Dual Kaleidoscope 昇藤 7
"あいつ"との約束は一週間以上前からのものだったから、善治の一件で延期するように申し出ようかとも思ったけれど、結局こうして待ち合わせ時間をずらしただけにした。延期にしなかったのは、この日を多少は楽しみにしていたというのがまず一つ、そしてもう一つに気分転換という意味合いもある。
彼女は――望月晃(もちづきあきら)はそういう意味で良い人選というか、肩肘入れなくても良いぐらいには親しく、そして思いやりのあるやつなのだ。
「お前、何か顔暗くないか?」
そうして、待ち合わせ場所である駅口に現れるなり、開口一番言い放ち、望月はこちらをまじまじ見てきた。
目に見えて落ち込んでいるつもりはなかったが、我が民研の良心というでもいうべきこの優しい茶髪の女子高生、望月晃はこちらの普段とは少し違う雰囲気に気付いたのだろう。こっちが困った顔で相談しても、なかなか真面目に取り合ってくれなかったどこぞのお嬢様とは大違いだ。
「まあ、ちょっと家で厄介ごとがあってね。落ち込むってほどじゃないけど、少し困っててね」
「そうか……」
厄介ごとという表現で色々と察してくれたのか、望月は二の句を紡ぐのを躊躇っている。おそらく、そう気軽に言えることでもないというこっちの事情をくみ取ってくれたのだろう。
こういう気遣いは本当にありがたい――見た目はギャル風できつい感じなのに、中身は気遣いに溢れる優しい性格というのが、望月晃という女の子の魅力なのだ。
「もし、あたしに手伝えることがあったら言ってくれ。部長みたいには出来ないけど、多少は力になれると思う」
「……ありがとう」
いや、このほとばしるまでの優しさは何だ。
深くは聞かないけれど、もし助けがいるなら力になるよなんて、およそ考えうる中で一番ありがたい言葉ではないか。あの自由人というか、勝手気ままな連中だけで構成される我が民族学研究部の中にあって、こいつはまるで一輪だけ咲くオアシスの花のごとき癒しを俺に与えてくれる。
適当が服を着て歩いているような部長、掴みどころがなく飄々としている宍戸、色々な意味で恐ろしい顧問の赤石と、癖だらけの三人に対して、望月はとても常識的で気遣いの出来る人間なのだ。
そして、ついでに他の三人と同じくして、容姿のレベルが物凄く高い。目鼻立ちのはっきりした顔立ち、モデルのように細く均整のとれた体型、綺麗に茶色に染められた長髪、素直に綺麗だと褒めたくなる容姿をしている。
無論外見に関しては、部長は美しく、望月は綺麗で、宍戸は可愛いというのが俺の評価で(ついでに顧問の赤石はエロい)、簡単に甲乙つけ難い高水準の戦いだけれども、中身に関しては、ぶっちぎりで望月の勝ちだろう。
「それで、今日はこの前の礼をしてくれるんだよな?」
「ああ、東防山での一件ではお世話になったからな。何か奢らないと悪いだろう」
今日彼女と駅で待ち合わせたのは、この前の東防山の一件のお礼に、何か奢ろうと思ってのことだった。昨日善治が急に来訪してきたせいで、部長の元を訪ねる用事ができ、当初約束していた時間をずらさなくてはならなくなったが、望月も着替えるために一度家に帰りたいとのことだったので、こうして夕方に駅での待ち合わせと相成ったわけだ。
「あの程度のことは別にあたしは何とも思ってないけど、奢ってくれると言うなら、素直に厚意は受け取るよ。神崎とは二人っきりでデートしてみたかったしな」
「そ、そっか、楽しみにしてくれているみたいで良かったよ」
ストレートにデートと言われると恥ずかしい。というか、別に照れる感じもなく、純粋に期待しているような顔をされると、余計に緊張してくる。
「立ち話も何だし、そろそろ行こうぜ。行くとこ決めてあるんだろう?」
「……ああ、一応はね」
一応とは言うものの、俺としては気軽にファストフードかどこぞの喫茶店で、コーヒーと適当なデザートでもごちそうすればいいかなぐらいの気持ちだったのに、この流れだとそれなりの場所に入らないと望月の期待を裏切りそうだ。
「よし、行こう」
「望月?」
望月は俺の隣に歩み寄り、さっと手を握ってくる。
あまりの自然な動作に慌てる暇もなかった。
「ほら、早くエスコートしてくれ」
「……っ」
これは気分転換なんて悠長なことを考えている場合か?
