Dual Kaleidoscope 昇藤 12
仁王立ちだ。
どれだけその立ち方が気に入っているのだと聞きたいぐらいだが、しかし思い出してみれば、この人はいつもそうして家の前で俺を待ち構えていたのだ。
だから、今日も肩幅に足を開き母さんは俺を待っていたのだろう――何かを伝えるために。
「ただいま、母さん」
「遅かったな。桂家に行っていたのか?」
母さんはあくまで真っ直ぐ、核心部分のみを告げる。
その姿が目に入った瞬間、ある程度察しはついていたが、俺が善治の一件を何とかしようと部長に頼んだことにもう気付いたのか。
「私を助けるためだな? 善治の抱える問題は今の私では解決出来ないと思って、あの桂家のガキに頼ったのだろう?」
「…………」
「どう解決しようとしているのかも想像はつく。神無月初の力を借りる気だな。あのそら恐ろしいご先祖様の縛めをといてな」
「……さあ、どうかな」
筒抜け状態と言っていいほど、こっちの考えは読まれている。
ここは流石親子、考えることは一緒だと言うべきところだろうかと感心していると、母さんがゆっくり歩み寄ってきた。
気付けばもう手を少し伸ばせば届きそうなぐらいまで、息子と母親の距離は縮まっている。
「頼むから、お願いだから、私のために無茶はしないでくれ」
「えっ!?」
やおら繰り出された"突発的な"行動に、どうしていいかわからず固まってしまう――母さんが俺を抱きしめたのだ。両腕でしっかり俺を抱え込み、親愛の情を示すかのように頬を擦りあわせてくる。
ふと、今まで嗅いだことのない不思議な、けれど心が安らぐような甘い香りが鼻腔をくすぐった。
ああ、いったいこんな風にされるのはいつ以来だろか。
「私はもう後悔したくないんだ。自分のせいでまた息子を失うようなことは、何があっても避けたい」
「母さん……」
十年前のあの事件のことをこの人は言っているのだろう。
そんなこと、息子の方は少しも気にしていないというのに。
「でも、どうするの? 今の母さんには特別な力はなく、善治を救えない」
「私の身体に神無月初を降ろす」
「それは――」
駄目だ――それこそ避けなくてはいけないことだ。
今日改めてご先祖様、神無月初を見て、アレは俺たちの常識の外にいる存在だと確信した。東防山で何事もなく封印出来たのは、おそらく封印した部長本人も思っているように、運が良かっただけなのだ。もう一度彼女が母さんの身体に入れば、きっと取り返しのつかないことになる。
「駄目だ……、絶対に駄目だ!」
「大丈夫だよ、駿」
「駄目だよ、それだけは、何があっても……」
母さんの身体に憑りつかせるぐらいなら、俺の方がまだいくらかましだ。神無月初だって俺でも構わないと譲歩してくれたのだから、俺の身体に憑かせて事態を解決し、後は部長に気合で何とか封じ込めて貰えばいい。
むしろ、それしか八方収まる方法はない――そう強く、母さんに言い聞かせようとした刹那、母さんから漂う甘い香りが一際強く鼻についた。
「案ずるな、私にもう霊能力はなくても、知識は残っている。私は第七十一代当主になるはずだった人間だ。悪しきものを封じ、親しきものを守る術は身に付けているさ、こんな風にな!」
「かあ、……さん?」
唐突に視界が揺らぎ、言葉も出なくなる。
何が起こっているか理解できないまま、ただ額に温かい"何か"が触れたことだけは分かった。
「おやすみ、駿。覚えていないだろうが、産まれてしばらくはこうやって毎晩お前の額におやすみの口付をしていたのだぞ」
「そん、な……」
恥ずかしいことをあんたがしていたなんて嘘だろう?
確かめることは出来ず、意識は深い暗闇の中に沈んだ。
◇◇◇
隙のない立ち姿だなと、何故か私は感心していた。
あの糞ガキ、私の可愛い息子に纏わりついている悪い虫、桂家の娘、桂明梨はある種の威厳すら感じさせる佇まいで、桂家邸宅の門扉で"私たち"を待ち構えていたのだ。
「ようこそ、いらっしゃいました、美浦様に……、そちらは善治様でしたか?」
「御託はいい。早く準備に取り掛かってくれ」
「ぅっ……っ……」
慇懃に礼をする桂家のガキに善治は訳もなく怯えている。喫茶店で別れてからもう一度呼び出すまで、数時間しか経っていないはずだが、一層落ち着きがなくなり、もう殆ど錯乱状態になっているのだ――おそらく〝夜〟がたまらなく恐ろしいのだろう。
「はい、万事整えております。しかし、美浦様、電話でもお話ししたように、神無月初をあなた様の身体に降ろすと、私では制御出来かねますが、その辺は構わないでしょうか?」
「構わない。何度も言わせるな」
元々貴様のことなど当てにはしていない。
駿に言ったように、落ちぶれたとはいえ、私は神崎家の当主になるべく色々と教育されていた人間だ。何の対策もなしに、あのご先祖様を自分の身に降ろしたりはしない。
駿を特殊な香で昏倒させ、奴の携帯を勝手に使い、貴様に連絡する前に、出来うる限りの準備は終えている――我が神崎家に伝わる中でも、一番効果の高い、逆を言えば最も危険とされる四十四字護魂真術の秘文を自分の血を使って、顔に描き込んできたのだ。
あの神無月初を御すつもりなのだから、これで駄目なら諦める他ないという程度のことは当然やっている。
「お顔に描かれているその赤い紋様が、神無月初への対策というわけですね。ですが、神崎君は、あなたの息子はこのことを知っているのでしょうか? お傍にはおりませんが?」
「貴様の知ったことではないな。それより、早く準備をしている部屋に案内しろ、お前との押し問答に付き合っている暇はない」
あの香はそう長い時間効くものではないのだ。駿が目覚めてしまう前に、全てを片づけてしまいたいし、善治もこれ以上日を跨いでは、助からなくなってしまうだろう。
「……何も告げす、強硬手段でここに来たのですね。神崎君もお母様には決して、累を及ぼさぬように行動していましたから、誠に素晴らしい親子愛ですわ。素直に羨ましく感じます」
「黙れ。それ以上何か囀るなら、それこそお前が言うところの強硬手段とやらに出るぞ」
こいつは本当に癪に障るガキだ。
東防山の時も感じたことだが、私はこの女とは絶対にそりが合わない――もっとも合わせようという気もさらさらないが。
「分かりました、では、こちらに」
「……ふん」
やっと案内にする気になった桂家のガキが歩き出すのを見てふと思う――最後にもう一度、ゆっくり駿と雅人の顔を見ておくべきだったなと。
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