「三十一文字(みそひともじ)(短歌)で綴る世界見て歩き」Ⅱ.イタリア紀行(2000/2)
2.イタリア紀行(2000/2)
私が初めてイタリアに出かけたのは昭46,「欧州消費者活動視察団」(6ヶ国、4週間)に参加、もう50年以上も昔になる。その時はローマのFAO訪問が主目的、その翌日だったか日帰りでナポリとポンペイを観光した。今でも忘れ難いことは、当時の日本にはまだなかった高速道「太陽道路」を走った時、一番驚いたのはスピードが下限100km、つまりスピードが100km以上で走らなければならぬということだった。上限速度40とか60キロ位しか知らぬ日本人の私には大きな驚きだった。その後はイタリアが好きになりパック旅行5~6回で、北から南まで全島くまなく巡りシチリア島まで出かけた。下記の歌はその3回目だったかが主で、後はちょこちょこの記録である。
『ミラノ』(2000・2.20~22)
〇成田発ち12時間の空の旅ミラノマルペンサ空港に着く
〇ミラノ便で席隣り合うビジネスマン「ミラノコレクション」を見に行く旅とぞ
〇雪冠るアルプスの峰を眼の下に機は旋回しマルペンサに下る
○空港を出でて都心に向かいたるバスはロンバルディア平原を行く
○白壁に薄茶の屋根の家並ぶイタリアに来しとう感懐しきり
〇イタリアの古き歴史と近代性が見事に溶け合うミラノの街は
〇今ここで千年紀ファッション生れいるか国際見本市会場前を バスは行く
○精緻にし華麗の大聖堂写さむとカメラ縦横構えど叶わず
○美しき大聖堂の全貌瞼うらに残しおかんと ひたすら見入る
・スカラ座
○スカラ座のチケット買いて「イタリア」と「ローマの松」聴く至福のひととき
○時代醸す大シャンデリアを目の前にスカラ座天井桟敷に座せり
○かほどにも美しき音は初めてと豊かにふくらむ響きに酔えり
・コモ湖
○ミラノよりコモ湖へ向かうバスに見ゆ雪に輝くアルプスの山脈
○トンネルを抜けると眼下に湖の見ゆコモ湖と言える避暑地なりしと
○中世の面影遺すコモの街イタリアシルクと湖が自慢と
○山ひだの底に鏡の如く光る湖の周りはとりどりの別荘
○コモの湖遊覧船はすべり行き著名な人の別荘めぐる
○アルプスの山間にあるコモの街湖の向こうはスイスなりとぞ
・ベローナ
○沙翁書く「ロミオとジュリエット」の物語このベローナに起こりし実話と
○変哲もなき旧き家のベランダがジュリエットの恋の舞台か
『ベネツィア』(2000.2.22~3)
○ベネツィアが水の都と言われるは海辺の砂州につくりし故か
○海中に埋る数多の松の木が華麗な建物支えいたると
○ベネツィアのサンマルコ寺院の床の波打つは地盤沈下の故なりしとぞ
○政庁に続く地下牢見学す水路に架かる「タメ息の橋」超え
○政庁で十人( Ⅽ・Ð・Ⅹ)委員会の部屋を見て塩野七生の小説思う
○カーニバル近ずくらしかベネツィアの店頭飾るとりどりの仮面(サンマルコ広場)
○ベネツィアのサンマルコ広場で記念にとベネツィアングラスのペンダント買う
○茜雲見つつ観光ゴンドラに乗りて陽の落つ水路を巡る
○ギイギイと手漕ぎで進むゴンドラの横を水上乗り合いバスはすれ違い行く
○ベネツィアン赤色グラスを造る様子見学せしが値に驚かさるる
○墨色の運河をゴンドラ進みゆく左右の家並みに灯ともる中を
〇夕食に食べしイカスミスパゲッティ口元黒くしホテルに戻る
〇ベネツィアは魚の鮮度思はぬか店頭の魚は臭気たており
・『ピ サ』(2000.2.22)
〇幼き日絵本で見しはこの塔か「ピサの斜塔」のホンモノを前に
〇青空を背にし真白き円塔は芝生の上に傾きて立つ
〇ピサの街の白き円筒傾くは地盤沈下の故なりしとぞ
〇芝生を隔て斜塔と向き合う洗礼堂は宝石箱のごとく美し
『フイレンツエ』(2000.2.23~24)
