法学徒に求められる答案の書き方
おはこんばんちわ(死語?)、にしかたです。
さて早速なのですが、皆さんはこういう決まり文句を聞いたことはありますでしょうか。
咳払いをいたしまして。
故意責任の本質は反規範的人格態度に対する道義的非難である。
恐らく法学の初学者は故意責任という言葉すら理解できないと思います。それは何となく分かるとしても「反規範的人格態度」って何なんだという話になります。
正直に言いますが、私も知りません。
ですが、極めて多くの法学徒は刑法でとある論点(錯誤。本記事は初学者向けのため、説明はしません)が登場すると、一目散に答案にこの決まり文句をペタペタ貼り付けるわけです。刑法に限りません。民法だろうが憲法だろうが、ある一定の決まり文句を我々は壊れたレシートのように貼り付けます。それは一体なぜなのでしょうか。その理由を理解することが本記事のテーマです。
法律を学ぶ上で重要なこと
(1)法的三段論法は一旦忘れるべき
この記事を読んでいるということは、皆さんは法学の世界における正しい答案の書き方が分からない迷える子羊かと思われます。しかしご安心を、これについては皆さんは全く悪くないと思います(法学では「帰責性がない」とか言いますが、それはさておき)。
と言いますのも、少なくとも私は、3年間法学部で勉強してきて正しい答案の書き方など学んだことはありません。教員に質問すると答えて頂いた経験はありますが、講義で教えてもらうことはまずないでしょう。
こう言うと教員側はこう仰るかもしれません。「法的三段論法を教えたじゃないか!」と。皆さんの中にも法的三段論法を教えてもらった人は多いと思います。私も3年前、教えてもらいました。
ですが、私に言わせれば、アレは少なくとも初学者にとっては有害無益なものです。法的三段論法を教える際に使われるのがソクラテスのあの例です。
大前提=人間は死ぬ、小前提=ソクラテスは人間である、結論=ソクラテスは死ぬ。
んなこと言われなくても分かってんだよと叫びたくなりますが、意味不明になるのはここから。「この三段論法を法学に応用したのが法的三段論法です」。
あのー、法学の世界でよくある、学説に対する批判として「結論を言い替えただけに過ぎない」ってのがあるんですが、まさに結論言い替えてるだけじゃないですか。
まあまあ、いいでしょう。それならどうやって応用するんですか?ソクラテスの対話篇ばりに質問してみましょう。すると、
「一般的な法的ルール(大前提)を個々の事実関係(小前提)に当てはめて結論を導く」、とのこと。
は?????
まあ、3年間やってきた身としてはその言わんとすることは「何となく」分かります。ですが私ですら「何となく」です。初学者には無理じゃないですか?こんな抽象的なモンを理解しろって言ったって。
しかし問題は更に重大です。たしかにこの法的三段論法の言ってること自体は正しい。ですが、これを覚えたとて試験答案を書くに際して役に立つことはまずありません。
これは初学者の方が感覚としてはお分かりかと思います。結局フォーマットとしてはどうすりゃ書けるんだ?となりますよね。
そこで私は、初学者の皆さんには「法的三段論法は一旦忘れること」を提案します。法的三段論法は単なるマジックワードに過ぎないので、あまり拘りすぎると沼にハマってしまいます。ですので、まずは脇に置いといて、答案の型を覚えていきましょう。
じゃあ具体的にどういう型で書けばいいのかは後述します。
(2)規範を覚えろ
規範って何でしょう?普通に辞書を引いてもらえば分かる通り、ルールです。すなわち、ルールを覚えろということになります。
ここでこう思われるかもしれません。「法律がルールなんだから、それを覚えろということ?」
違います。法律はデイリー六法読めば(ポケット六法なんて無かった)書いてありますから覚える必要は普通はありません。
そもそも、読めば分かるようなことは試験には出しません。試験の意味が無いですからね。
ではつまるところ規範とは何かと言うと、法律の解釈です。一例を挙げましょう。
民法21条をご覧頂ければ分かるように、そこには「詐術」としか書かれていません。詐術とは何たるかの解釈はまさに判例(学説)に委ねられているわけです。答案に書き表すべきこの解釈の部分、これを法律の世界では規範と呼んでいるわけです。
我々法学徒が(基本構造=未成年者取消しの仕組みなど、を覚えた次に)真っ先に覚えなければならないのはこの論証部分です。学部段階の試験ではここが1番に問われていると言っていいでしょう。
