考えたり。 なんか最近流行りの、読みやすくするために 太字、デカい字にしたり、棒線ひいたりするのは ダサいのでやらねえぞ~など、紆余曲折。 結果、後世に遺したい良い言葉たちがあるのに、 それを台無しにする下らないイラストと
日本語にしたら「ナニワ打楽団」という感じになるんでしょうか。 「アトランタ・リズム・セクション」というアメリカ南部のバンドがあります。 その元ベーシストのポール・ゴダードさんは、丸々太った肥満体で、伸ばしっぱなしのロン毛に瓶底眼鏡という風体でして、まあ典型的なアキバのカメコそのもの。 しかし、この人はとんでもないロックを感じる音を奏でるのであります。 雷鳴みたいなゴロゴロとした硬質の音を基本に、お腹にずしりと来る重低音も出すという、素晴らしいベーシストなのです ローリング・
こんな暑い日はKさんのことを、唐突に思い出すことが在る。 当時たぶん40歳ちょい手前。 背丈は180以上、大柄でゴツい体つき。 長髪を結び、髭面、腰に大きなインディアンナイフを腰に差しているKさんは、道であったら絶対に避けるタイプの人だった。 今から40年くらい前、鎌倉に近く、海から500メートルくらいの県道沿いにKさんのバーはあった。 看板はなかった、ただ、店は全面ガラスドアで外から丸見え。 ウッドばりの船室をイメージした店で、天井にはブラックライトで輝く月面のポス
僕が駆け出しの頃の現場は、今では考えられないほど頭がおかしかった。 前日の会議で決められたネタが、突然ボツになって仕込み直し!とか ロケVTRが全編取り直しになるとか茶飯ごと。 25時から全体会議ね!かしこまりです! 27時か~やっと会議終わった! え?これから飲みに行く?ハイ喜んで!お供します~! 当然、家なんか帰れない。 もう1週間帰れないとか当たり前。家のサボテンも枯れる勢い。 赤ちゃんトラを急遽仕込んだはいいものの とりあえず会議室で一晩世話しておけ!とか (赤
放送作家というと 夜な夜なタレントさんと六本木西麻布あたりを飲み歩いている というイメージがあります。 座付き作家、といってタレントさんのブレーンの作家さんだと そう見えるケースもあると思います。 私は番組だけのお付き合いがほとんどで タレントさんとお酒など、行ったとしても打ち上げとかくらいでしょうか。 とはいえ、ほんの数人だけですが、大先輩の方から後輩まで お付き合いさせて頂いているタレントさんはいらっしゃいます。 そうなりますと、この方々の世に出ていない情報は 絶対
旅は一人が良いなぁ。 「スローシャッター」を読んでまず思ったのは、言い古されたアホみたいな感想でした。 僕も若い頃は、さしたる目的もなくずいぶんとあちこち一人旅をしていたんですが 齢を重ねるに連れ、仕事絡みや家人を連れての旅が多くなりまして、 久しぶりにあの時の感覚を思い出させてくれて感謝してます。 特にチリのアプー君、ポーランドの国籍不明の女性との邂逅のお話が響きました。 田所さんは、水産物の仕入れや買付のお仕事で海外に行かれていて、 仕事上で現地の方とのお付き合い
その昔、当時人気絶頂だった山田邦子さんの番組を構成しておりまして。 件の番組は、ゴールデンタイムに公園やら運動場などのオープンセットに 邦子さんを毎回よんで生放送するという、今考えても頭のおかしい番組でした。 もう放送前から噂を聞きつけた住民がわんさか押し寄せるわけです。 老若善男善女、不良、ガキ共、赤ちゃんなどなどが数百人、公園が土煙でけぶるほど集まっちゃいまして。お祭り状態。 放送中にもどんどん増えて行く始末でした。 で、私も邦子さんの警備役として現場に駆り出されて
