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Dual Kaleidoscope 銭葵・上 5

 夕日照らす中神泉の祭り場は活気で満ち、行きかう人々は思い思いの方法で祭を楽しんでいる。ある者は浴衣を着て艶姿を演出し、ある者は屋台の食べ物に舌鼓をうつ。あるいは誰かと共に祭囃子を楽しむのも、また一興かもしれない――目の前を歩く二人のように。


「たこ焼き食べる?」

 宍戸が望月の口元に香ばしい匂いのする球体を掲げる。

「ああ、くれ」

 が、望月が口を開けた瞬間にパクッと自分で食べてしまう。


「残~念でしたぁ」

「ちっ、うぜぇ」

 望月は舌打ちする一方で、右手に持つベビーカステラの袋を隣の幼馴染に向ける。


「ありがと。じゃあこれ、お返し」

 そいつは袋の中から一つ取って口に放り込み、再度鰹節の付いた茶色い球体を掲げる。

「おいしい?」

「そこそこ」

 今度はちゃんと食べさせて貰えた望月は素っ気なく感想を述べ、お返しとばかりにカステラを宍戸の口へ投げ入れる。


「うまいか?」

「おいしい!」

 まったく、嬉しそうに答えたものだ。

 何というか、目の前を歩く二人、宍戸小夜と望月晃は……。


「二人だけの空間ね」

 その通り!

 隣で歩く部長の言う通りだ。

 前の二人はこんな人の多い場所で、堂々といちゃついていらっしゃる。


「あいつら、本当に仲良しですね」

 中神泉に到着して、まず屋台でも回ろうとなってから望月と宍戸はずっとこの調子で、何かを買っては仲睦まじく二人で分け合って楽しんでいる。ちなみに、後ろで歩く俺と部長のことは完全に放置だ。


「そうね。いつもあんな風にやってるわ」

 部長は馴れたものなのか、別段不満はないようだ。

 しかし俺としては、最初に神旺グランハイツで部長のカレーと格闘し、次に吐く望月をコンビニで介抱し、ついでとばかりにカレーから逃れた宍戸を発見し、やっと九旺祭で賑わう中神泉に来たのだ。望月と宍戸がキャッキャウフフするのをじっと見ているだけなんて我慢できるわけない。


「せっかく部活仲間みんなで来てるんだから、もっと協調性を持って欲しいですよ。あれじゃあ、二人っきりのデートだ」

「ふふ、まあ、飽きるものではないから、いいのではないかしら? 少し見ていましょうよ」

 まだ人通りはごった返すほどではなく、すこし先を行く二人の会話は筒抜け状態だ。それなら部長の提案に乗って、あいつらをしばらく見張るのもいいかもしれない。

 楽しそうに二人を眺める部長に習って、俺も少し注意を払い観察してみることにした。


「晃って九旺祭に来たら、中野のおっさんがやってる所でベビーカステラを絶対買うよね?」

「ああ。あそこは他より百円安いからな」

 実に他愛ない会話だ。

 あと前から感じていたけれど、望月は妙に貧乏くさい。


「ケチくさ。晃はそうやって、安かったら欲しくなくとも買っちゃうタイプだよね~」

「うるせぇよ、お前も絶対たこ焼き買うだろうが。しかも他よりタコの具が大きい桂井のババアの所で」

「絶対じゃないし! 一昨年は確か買わなかったもん!」

 一昨年はという言葉から察するに、こいつらは毎年九旺祭に来ているようだ。神旺に住む人間なら誰でも馴染あるお祭りなので、毎年でも不思議はないが、屋台の人間まで顔なじみというのはいかにも田舎らしい。


「知らねえよ。お前はそうやって、量が多かったら欲しくなくとも食べるタイプだろ。だから太るんだよ」

「はあ? 私四十七キロだよ。太ってないでしょ!」

「あたしは四十六だ。そしてあたしの方がお前より三センチは身長が高い」

 ……四十六なんだ。

 望月の身長はおよそ一六五だから、かなりの細身だ。しかし、生まれて初めて自分から体重を言う女子をみた。普通聞かれても答えないだろ。


「それは、晃が痩せすぎなだけ! ちょっとモデル体型だからって調子に乗らないでよ」

「調子に乗る? あたしはこの体型を維持するためにそれなりの努力をしているんだよ。お前はどうだ? いつも食う寝るの生活だろうが」

 きつい言い方をする。

 望月に言わせれば食う寝るの生活の宍戸だって、普通の女子よりはずっと体型に気を使った生活をしていることだろう。でなければ、あの出るとこ出たプロポーションは維持できまい。それに、あいつら二人の容姿に甲乙はつけがたい。

 キレイな望月か、カワイイ宍戸か……、俺はどちらかといえば宍戸かな。


「そんなことない! 寝る前に腹筋と腕立てしてる、三十回ずつ!」

「腹筋と腕立てを三十? はん!」

「なによ、馬鹿にするんだ」

「あたしは、週三で朝に一時間のランニング、夜中は毎日半身浴で汗を出してから、スクワットと腕立てと腹筋を五十ずつやってる。しかも一月前から、休日にピラティスも始めた」

 やはり望月はあのモデル体型を保つために相当な努力をしているのか。特にピラティスとかいうのはなんか凄そうだ。格闘技の一種? 今度聞いてみよう。


「ふーん、それで最近休日に遊びへ誘っても乗ってこなかったわけだ。しかも晃がそんな風に頑張っているってことは、もしかして……」

「ふん」

 お前の思っている通りだよ。 

 そう小さな声で付け加えた望月の顔が、わずかに赤くなっている。何を恥ずかしがっているのか俺にはさっぱりだけれど、幼馴染である宍戸は機敏にそれを感じ取っているようだ。


 あの望月が赤くなるものが何なのか、気にならないはずはなく、しかもこの後の二人の会話から答えがわかるかもしれない。

 これはおもしろくなってきたと、俺は勝手に盛り上がった。


「神崎に告ったでしょ」

「ああそうだ」

「ストップ! ああそうだ、じゃない!!」

 それかよ!!

