「三十一文字(みそひともじ)(短歌)で綴る世界見て歩き」 Ⅰ.イギリス紀行(1998.8)
Ⅰ.イギリス紀行(1998/8)
夏休みに2週間ほどイギリス旅行をした。ロンドン大学の夏季セミナーに参加する娘の終講を待って私も渡英、イギリス4回目の娘に全てを委ねブリテン島を一周した。スーツケースを引っ張りながら。
これはその旅行記である。
『ロンドン』(1198・8/3~12)
○成田発ち13時間の空の旅ようやく降り立つヒースロー空港
○小雨降るロンドンの街行く人はジャケット多し8月なるに
○大時計塔 議事堂 ウエストミンスター(アベイ)寺院にテムズ川、シンボル一望、河畔に立てば
○童謡で有名なりしロンドン(はし)橋いまも化粧直してテムズに架かる
○十六夜の月見をしたるピカデリーの広場は今も人溢れ
○戦前野日本紳士が憧れしリーゼント街でネクタイを買う
○バッキンガム広場でひととき待ちし後ようやく見らる衛兵交代
○ハロッズに今も飾らるダイアナ妃写真の前に花束絶えず
・ロンドン塔
○27年ぶりに訪ねしロンドン塔 守り人の制服今も変わらず
○血塗られる数多の歴史を秘めし塔いま観光の客が溢れて
・ウエストミンスター寺院
○荘厳と華麗織りなす大聖堂 堂内こだますオルガンの音色(ね)は
○信者にはあらねど吾も内陣に座して聴き入るオルガンリサイタル
○夕陽うけステンドグラスが刻々と色を変えいく大聖堂は
・ウインザー城
○円塔にユニオンジャックが翻えり 女王様は留守なるか今
○河水光るテムズ河畔の高台にウインザー城聳えて見ゆる
○青空に石壁の塔くっきりと重なり合えるウインザー城
○畳々と灰色の石壁重なりて威容を誇るウインザー城
〇招かれし客の心地で見物す 案内人の態度も恭々しくて
〇イギリスの名士ら若き日学びたるイートン校はウインザー城外
〇伝統はかくなるものと示すごと古しレンガの建物堂々(イートン校)
・ピムズホテル
〇外国に独り生き来し日本の女性はB&Bホテルの六十路の女主人
〇ロンドンでご飯、味噌汁、納豆の日々の朝餉よピムズの宿は
〇幾人の旅人が心を癒ししか宿の女主人の手つくる朝餉で
〇キビキビと心利きく世話する女主人 イギリス旅する若い娘達には母か
〇見し顔と「ん?」と一瞬驚きぬ「矢崎しげる」と同宿するとは
〇弟子連れてロンドンに芝居観に来しとテレビと別の顔見す矢崎氏
「スコットランド」(1998.8/5~7)
〇視野一杯緑の畑が連なるに働く農夫は一人も見えず
〇牧場には牛や羊が点々と長閑に草を食みおるを見ゆ
〇遠目には美し牧草地 近寄れば獣糞点々田舎の匂いす
〇牧草地に人影見えるは珍しと近ずき行けばゴルフ場なり
〇ゴルフとう遊びの起源は牧童の独り遊びと納得しきり
〇泥炭の層を潜りて来し水か黒き清水のせせらぐ小川
〇ピートの層くぐり来しとう黒き水これスコッチの源水なるとぞ
〇ハイランド冬いかばかり寒きかと荒涼の山眺めて思う
〇風冷えて買いしばかりのストールを夏着に巻けり八月るに
・白 夜
〇夜の9時はるかに過ぎる時間なるに野面明るく羊は草喰む
〇ようやくに薄暮の気配漂いき時計は早も10時を差しおり
・エジンバラ
〇中世に迷い来しかと錯覚すエジンバラの城下町に来て
〇年古りし石造りの家、石畳、道行く人のみ現代の服着て
〇エジンバラは古き建物君臨し近代ビルは端に遠慮すごと
〇街角のあちこちに聞こえるバグパイプ タータンの人は銭函を前に
〇町を挙げ芸術祭の準備に沸き立てりエジンバラ城は会場になるとう
〇お土産にスコッチ買いしは良けれども運び難めり後の旅の日
・ネス湖 ・インバネス
〇古の生きもの棲むと騒ぎし湖 谷合い深く鎮まりをれる
〇ロマン秘め湖くろぐろと鎮まれりスコットランドの最果ての地に
〇ネス湖畔 廃虚の砦ひとつあり昔の守り人ネッシー見しか
〇ネス湖畔にアザミ下野草咲き乱れ名知らぬ地元の花に混じりて
〇ネッシーは幻なりと定まるが観光に活かすインバネスでは
〇インバネスの宿で裏庭の小屋与えらる苦情を言いて部屋替えもらう
『湖水地方』(1998.8/7~8)
〇石造る白壁の家 牧草地 田園の美ここに極まる
〇湖と緑の田園織りなせる景色美し息のむほどに
〇カントリーその美しき風景は人と自然が織りなす技か