望月は相も変わらず――あの時"告白"してきたように、ストレートに行動してくるのだから。
◇◇◇
望月はかなり白黒はっきりした性格だ。
好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、是は是、否は否と、明確に線引きし、良く思っていないものに阿ったりはしないが、逆を言えば、好きなものには露骨とも感じる程、好意的に振る舞うのだ。
部長などは、そうしたスタンス、とりわけ好きな人に対する望月のはっきりした好意的態度を示す良い一例であり、彼女は部長を過剰と言ってもいいぐらいに敬っている。
俺も部長クラスの扱いではないにしても、望月から告白を受けてからは、前と比べると格段に優しくかつ献身的に接して貰えるようになった。
……なったのだが、今日はかつてないほどに近い。
「ここの喫茶店は結構好きだが、しょっちゅう来ているから新鮮味はないな。前に部長のマンションに行くときにも寄ったし」
「悪い、ここぐらいしか思いつかなかったんだ」
「いやいや、別に責めるつもりはなかったんだよ。あたしはこうして二人でいられるだけで満足だ」
歯の浮くような台詞を笑顔で言いつつ、オーダーしたコーヒーゼリー入りのパフェを口に運ぶ望月は、テーブル席なのに対面ではなく俺の真隣――というか、むしろ密着というレベルで体をくっ付けて座っている。洒落た場所が思いつかずに、一度二人で行ったことのある駅間近の喫茶店を選んだ俺をからかい半分に小突きつつ、しなだれかかってくるのだ。
「望月、少し近くないか? ちょっと離れて貰えると嬉しいんだが」
「おお、すまない。ついべっとりしてしまったけど、そんなに嫌か?」
「嫌ではないけど……」
「なら、もう少しだけこのままでいさせてくれ」
そこまで言うならしょうがないな。
うん、しょうがない。
ちなみに、腕から柔らかい感触と心臓の鼓動が伝わってきて、何かわからない女の子特有の甘い香りとかもするけれど、俺の心は一切乱れておらず、平常心そのものだ。
「なあ、神崎」
「な、な、何かな?」
若干噛んだのは、決して動揺したからではない。
ないたっらない――そう考えないと望月の色気にやられて、頭がおかしくなりそうだ。
「今日、部室に寄ったんだよな。それで、部長にさっき言った厄介ごとについて相談したのか?」
「…………」
いきなりそのことを聞くのか。
望月の唐突さは本当に予測できない――付き合いたての恋人同士のような甘ったるいことをしてきたかと思えば、真面目な話題を脈絡なくふってくる。
「そうだな。でも、それが?」
「部長ならその厄介ごとを解決出来そうなのか」
「多分力になってくれると思う。部長は適当な人だけど、俺の抱える問題に関しては一家言あるからな」
東防山での一件を解決し、母さんを救ってくれたのは他ならぬ部長だ。今日も紆余曲折があったにせよ、解決策らしきものは、気の進まないことこの上ないが、示してくれた。
「つまりはオカルト関係ってことか。前の東防山の時のように」
「そういうことだ」
「なら、あたしに手伝えることはないだろうな」
悪いけどと続けて言う望月は無表情だ。
おそらくそこに何の興味も感情もないのだろう――望月晃は霊だとか妖怪だとか呪いといった類のものは、一切認めていないのだから。
これは彼女のもう一つのスタンス、つまり否定したものに対する突き放した拒絶的態度を示す好例だろう。あれだけ尊敬する部長が肯定する存在ですら、少しも理解を示さないのだ。
だが、だからといって、部長と同じくそれを肯定する俺に向ける彼女の優しさが有り難くないわけではない。理解がなくとも、気遣ってくれただけで十分だ。
「こうして二人でいられるだけで俺は満足だよ?」
「何で疑問形なんだよ。しかも、照れながら言うな。どうせなら堂々と言い切ってくれ」
つっこむ望月はさっきのようないい笑顔に戻る。
それを見て俺も自然と表情がほころび、気持ちが軽くなったように感じた。やはり、彼女は優しくて思いやりがある――一向に俺から離れず、ぴったり密着したままなのは困るけれども。
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