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わが衣手に雪は降りつつ【小説ノック 15】

 菜花だ。スーパーに入ってすぐの青菜コーナー、小松菜やチンゲン菜の側にちんまりと菜花が置かれている。頭の中に、菜花を食べた時のほろ苦い味がふっとよみがえった。季節ものだからたまにしか食べられないけど、嫌いじゃない。いいなあ、買おうかな。
それにしても、一昨日ここに来た時にはなかった気がする。三月になったから、早いものが出回っているんだろうか。徳島県産……ふうん。
 今日のるり湊は、季節外れの寒さだ。自分も、ダウンを着こんでいるくらいには。カゴの乗ったカートを連れて、とりあえず青果コーナーを見て回る。
寒いとはいえ、白菜はだいぶとうが立ってきたし、もう冬も終わりだなあ。もうちょっとしたら、春キャベツも出始める気がする。そうしたら、何を作ろうか。またネットで検索しなくちゃ。
みちるさんは、菜花は好きだろうか。買い物をしていると、そんなことばかり考えてしまう。みちるさん、好き嫌いは特にないとは言っていたし、比較的何でも食べてくれるけど……菜花って、少し癖があるものだ。もし嫌いだったら、買っても余らせてしまう。それはちょっともったいない。自分一人で食べても良いけど、それも寂しいし。
みちるさんと暮らし始めてから初めて、菜花を見かける季節になった。それまでは母さんと一緒に買い物をしていたから、何も考えなくてよかったんだとつくづく思う。自分で買い物をするようになると、色々考えることが増えるものだ。
例えば、冷蔵庫の中には何があったっけとか、乾麺のストックはどうだっけとか。食べるものを切らさないように、それでいて余らせないように。毎日そうやって調整するのは、難しいことなんだと気が付いた。荷物持ちだけじゃなくて、もっといろんなことをやればよかったな。
「……っと」
気が付くと、また考え込んでしまっていた。悪い癖だ。おまけに自分はなんにでも時間がかかるから、買い物も勿論ゆっくり。それでも、みちるさんから任されていることをやらなくちゃ。晩ごはんは何にしようかなあ。
 冷蔵庫の中には、キャベツや人参、玉ねぎの使いかけが転がっていた。それを使って……ソーセージでも足して、スープを作ろうか。ソーセージは確か、なかったはず。そうだ、コンソメもあと一つだった気がする。買っておこう。
 コンソメは確か、顆粒出汁と同じところにあったはずだ。ちょっと考えて、先にコンソメをピックアップすることにした。忘れたら嫌だし。この間は出汁を切らして、少し大変だった。いや、自分で勝手に慌てただけだけど。そういう時、みちるさんは何も言わない。いつも通りの、「今日も作ってくれてありがとう、美味しいです」があるだけだ。
 カゴの隅に、コンソメを立てて置く。青果コーナーに戻って、またちょっと考える。スープ、トマト味にしようか。トマトを見つめた後で、スープ用なら水煮の方がいいんじゃないかということに気が付いた。
「水煮……缶?」
 独り言を言いながらあたりを見回したけど、見つからない。ここじゃなさそうだ。スーパーの中をうろうろしながら探していると、ケチャップとか、トマト系の商品はまとめて置かれていた。トマトの水煮って、あるのは知っていたけど買ったことはなかったな。こういうところにあるのか。
 水煮缶を手に取ったところで、紙パック入りのものもあることに気が付く。ちょっとだけ迷って、紙製のものに変えた。
『食べ物の缶って、捨てるのめんどくさいんですよね』
 昨日、燃えないゴミの分別をしながら言っていた、みちるさんの言葉が思い出される。確かにそうなんだよなあ。自分がする訳じゃないけど、みちるさんの負担が増えてほしくないし。紙パックなら、燃えるゴミで出せるし。
 ええと、あと精肉コーナーを見なきゃ。スープに入れるのは、ソーセージでいいかな。いいよね。二人だから、大きいベーコンは余らせるのが嫌だし。食材を賞味期限までにちゃんと使い切る、そのためには献立をちゃんと考える……それって、料理初心者の自分にはすごく難しい。みちるさんも、「ちょっとずつ上達すればいいですよ」って言ってはくれているけど。
精肉コーナーを見ると、ソーセージが298円でお買い得となっていた。パッケージをじっと見て、これ、値引き前の値段はいくらなんだろう? という疑問が湧いてくる。いつもは買わないメーカーのものだから、よくわからない。……ええと、今日一番安いのはこれみたいだから、とりあえずこれを買ってみようか。次来た時に、いつもはいくらかちゃんと見よう。
主菜用のお肉は、冷蔵庫の中で下味をつけてある。お肉は、今日は別に安いものもないし、買わなくてもいいかな。スープと、お肉と。あと、やっぱり菜花を買おうかな。葉物があった方がいいと思うし、一昨日ホウレンソウ食べたし……春だし。
 つらつらと考えながら、青果コーナーに引き返す。菜花を一パック、カゴに入れた。とりあえず、今日の晩御飯に必要なものはこれだけ、かな。
 お浸しでいいかなあ。なんて考えながら、乳製品のコーナーを一応見て回る。牛乳はあるし、ヨーグルトもあるし、今日はもう、これくらいでいいかもしれない。
「あ」
 鰹節、こないだで切れたのを忘れてた。お浸しには、鰹節がないと駄目な気がする。乾物は、出汁とかと同じところにある。さっき、気が付いておけばよかったのに。Uターンして、鰹節をピックアップする。小分けパックがたくさん入っているものを、二つ。大袋だと、賞味期限までに食べきれないから。それは学習した。
 本当にもう、これでいいかな。会計を済ませて、エコバッグに買ったものを詰めていく。時計を見ると、家を出てから四十分くらいが立っていた。買い物くらい、もうちょっと早く済ませられたらいいんだけど。いつもそう思う。みちるさんが何か言う訳じゃなくて、自分で思うだけ。
 みちるさんは、「のんびり屋さんも悪いことじゃない」って言ってくれるけど。自分としてはもうちょっとシャキッとできたほうが、便利な気がしている。どうやったら直せるのかは、よくわからないけど。
 スーパーの外へ出ると、ちらちらと雪が降っていた。来るときは降っていなかったのに。るり湊に雪が降るのは、珍しいことだ。今日は買うものが少ないだろうからって、自転車できてしまった。帰り、寒いだろうなあ。

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