 盛り上がるどころじゃないだろ!!


「なに神崎、いきなり話に割り込んできて」

「いやいや、さっきから聞いていたけど、おかしいだろ! 何で体型の話から告白にいくんだよ! しかも、望月はむっちゃ気軽にカミングアウトしてるし! お前が告白してきたの今日だろ!」

「あー、お前はそういうのを秘密にしておいて欲しいタイプか」

 望月は平然と応える。

 明日の天気を語るかのような気軽さだ。


「タイプ関係ないから! 誰にも言ったら駄目!」

「相手が小夜だったから、いいかなと思ったんだよ」

「相手云々の前に、告白された俺がほんの数歩後ろにいることを考えてくれ」

「ああ、悪い、忘れてた」

「ひでぇ」

 閉口するしかない。

 後ろには俺だけでなく部長もいるんだぞ。それを忘れていたの一言で片付けるとは、本当にお前らは部長を尊敬しているのか問い詰めたくなる。


「まあまあ、落ち着きなって。晃は好きな人にアタックする時、きちんと自分の体型をベストにしてからにするっていう、いじましい話じゃん。むしろ神崎は喜ぶべきだよ!」

「そう言われれば、そうも聞こえるけど……」

 望月は宍戸の言葉を否定する代わりに、そっぽを向いてまた顔を赤くした。普段見ないその照れ顔はとてもくるものがある――けれども、宍戸の言い方は一抹の不安を残すものだ。


「えーと、参考まで訊きたいんだけど……、望月さんは今までに誰かと付き合ったことって、ありますか?」

 緊張のあまり丁寧語になってしまったが、確かめずにはいられない。

 宍戸はこう言ったのだ――〝晃がそんな風に頑張っているってことは〟と。

 〝そんな風に〟ということは、つまり過去に似たような出来事があったということで、すなわち望月は――


「あるよ」

 やっぱり。

 まあ仕方ない。俺がいた野郎だらけの男子校とは違うのだ。共学なら恋の一つぐらいはあるのだろう。初恋でなくとも、女子からの告白は嬉しいものだ。


「何人ぐらいですか?」

「五人ぐらい」

「多っ!」

 俺は六人目かよ!

 嬉しさ半減だ!


「晃は惚れっぽいからなー。結構自分からいくよね」

「それにしても多いだろ。俺がいた都会でもそんな話は聞いたことがない!」

「いやいや、私や晃ぐらいのレベルの女子が一度も付き合ったことないなんて話、あるわけないじゃん。女の子に夢見すぎでしょ、神崎」

「……ぐぅ」

 それを言ったら身も蓋もない。

 男はいつでも夢を見たい生き物なんだよ。


「いや小夜、お前は誰とも付き合ったことないだろ。いつも断ってるの知ってるぞ」

「ちょっ、黙っててよ!? 晃、サイテー!!」

 そうだったのか。

 だが仮に望月が部長のことを愛しており、男との経験が豊富で、宍戸がヴァージンだったとしても、もうどうでもいいかな。男子校からやってきたピュアな俺は、軽いカルチャーショックを受けた気分だ。


「勘違いしないでよ、神崎! 付き合ったことはなくても、手ぐらいは繋いだことあるんだから!」

「さいですか」

 誰もそんなことは聞いていない。

 それと、手を繋ぐ程度のことを誇らしげに言うのはどうかと思う。小学生でもあるまいし。


「そもそも私が付き合うのを避けるようになったのは、晃のせいでもあるじゃん。晃が男をとっかえひっかえするから、私はそういうの嫌になったの!」

「五人だぞ。とっかえひっかえまではいかないし、お前に特定の相手が出来ないのは理想が高すぎるからだろ。何だよ、身長一八〇センチ以上で優しくておもしろくて、顔も頭もいい人って。そんな人間はこの世にいねえよ」

「そんなことない! 私みたいにカワイイ女の子にはイケメンでいけてる男の子が―― 」

 ヒートアップした宍戸と望月は、ついに俺のことなどそっちのけにして、互いの恋愛観について言い合いを始める。喧々諤々、飽きもせずによく続けられる。


「……はあ」

「ね? 面白いでしょう」

 ため息が漏れる俺に、ずっと黙って静観していた部長が微笑みかけてくる。しかし、あれを面白いと言えるのは、流石部長だ。


「面白いかもしれませんが、俺はついていけませんよ」

「ふふ、私もそう。いつも二人の間にはなかなか入っていけない」

 二人で丁々発止やりあう宍戸と望月に、それを外から眺める部長――この構図は俺が来る前から続いているのだろう。

 そして、あれはあれで部長のことを考えたやり方かもしれない。あの二人がああやって騒げば、部長は楽しくそれを眺めることが出来る。おそらく桂明梨にとって、それぐらいの距離感が他人と関わる上での限界なのだ。


 宍戸も望月もその辺をよく弁えている。

 ならば、宍戸が昼に語った部長像は正しいのか。

 桂明梨はかわいそうな人で、ちゃんと生きているわけでもないのだろうか。

 まだ今の俺にはわからない。


「ところで、その……」

「どうかしました?」

 昼間にした宍戸との会話を思い出していると、部長が俺の袖をちょいちょいと引いていた。

 可愛らしいことをする部長は伏し目がちになっている。


「晃はどういう風に神崎君に思いを告げたの? 詳しく聞かせて頂戴」

「えっ!?」

 "面白いこと"を訊いてきた。

 どう答えればいいのか、勘弁してほしい。

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