をとめの姿しばしとどめむ【小説ノック12】
同じクラスの鴫沢くんは変わってる。誰とでも仲良くできるのに、それでいて友達は少ない。休み時間はずっと本を読んでいるけど、話しかけると気さくに答えてくれる。そんな鴫沢くんは、クラスでは一目置かれているように思う。
例えば、最近こんなやりとりがあった。長瀬くんが、宿題を教えてと鴫沢くんに聞くと、良いよと言って見せてあげる。でも、西川くんが宿題を見せてというと、駄目と言って断っていた。西川君はちょっと機嫌を悪くしていたけど、実際西川君は調子のいいタイプというか……あんまり真面目にやるつもりはなさそうな人だ。
悪く言えば、人によって態度を変える。よく言えば、その人に合わせた対応ができる。鴫沢くんはそんな人らしい。なんで私が鴫沢くんのことを気にしているかと言われれば、彼が私の前の席に座っているからだ。
その場所には、「鴫沢、今度遊びに行こうぜ」だとか、「英語おしえてー」だとか、いろんな人がやってくる。噂では、鴫沢くんの成績はすごく良いらしい。そんな鴫沢くんを、私は後ろの席から……いや、後ろの席になる前から、ずっと見ていた。
私はというと、友達もいないし、成績も普通。得意なのは、ピアノの演奏くらい。それだって、ちょっと習っていただけで大した腕前じゃない。鴫沢くんを見てると、すごいなあと素直に思う。顔もかっこいいし、頭も良くて、話すのも上手。身長はちょっと低いけど、これからきっと伸びるだろう。
そんな鴫沢くんは、電車でるり湊から通学している。私も寮じゃなくて通学だけど、市内だからバスで通っている。鴫沢くんが休みの日に何をしているかは、ちょっとだけ気になっていた。
そんな鴫沢くんと偶然出会ったのは、とある放課後のことだった。私はいつも、図書館で勉強してから帰る。でもこの日はたまたま、図書館が臨時休館していたのだった。図書館の前で張り紙を見て立ち尽くしていた私に、鴫沢くんが声をかけてきた。
「雨漏りだって」
「えっ?」
急に話しかけられたものだから、思わず聞き返した。曇りと晴れの中間みたいな空の下、鴫沢くんが立っている。
「図書館。雨漏りで臨時休館らしいよ」
「あ、えっと、そうなんだ。雨漏りじゃ、しょうがないね」
そんな無難な返事しかできなかった。確かに、昨日までは長雨だった。そろそろ梅雨に入ろうかって頃だからかな。
「樋口って」
「うん」
名前は憶えてくれていたみたい。ほとんど話したこともないのに。
「いつも図書館寄って帰るの?」
「あー、うん」
「どんな本読んでるの」
「えと、本読んでる訳じゃなくて……勉強してるだけ」
しどろもどろになりながら、私は本当のことを言った。鴫沢くんはよく本を読んでいるから、そう思ったのかもしれない。がっかりされたらどうしよう。
「そっか」
鴫沢くんは、あんまり表情を変えることはしなかった。
「家だと集中できない時もあるよね」
「うん。うち、弟と妹がうるさくて」
「兄弟、いるんだ」
「うん、今五年生なんだけどさ、双子なんだ」
「へえ、大変そう」
うっすら笑う鴫沢くんから、なんとなく目をそらす。鴫沢くんは全体的に色素が薄くて、目なんてほとんど金色に見えるときがあった。光が差し込んでいて、今ちょうど、そう見えている。
「……鴫沢くんは、何してるの」
思い切って、尋ねてみる。よく見ると、鴫沢くんは左手に木の枝? 棒? を持っていた。枯れ木のようなそれを、どこかから拾って来たんだろうか。
「あ、これ? 特に意味はないんだけどさ」
「うん」
「なんか、かっこいいから」
すごく、変な言い方。その瞬間、私は噴き出していた。ひとしきり笑った後、どうにか平静を保ちながら口を開く。
「……変なの」
鴫沢くんは、にっと笑った。
「変でいいよ、別に」
「そっか、うん」
変でいいなんて、よっぽど自分に自信がなきゃ言えない言葉だと思った。すごいな、鴫沢くんは。
「樋口さ、これから遊びに行かない?」
不意に、そう誘われた。これから?
「どこへ?」
「うーん……その辺、適当に」
「適当って、それ散歩ってこと?」
「まあ、そうかな」
鴫沢くんと散歩。……悪くないかもしれないけど。
「時間は?」
「一時間くらいかな」
それなら、いつも図書館で勉強するくらいの時間だ。ついて行っても、問題はない気がする。
「じゃあ、行こうかな」
「うん。今日は……裏の方行ってみようか」
「裏って、あっち?」
私は学校の裏側に繁る、森を指さした。この学校があるのは、岡山市内の中心部から、ちょっとだけ外れたところ。町の中ではあるけど、あの森のように木が生い茂る場所もある。
「でも、何もないでしょ?」
「そうでもないよ」
鴫沢くんが棒を動かして、地面に小さなスマイルマークを描く。
「ここが学校で、正門からこっちへ行くでしょ」
「バス停の方?」
駅へ向かう、上りのバス停がある方向だ。
「うん」
「で、ぐるっと回ると、神社があって。それがあの森」
鳥居のマークを書き足しながら、鴫沢くんが言う。
「へえ」
あれ、神社だったんだ。知らなかった。
「普段無人っぽいけど、遊具とかあって、公園みたいになってる」
「……鴫沢くんって」
「うん」
鴫沢くんは、こっちを見た。
「普段からこういうことしてるの?」
「こういうこと?」
「えっと」
こういうこと、が何を指しているのか。自分でもよくわからなかった。“いつも散歩をしているのか” というよりもむしろ、“いつもこうやって誰かに話しかけているの?”の方が近い気がする。
「鴫沢くん、誰にでもそうやって話しかけるよね」
「うん。樋口こそ、誰ともあんまり話しないよな」
「……そうだね」
そうだ。私は、誰とも仲良くしていない。友達もいない。だって、喋るとボロが出そうになるから。
「なんか、話したくない理由でもあんの」
「うん」
「ふうん、そっか」
鴫沢くんは、そう聞いたわりにあんまり興味はなさそうだった。
「神社、行こうか」
気まずくなって、そんなことを言った。
「うん」
棒を近くの植え込みに突っ込んで、鴫沢くんは歩き出す。私はついて行きながら、その背中があまりにしゃんとしていて、羨ましかった。
「樋口って、下の名前何だっけ」
「えっと、悠佑」
「どんな漢字?」
「悠久の悠に、人偏に右の佑、だよ」
「ふうん」
また、興味なさそうな声。
「じゃあ、なんて呼ばれたい?」
その聞き方に、私はびっくりした。そんなことを聞かれたことは、一度だってない。
「じゃあ、ユウって呼んで、ほしい」
「そう。俺のことは雪でいいよ」
雪。鴫沢くんの、女の子みたいな名前。その名前を雪君は、ずいぶん気に入っているらしい。
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