そして、こういう論証が生まれる理由は法律上の論点が存在するからです。
特に事例問題では、論証を暗記できているかどうかのほかに、いわゆる「論点抽出能力」、要は問題文中に色々書かれている事実の中から法的論点を正確に取り出せるかも問うているわけです。
正直、この論点抽出は私でも苦戦します。司法試験ですら”論点落とし”はザラです。
ですので、初学者の皆さんにおかれては、まず論証と論点をセットで理解し暗記することを推奨します。
(3)理由付けもセットで覚えろ
さて、実は先に挙げた論証をそのままコピペしても満点は得られません。理由付けが欠けているからです。「正当化」とも言います。
ぶっちゃけ時間が無かったりだとか、メイン論証が別にあるとかで理由付けを端折ることは有り得なくはないですが、好ましくはないです。
先ほど私が挙げた論証は判例をベースにしていますが、判例とて「最高裁のお気持ち」にすぎません。しかしその判例は一般に支持されています。それはやはり、その理由付けに皆が納得しているからです。
法律の世界に限らず、自分の意見を述べる時はその理由もセットで言わないと説得力は皆無ですからね。論証暗記に必死で忘れがちですが重要です。
理由付けは大体教科書に載ってますが、オトナの事情で載ってないことも多いです。そういう時は自ら考えるほかありません。そこでキーになってくるのは法律(あるいは条文)の基本理念です。例えば、先ほど私が挙げた論証を正当化する理由付けとしては、相手方の信頼保護などが挙げられるでしょうか。
なお、この理由付けもセットで「論証」と呼ぶ場合も多いです(その方が一般的かもしれません)。
(4)結論
結局、次のように覚えることになります。もちろん基本的な構造(各条文につき具体例が思いつくことが望ましい)は理解した上で、です。
①まず、論証を覚える。
②その際、なぜ論証が必要になるのか、つまり論証を貼り付けるべき法的論点もセットで覚える。
③次に、その論証を正当化する理由付けを覚える。
答案の型
(1)基本的なフォーマット
論証を覚えたら次はいよいよ事例問題に挑戦することになるかと思います(1行問題といい判例と学説の立場を比較検討させる問題もあるが、紙幅の都合上省略)。
これに関しては基本的に以下のように型を組みます。こればっかりは理由付けもクソもないので、とにかく頭に叩き込んでください。
①論点抽出
論点が生まれる問題文中の事実を取り上げます。その上で、「この点、◯◯という点が問題となる」。と問題提起。先の例ならば、「この点、「詐術」とはいかなるものを指すか問題になる」。
②規範定立
基本書やレジュメに書いてある内容をもとに、論証+理由付けをセットで書く。この部分は、どの学説にのっとるかを除けば大体皆一致します。基本的に判例ベースで規範定立を考えれば外すことはほぼないからです。
クセがついてないと理由付けは書くの忘れがちなので、普段から理由付けを意識することが重要です。
③当てはめ
問題文中に示されている事実を先ほど定立した規範(判断基準)に当てはめていきます。
この当てはめ部分に正解はありませんので、各々が思う形で当てはめていけばよいと思います。ただし注意点として、当てはめは問題文を書き写すことでは決してありません(これは教員からも何度も言われます)。必ず自分なりの事実の解釈を示してから規範に当てはめるべきです。
例えば、「Xは長年にわたり、自らが購入した土地の登記(自己の有する権利を皆に知らしめるもの)手続を面倒だと思い放置していたところ、Yがその土地の登記を得た」という事実からは、「Xの著しい怠慢」という解釈を導けます。
要するに、事実からメタ事実を導いた上で当てはめることが重要になります。
(2)注意点
第一に、この型はあくまでも一般的なものであって、実は科目ごとにある程度もっと具体的な形で答案の型は定式化されています。
民法なら主張抗弁型などがありますし、刑法なら構成要件→違法性→責任、という流れで検討することがマストです。初学者の方はまだ分からなくて結構だと思いますが。
ですので、今私が示したフォーマットは、答案を組む際の頭の中での思考整理に活用するのが良いでしょう。
第二に、答案を組んでいく際に重要なこととして「項目立て」があります。例えば、
1.Xの主張
(1)
(ア)
(イ)
(2)
