Dual Kaleidoscope 昇藤 5
善治の話をまとめるとこうだ。
最近になって突然、誰かに見られているような感覚を持ちはじめ、最初は気のせいだと意に介さなかったが、しばらくたつとどうしても見られている感覚が拭えなくなり、次第に夜も眠れなくなっていき、ついには身体に謎の痣まで出るようになった。
これはいくらなんでもおかしいと数件の医者を尋ねるが、芳しい回答は得られず、今度は神主やら坊主やら除霊師やら、所謂その筋の連中を頼るが、やはり効果はなく、最後に俺たちに縋りついたらしい。
そして、結局母さんは霊的能力をもう持っていないので、何が原因かさえわからず、俺はそもそも協力する気はないし、雅人も多分同じスタンスだろうから、この件が解決する気配は全くなしと、そういうわけなのだ。
「ふーん、昨日そんなことがあったのね。それで?」
我が愛しき(片思い)部長様、押しも押されぬ桂家のご息女であらせられる桂明梨様は、ひとしきり俺の話を聞いた後、興味なさげに呟いた。そのアンニュイな感じは最高だけれども、今回の場合はもう少し後輩の言葉を真面目に聞いて欲しいところだ。
「いや、これで話は終わりですよ」
「あ、そう。面白い話を聞かせてくれてありがとね」
「…………」
いや、何かつっこむなり、含蓄ありそうな助言をするなりしてくれないと、話が広がらないでしょ。何でこの話は終わりと言わんばかりに、鞄から本を出そうとしてるんですか。
この人は相変わらず適当過ぎる。
「……部長、何か助言みたいなものはないんですか?」
このまま黙っていると本当に流されてしまいかねないので、こちらから助けを求めてみるが、部長は新刊のカバーから目を離さない。
「そうね、神崎君ならきっとうまくやれるわ。グットラック!」
「真面目にお願いします」
「はぁ、真面目にね……」
さも気だるげに言う部長は、とりあえず本から顔をあげてはくれたが、やる気は感じられない。
しかし、こっちは唯一の頼みの綱だと思って部長に相談しているのだ。ここ神旺町の古き名家である桂家なら、何か良い方法に当てがあるのではないか。あるいは、あの桂明梨なら、十年前の俺と唯一通じ合っていた部長なら、こんな些事(さいじ)など一手間もかけずに解決してしまうのではないか、そう期待して事情を打ち明けたわけなのだ。
だから、少しは真剣な態度を見せて欲しい――"つい最近"、東防山(ひがしぼうさん)で母さんを救ってくれた時のように。
「そもそも神崎君は元父親であるその人を助けたいの?」
「いえ、全く」
あのヘタレを救おうという気持ちなんて少しばかりもない。
だが、それでは未練があり、事態を解決できない母さんが困ってしまう。一人の女性として神崎美浦はあいつを見捨ててはおけないのだから。
「ですが、母さんが助けようとしている以上、解決しない限り、善治は俺たちの前からいなくなりません。だから、何とかするしかないんです」
「ふーん、大変ね」
完全に他人事といった様子だが、一応考え始めてはくれるようで、本を閉じて思案顔になる。漆のような艶を放つ黒髪と対をなすように白く華奢な指で、妖艶な唇の下を一撫し、翡翠の眼(まなこ)を細めるその仕草に一瞬目を奪われそうになるけれど、相手は適当さでは他の追随を許さない部長だ。
そう簡単に満足のいく答えをくれるとは思えない。
「とりあえず、お母様に任せてみたら?」
「母さんはもう何の力も持っていないから、まず解決できませんよ。それに、変に悪影響を被られたら困りますし」
俺を産む前の母さんなら、この程度のことはあっという間に片付けてしまうだろう。しかし、今の母さんはただならぬ不老性を持つという以外は、殆ど一般人みたいなものだ。手を出せば片付けるどころか、事態がこじれる可能性すらある――東防山で神無月初が"利用した"ように、憑りつくには最高の依代なのだ。
「じゃあ、神崎君が頑張れば?」
「無理言わないでください。俺も十年前からずっと、霊的なものは見えなくなっているんですから」
俺も母さんと同じく、昔ならともかく今は単なる一高校生だ。
というか、何とか出来るならあんたに頼んでないでしょ。
「なら、雅人君がいるじゃない。彼は少なからず見えているでしょう?」
「雅人は全盛期の母さんや昔の俺ほどの資質はないですし、この件に関わらせたくもないです」
そんなパンがないならケーキがあるじゃない的な理論で、可愛い弟である雅人を出さないでほしい。雅人は確かに今神崎家で最も霊的能力を持つ人間だが、まだ小学生だし、かつての俺や母さんの水準には遠く及ばない。それに、元父親である善治はおろか、母さんにも良い感情は持っていないのだ。今回の件とは距離をとらせたままにしておきたい。
「えー、だったら、やっぱりどうにもならないと思うけど?」
「いやいや、そこで部長の出番ですよ。かの高名なる桂家の息女にして、霊能力もお持ちになられる我らが部長、桂明梨さんなら、何か素晴らしい解決策を思いつくでしょう?」
やっと話が一巡したという感じだ。
相手が適当極まる人だから、物を頼むのもなかなか面倒くさい。
「そんなことを言われても、私も神崎君と一緒で昔に比べたら、ずっとそういう資質は薄くなってるからね」
「そこを何とか!」
「うーん、解決策か……」
少しは真剣さを感じる顔になった部長は、しばらくの無言の後、何故か嬉しそうに口元をつりあげた。これから名案を言うわよとも言いたげな様子だが、この人の適当さを鑑みるに、あまり、いや、全くいい予感はしない。
「なくはないけど」
「というと?」
「まず前提として、私には解決できないと思う。原因ぐらいはわかるかもしれないけれど、そこから先はどうしようもないわ」
「なら、どうやって?」
桂明梨に不可能なら、もうお手上げだろう。
彼女以上の人間を俺は知らない。
「それはもちろんその道にプロに聞くのよ」
「プロって、部長以上の能力をもつ本物に伝手でも?」
桂家なら部長以上の能力を持つ専門家にコネがあってもおかしくはない。善治が頼った似非連中とは一線を画する本物が来てくれるというのか?
「伝手があるのは私じゃなくて神崎君よ」
「えっ、俺?」
そんなものがあったら、最初からそれに頼って何とかしているだろう。部長以外に頼れるものはないから、こうして相談しているのだ。
「部長以外にそんなものはありませんよ。だからこそ、こうして助けを求めているのではないですか」
「そんなことはない。本当にわからないの?」
「わからないって……、まさか、部長!?」
この人が言う〝伝手〟とは、あれのことか!?
東防山で散々俺たちを苦しめたご先祖様のことを言っているのか?
「そう、あなたたちのご先祖様で、つい先日神崎君のお母様に憑依した、あの神無月初(かんなづきはつ)に聞けばいいわ。彼女はそれこそ正真正銘のプロじゃない」
「無茶苦茶だ……」
それは、パンがなければ核兵器で全てを無にきせばいいのよ的な暴論――俺たちのご先祖様、神無月初ほどの"悪霊"はいないのだから。
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