・ベアトリックス・ポター館
〇しばらくは幼に戻り幻想と童話楽しむポター館では
〇見入る幼ら瞳愛らしポター館 童話の主人公と友達になりしか
〇馴染みなるピーターラビットの童話の奥にかほどに深き秘話があるとは
〇幼らは何処の国でも愛けれど金髪碧眼わけても愛ぐし
・ウインダミア湖
〇細長き湖面をすべる遊覧船 両岸の景色手に取るごとし
〇貸しボート ジェットスキーにヨットまで若者多に楽しむ湖
〇人馴れる数羽の白鳥が水際でエサを求めて人にすり寄る
『イングランド中部』(1998.8/9~10)
・ハワース(嵐が丘)
〇小説の舞台となりし丘今は人家蝟集し町となりをり
〇街外れのペニンストン丘公園のヒースと強風に「嵐(小)が丘(説)」偲べり
〇ブロンテの父が司祭の教会は今も譜板にその名が残る
〇ブロンテの姉妹暮らしし牧師館は資料館となり観光客の群がる
〇ブロンテは蒲柳の質でありたるか残りし服と年譜に偲ぶ
〇旅先で知り合いとなる若夫婦レンタカーにてイギリス巡ると
・チェスター
〇古代ローマの遺跡ありとうチェスターは中世の名残り街並みにとどむ
〇城壁がそのまま裁判所の裏塀に 昔と今の奇しき調和か
・ストラットホード・アポンエイボン
〇シェークスピアの故郷ストラットホード 景色も水も軟らかき地
〇シェークスピアの生家ある町ストラットホード エイボン川はゆったり流る
〇沙翁劇の本場ロイヤルシアターで観し劇「十二夜」言葉解らず
〇東京の高一生が引率されシェクースピア劇観に来る平和よ
〇エイボンの上なる沙翁の生家訪い 興深く見るイギリスの田舎家
〇土産屋となりし沙翁の生家いま観光客で賑わいており
〇シェークスピアの墓ありしとう教会はエイボン河畔に尖塔見せ建つ
〇その昔 沙翁を見しかステンドグラス家族も眠る教会の裡
〇貸しボート遊覧船に鴨ハクチョウ数多遊べりエイボン川に
〇子供らの投げやるパンに群がりて鴨、ハクチョウが競いて喰えり
・アルベストンマナーホテル
〇沙翁劇の『真夏の夜の夢』初演せる領主の館のホテルに泊まる
〇地面まで枝這う杉の大木の下で『真夏の夜の夢』初演せりとう
〇年古りし大木多きこの庭は小鳥も数多リスも出で来る
『母娘旅つれずれ』(1998.8)
〇夫独り残し夏休みを旅する娘 申し訳なしと母心は複雑
〇子持たぬ娘 孫持たぬ母が二人してイギリスに遊ぶ これも幸かと
〇十日余の海外旅行に発つ親子 仕事に家事になすこと数多
〇位牌子を育て嫁がせ三十年余 その子と旅寝す感慨数多
〇のんびりの娘とせっかちの母 日に幾度かは互いに苛つく
〇これ位歩かむとう娘に膝庇いタクシーとう母 時に諍う
〇毎夕べ水を買い来て湯を沸かし緑茶楽しむホテルの短か夜
〇時間違ひと時過ごす駅のベンチ 涼風受けつつ見しこと歌にす
〇帰国すと娘に見送らるヒースロー空港 待合室は人種の坩堝
〇成田便 出発せし後ばったりと日本人の姿消えけり
〇娘と別れ深夜便待つ待合室に日頃見慣れぬアラブの人増え
○乗り換えの便待つ間に仮眠とるトランジットホテルは便利な処
・機上にて(テヘラン~カラチ)(1998.8)
〇砂漠とはかくなるところか幾時間も白茶色の砂山畳々続く
〇見はるかす砂岩の世界拡がりて草木はなしテヘラン~カラチは
〇畳々と時には峩々と砂岩が地球のシワを見すごと続く
〇複雑な木目を見るごと層をなす砂山の上に白雲たなびく
〇白茶ける砂漠を抜ければ紺青のベンガルの海は目に沁みる色
以 上
あ と が き
母娘旅行は娘の卒業記念の「ドイツロマンチック街道とアルプスの旅」以来の7年ぶり。今までの十数回の海外旅行すべて旅行社任せだった私にはスーツケースを引っぱり、宿も食事もその時次第のブラブラ旅は新鮮で面白かったが、娘には注文多い道連れの世話は大変だっただろう。
もう一つはその頃始めたばかりの短歌で旅行記を綴ったことである。「疾く目覚め昨日見しもの感動せしを三十一文字にまとむは楽し」とばかりに、頭に浮かぶ文字を指折り数えてはホテルの部屋のメモ紙に書き散らしていた。それを持ち帰り、ワープロで入力するとうちこむと思いがけぬ旅行記となっていた。これからしばらくこれに嵌ってみようと思った次第です。
西原1998.10月