〇芸術の都フイレンツエで美術館を巡りて過ごす至福の一日
〇フイレンツエのアカデミア美術館でミケランジェロのダビデの像見る
〇王宮のごときウフイッツイ美術館で名品「ヴィーナスの誕生」を見る
〇夕景が美しとう丘の広場よりフイレンツエの街見る昼下がり
(ミケランジェロ広場にて)
〇ミケランジェロ広場で見下ろすアルノ川は家並みを写し午後の陽に光る
〇ミラノでは「最後の晩餐」見逃すがフイレンツエで出会うラファエロのそれ
(サンマルコ修道院)
〇サンマルコ修道院の二階では「受胎告知」のフレスコ画を見る
○キリストをただ生みたるに過ぎぬのに何故にマリアをかくまで讃うのか
○金銀のアクセサリーの店並ぶベッキオ橋を行きつ戻りつ
○ベッキオ橋を商店街と思い居しがアルノ川に架かる橋とぞ
○フイレンツエでフェラガモ本店探し行き靴2足買うリッチな気分
○一日で美術館三つも巡りたり名画に酔いしか吾は疲れり
○今一度来たしと思うフイレンツエに自由気ままの一人旅にて
・トスカーナ地方 (2000.2.25)
○道の辺のパーキングエリアの土産屋でトスカーナ銘酒キャンティを買う
○ベル―ジャの中田選手の好物とう猪サラミを土産にと買う
○緩やかに丘うねりたりトスカーナぶどう畑と疎林が交互に
○大小の丘陵重なる田園は裕に陽を浴ぶトスカーナの地
○アペニンの山越え来れば道脇の斜りに広がるオリーブ畑
・アッシジ (2000.2.26)
○中世の名残りとどめるアッシジはサン・フランチェスコ教会もつ町
○巡礼と祈りの町とうアッシジは丘の中腹に静まりて在り
○丘の上の教会の塔を囲むごと家蝟集するアッシジの町
○幾人の巡礼ここを踏み行くか摺り減りデコボコ石畳の道
「ローマ」 (2000.2.26~27)
○三十年前に五円を投げ入れし「トレビの泉」を再び訪なう
〇観光の人でにぎわう「トレビの泉」日本の若い娘おちこちに見ゆ
〇緩やかで広い石段スペイン広場に映画「ローマの休日」思う
〇石段に向き合う͡こていなブテイックで蝶々柄のスカーフ求む
〇三十年前は気軽に入られし「コロッセオ」今は金網で閉れおり
〇フオロ・ロマーノ再び歩くを楽しみに来たるも叶わず口惜しきかな
〇FAOの建物前をバスは行く以前は訪問せしこと甦る
〇イタリアのお金の価値に馴れ来たり1万リラが約600円
〇我もその一人なれども日本人を多く見かけるローマの街角
・カンツォーネレストラン(2000.2.26)
〇手を叩き共にカンツォーネ歌いたり若き日覚えし歌詞甦る
〇大声でオ・ソレミオを和し居れば秋波送りき台湾紳士
〇高き声は出ぬごとなれど久びさに存分に歌い気分爽やか
・ヴァチカン(2000.2.26)
〇カソリックの総本山とうヴァチカンのサンピエトロ寺院は人で溢れおり
〇荘厳と雑踏の気配まじりたりサンピエトロ寺院の広き堂内
〇ヴェール被りひたすら祈る人の前を無造作に若者よぎる
〇お揃いの聖服・ベールのシスターら人種はさまざま広場に屯す
〇シスターの巡礼多きごと見ゆは今ミレニアムの年なりし故か
・太陽道路(2000.2.27)
〇陽光を正面に浴びローマから太陽道路をナポリへ向かう
〇うねりたる疎林の丘のその先にアペニン山脈霞みて見ゆる
〇葉を落とす灌木とエニシダ点在する萌黄の野面に羊群れをり
〇畑続く向こうにカサ松並木見ゆアッピア街道とう古代の道とう
〇麦ばたけ青々広がるその先の丘には家並みの重なり見ゆる
〇ハイウエーをひた走り行くバスの窓にベスヴィオスの山容霞みて見え来
〇菜の花にミモザ・アカシア咲き満てる地中海沿いの道陽光燦燦
・ナポリ(2000.2.27)
〇ナポリ湾見下ろす白きレストランでキリストの涙とう地ワインを飲む
〇ポシリポの丘より眺めるナポリ湾いま白船の港出て行く