フォード マスタング 2012年後期モデル 5L V8 白 僕らの世代で車好きなら「ブリット」は見ているはず。 幼い頃に刷り込まれたマスタングへの憧れは、ずっと胸の奥でくすぶって いたのです。 68のマスタングは当然、買えるはずもなく。 2000年代初頭のマスタングは、大ダサ車になってしまい、 見るのすら悲しい。 で、2006年に昔のデザインイメージに戻してくれたのはいいものの、 僕的には、いまいちしっくり来てなかったのです。 で、暫くマスタングのことを忘れていたの
560SEC 頭が悪いのだろう、560SELで懲りているはずなのにSECの出物があったので買う。 その昔、とあるレコード会社の社長さんがこれに乗っている所を見かけて気になっていたのだ。 助手席に当時人気があった女性タレントが乗っていた所為もあったりして。 車重がSELより軽かったのだろうか、割りと扱いやすい車だった。 ネタ雑誌で大道具にしてもらったのが良い思い出であるが シートベルトが自動で出てくるのがどうも気に入らす 1年も乗らず手放す。 そういう人は多くて、自動
ナンシー関さんは 「バラエティとは大勢の出演者が四方八方やたら動いているものである」 と至言を遺されています。 また、あの萩本欽一さんは 「座ってるだけの番組は絶対15%は取れない」と仰っている。 つまり、スタジオ収録の台本のキモは如何に出演者を動かす事でなのです。 その昔、予算が潤沢にあった頃には、2時間の生放送で司会2人にタレントさん10人くらいでワチャワチャやるという番組が沢山ございました。 芸人さん5人に自転車漕がせて発電しながらその明かりで、石塚さんと大食い
とても簡単です。 なりたいと思う人は、たいてい成れますんで、方法は後半。 とはいえ、放送作家に成るための準備というのがちょいと面倒です。 まず、大きめの図書館に行って、司書さんに相談して「放送作家」というジャンルの本を全部借りて読んでください。 ついでにネットでも、「放送作家」を検索して、ざっと読んで下さい。 (デタラメも多いので、適当に) 自分で「ツマラナイと思う番組」をジャンルバラバラで10個ほど選んで、 なぜツマラナイか?考えてみましょう。 自分の好みや、年代要
PC以前は、写真のテレビ用原稿用紙(通称テレ原)に、鉛筆で台本を書きこんでおりました。 下部にはセリフ。上部の余白にはタレントさんの動きを書き、 草稿をFAXで演出に送り、直し指示を受けて修正 OKが出ると製本に出すという流れです。 駆け出しの頃、先輩放送作家さんが「書きすぎて腱鞘炎になった」と仰ってるのを聴いて、んな事あるかい!と思っていましたが、 なるもんです。 番組を多く頂くようになりますと、 年末年始、春秋の改編期には、レギュラーに加えて特番も加わって来ます。 す
500E W124 V型8気筒DOHC 4,973cc とある会社に草鞋を脱いだときの社用車。 とにかく速い。直線番長。長距離高速ぴったり車。 何かと伝説があり、エンスーな人気を未だに誇っているけど 出足のアクセルコントロールが難しいのと 回転半径が大きいので取り回しに神経使う 面倒くさい車だと思う。 同時期に400Eも社用車で乗っていたが こっちのほうが車として扱いやすく優れていた。
仕事柄「今一番面白い番組はなんですか?」と聞かれることが多い。 自分の関っている番組以外では 「有吉くんの正直さんぽ」と答えております。 恩人の故上島竜兵さんを頻繁に出していた有吉さんの男気と、それに応えていた上島さんのポンコツぶりが大好きでした。 また、自分より若手が来た時の容赦無いいじり。 同期が来たらとにかく朝から酒を飲み倒すという姿勢。 ぽっと出のグラビア(有吉さん曰く)の絶妙な扱い。 たこ焼き屋があると、必ず生野アナに熱々たこ焼きを食べさせるのも見どころです。