2.反論
3.問題提起
4.検討
という感じです。これをしない答案というのは評価が低いです。まあ当たり前ですよね。段落分けもしてなければ今この文では何をどう検討しているのかさっぱり分からん駄文を読めと言われても困惑してしまいますよね。
面倒臭いなあと思われるかもしれませんが、この項目立ては思考整理の上でも有用です。今自分が何を書いているか見失うことは危険ですし、自分の答案をマクロな視点で見ることができるので論理的な間違いにも気付きやすくなります。
第三に、答案を書く前には必ず答案作成メモを作りましょう。法学部の試験ではボールペン(か万年筆)の使用しか認められませんので行き当たりばったりに書けません。まあ書き損じは二重線で消せばいいのですが、丸々一項目消すという行為はその分の時間の無駄ですし、採点者の心証も悪くなります。
急がば回れ、です。試験時間も短いので答案を書きたいと焦る気持ちは分かりますが、結局のところきちんと下準備をしてから書く方が効率よく答案を作成できます。筆者は考えすぎで時間が足りず、ぶっつけ本番でメモも何もなしに答案に書き殴ることを繰り返しているが、真似してはいけない。
答案作成メモの作り方については前出の項目立てをサーっと書くくらいでいいと思います。あと必要に応じて、ここで◯◯を書くとか加えておくと楽です。
第四に、問題文中に示されている事実は全て何らかの意味があると思って答案作成に取り掛かることです。受験数学の問題で示される条件(◯◯=120とする、とか)は必ず解答で用いますよね。無駄な言及は存在しません。
法学部の試験もこの部分においては同じです。なんかこの事実、結局何の意味もなくない?と思った時は大体、答案に何らかの欠陥がありますので再検討してみましょう。
まあ正直に言って、フレーバー要素(オマケ)であったり、カモフラージュ(引っ掛け)の場合もあるので、何の意味も無い事実が存在しうることは否定しませんが。
結論
では最後に、初めに問うた今回の記事のテーマを思い返してみましょう。
故意責任の本質は反規範的人格態度に対する道義的非難である、この決まり文句を皆が書くのはなぜか。
答えはもうお分かりかと思います。この部分を論証(理由付け)として皆が覚えるからですね。
ちなみに、この論証はどうやら団藤先生という方が書いた教科書が出どころのようてす。しかし、最後にもう1点皆さんに勉強する上での重大な注意点をお伝えしなければいけません。それは、「巷に出回っている論証を盲信するな」ということです。
実は、例の論証の出どころとされる団藤先生の教科書ははるか昔に出版されたものです(1990年頃)。当たり前ですが、今と昔の刑法の議論の蓄積は段違いです。つまり、この論証はもはや時代遅れなのではないかということです(刑法は苦手なので断言はしませんが)。
恐らく司法試験予備校辺りが市販の論証集でこの文言を未だに使っているのでしょうが、30年経った現代でそれが通用するかと言われれば微妙です。司法試験を採点するのは議論の最先端を行くような学者たちですから尚更。
予備校が作った論証集がそんなんでいいの!?と思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、予備校の論証集は往々にして現在の議論についていけてないことが多いです。更に、予備校の論証集をコピペしたような答案は採点者にバレます。皆一言一句同じことを書くからですね。そういう答案を「予備校答案」と言いまして、嫌いな先生は本当に嫌います。
私が言いたいのは、予備校の論証集を使うなという訳ではありません。そうではなく、その論証は何を意味するのか調べ、きちんと正確性を担保した上で使えということです。
そうすると、やはり普段から基本書を読んで自分なりに論証を考えておく、予備校の論証集はその参考程度に使う、といった使い方が望ましいと思いますし、結果的にコスパが1番良いでしょう。
法学部で3年間やり過ごしてきた私が教えられることは以上です。
法学って面倒臭いよね、その通りです。ですが私は、もう割り切ってそういうゲームなのだと思うようにしています。そう、クソゲーです。ですがこのクソゲーが今の日本社会を支えていることは心に留めておいて損は無いでしょう。
久々にごく真面目な記事を執筆して疲れたので( もっとふざけたかったです)、この辺で筆を置くことにします。
ではでは、皆さんの成績が良くなりますように。