〇久々のサンタルチアの海岸は高層ビルの増えしを思う
〇ナポリ湾に突き出す砦は「卵城」ベスビオスを背に一幅の絵
〇ナポリとうその名の語源はギリシャ語の「新都市」と言いギリシャが拓くと
〇イタリアの北部、中部に南部産のワインそれぞれ飲みて較べる
〇カメオ彫る職人養成学校を訪問したりナポリの郊外
〇大小の楕円に南洋貝を切る手つき鮮やか職人たちの
〇べっ甲で縁どるカメオは珍しと記念にブローチを求める
〇同行の友も欲しいと同じ品残る1個のカメオを買いたり
『ポンペイ』(2000.2.27)
〇石造る神殿跡とうポンペイの広場の向こうはベスビオの山
〇石壁の塀に囲まるポンペイは城塞都市の名残りとどめる
〇噴火する灰で瞬時に埋まりしとうポンペイ昔の遺構を留める
〇二千年も灰に埋まると思えざり床のモザイク鮮やかに残る
○富む人は富めるごとくに貧しきは貧しきままの暮らしの跡見す
〇二千年も昔に早くも上下の水道を持ちしポンペイ遺構に偲ぶ
〇外敵の侵入防ぐためなりとポンペイの道真中凸めり
〇ポンペイの人々罹災すその時の苦悶の様を人形に偲ぶ
〇ポンペイは三十年前に見たるより整備が進み興の削がるる
〇如月の陽光さんさんとと降り注ぎ汗ばみて巡るポンペイ遺跡
〇イタリアの空なぜかくまでに青きかとポンペイ広場に立ちて見上げり
『南イタリア紀行』(2010.1.24~30)
・福岡~仁川~ローマ~ナポリ(2010.1.24)
○筑波より来たる旅友もてなすと寿司おけ前にワインで乾杯
○旅先に持ち行く重きスーツケース提げて確かむ自が体力を
〇スーツケース運ぶ体力なくなれば終わりにせむか海外旅行
〇来るたびに賑わいと設備の充実を増す仁川は韓国発展の証
〇ローマ便で席隣り合う韓国紳士は機械整備でミラノに行くとう
〇カタコトの日本語・英語で語り合うよもやま話は旅のつれずれ
〇「よき旅を」言葉残して席立つ紳士ニンニクの匂い微かに残す
〇雲海の上に散らばるアルプスの頂きは美し朝日を受けて
〇一日が三十二時間とう日を過ごしようやく着きたり深夜のナポリ
〇三度目のナポリの街は闇に沈みホリデイインナポリで旅装解きたり
〇ベスビオの双子の山に朝日さすナポリに来しとう思いが込み上ぐ
〇今回はベスビオ、ポンペイをパスするも車窓に眺めマテーラへ向かう
・マテーラ(2010.1.25~26)
〇岩山の崖を穿ちて造りたる洞窟住居の集落跡を見る
〇「サッシ」には洞窟住居の意味あると吾は知らざりマテーラ訪うまで
〇これまでは貧農民が住みしとうサッシ集落は世界遺産の登録を受く
〇岩崖に貼りつく家々結びしは自ら穿ちて造る細道と石段
〇玄関の扉は普通の家なるも内部はほとんど洞窟住まい
〇天井と内壁全部に石灰を塗り込めつくる窟内に冬場は家畜も共に暮らすと
〇崖伝いに落ち来る雨水を貯め置きて生活用の水に使うと
〇キッチンの流しの前には採光と換気のための窓一つあり
〇窟内の大半占める大きなベッド家族雑魚寝し嬰児は箪笥の引き出しに寝すとう
〇世界遺産になりしサッシの集落はいま無人となり静寂つつむ
・シチリア島(2010.1. 26~27)
〇ローマから走り来る汽車車輌ごと連絡船でシチリアに渡ると
〇船室はマフィア顔せる人数多シチリアに渡る夜のフェリー
〇背低く黒髪黒服のイタリアメタボら屯して大声陽気にしゃべりて居たり
〇名のみ知るシチリア島のエトナ山曇り日故か山容は見えず
〇風冷えて赤セーターを着込みたり景色に相応うかシチリアなれば
〇シチリアを案内しくれるガイドさん筥崎生まれ福岡高卒とう
〇イタリアのローマに留学恋におち現在シチリアに暮らすと語る
〇オキュウトが食べたしと聞き乾燥のオキュウト送る約束をする
〇島内はギリシャ神殿遺跡が多しギリシャの旅かと錯覚するほど
了