▲の女
無我夢中で晴美の服を剥いて、さあて一体どんな身体をしてやがるんだこの女はと、やや焦りながら身体を起こして眼鏡を掛けなおした。
そして、ベッドの上で仰向けに広がっている彼女の身体を見下ろす。
「えっ、なに?……ちょっと……眼鏡まで掛けなおして、すけべ」
おれに見られていることで羞恥を掻き立てられたのか、まわりの景色に反射するほどに白くしなやかな肢体がシーツの上でくねった。
思ったとおりの素晴らしい身体だった。
胸は手のひらに収まるくらいで、あばらが少し浮いたすこし長い胴。
くびれた腰にはすこし腰骨が浮いていて、太腿はまっすぐ。
ああ、言い忘れたけど臍の形が可愛い。
しかし感動するかたわら、そこに現れたのは少々異様なものも含まれていた。
左の乳房の下、臍の右ななめ上10センチのところ、あと、右の内腿のかなりきわどいあたりに……それぞれ黒い“▲”があった。
それらはすべて、黒で、一辺が二cmくらいの正三角形。
痣かな?……と思ったがあまりにもそれらは人工的に正確すぎる。
「……これ、アレ? 刺青とか、タトゥーとか、そういうやつ?」
「え? ……あ、これ? ……うん、まあ、その……そうかな」
晴美がもじもじと照れくさそうに裸身を(おれにとっては扇情的に)くねらせながら、おれとは視線を合わせずに呟く。
はっきり言って……普段の晴美は刺青とかそのへんのアッパーなオブジェクトとは縁遠い、地味なイメージの女性だった。
今年で27か8のはずだから、まあ過去にはいろいろあったのかも知れないが。
「なんで……こんな……」
「いいじゃん。こんなのが身体にある女、好きじゃない?」
「いや、そのまあ……別に。個人の自由だし」
「こんなのがあると……気になる?」
「いや、別に……というかその、むしろ……」
ますますおれは亢奮させられていた。
イメージギャップというのは亢奮の重要なスパイスだ。
良く言うだろう?
清楚系の控えめな女性を脱がしてみれば、いきなり黒下着だったりガーターベルトだったりでそのギャップに亢奮した、とかしないの、とか。
陳腐な例で申し訳ないが。
「きゃっ、え、そんなに焦んないでったら………んんっ……」
気が付けばおれは晴美に被いかぶさり、そのすこし厚めの唇に吸い付いていた。
そして……たっぷりと長い時間を掛けて、晴美の身体をねぶりたおした。
そうなると気になるのが、身体のあちこちにある“▲”マークだ。
この状況では、誰もがそうなるだろうと思う。
あんた、自分がおれの立場だったらどうなるか、想像してみてくれ。
全身を点検するように丹念に晴美の肉体を舐めまくる。
晴美の身体は釣り上げられた活きのいい魚のように、ぴちぴちと反応し、跳ね回った。
よくよく舐めていくと、さらに右の膝の裏にもう一つ、左の足のくるぶしにもう一つ“▲”がみつかった。
よもや、と思って晴美の身体を裏返してみる。
ああ、やっぱり。
くっきりと浮かび上がった右の鎖骨の下に、“▲”。
その下、背中から腰のラインに続く右の脇腹にも“▲”。
左の尻のちょうど中央部分にも“▲”。
その数々の“▲”が、晴美の透きとおるような白い肌にくっきりとコントラストをつけて、浮き上がっているようにさえ見えた。
気が付けばおれは、その合計6つの“▲”を、まるで親の仇みたいに集中的に攻め立てていた。
「ああっ………そこ………そこだめっ……い、いや、やっぱりそこ、もっと……」
“▲”の部分を攻めると、晴美の反応はさらに数段階激しくなる。
蒼白いほどだった肌にはどんどん朱がさし、ぬめりを帯びていく。
単純に面白いので、おれは夢中になって“▲”を攻めまくった。
「も、もうだめっ……ゆ、許して……そこばっかり……おかしくなっちゃうよ……」
と晴美が甘えた猫のような声で赦しを乞うたので、ますます亢奮させられたが、そこで俺はふと我に返った。
ちょっと待てよ。
おれは単に、“▲”で示されているところを馬鹿正直に責めているだけじゃないか。
そんなことでいいのか。
おれは、おれだけの“▲”を……晴美の身体のどこかに探し求めないといけないんじゃないのか。
そこから、おれの探究の旅が始まった。
晴美の全身をくまなく……まさに舐めないというところはないくらいにまで、自分のだ液が枯れ果てんばかりの勢いで、新たな“▲”の場所を求めて舌で彷徨う。
すでに存在する“▲”を集中的に攻められていたときよりも、晴美の肉体の反応と嬌声はすこし控えめになった(ような気がした)。
ますますおれは駆り立てられるように、何かに憑りつかれたように、新たな“▲”を求め続けた。
そして、はるかな舌での放浪の末に、おれはついに新たな“▲”を発見した。
その場所がどこであるかは、ここでは書かない。
おれだけの秘密だ。
その晩、おれはその箇所を集中的に攻め続けた。
晴美はほとんど鳴き声を上げておれにしがみつき、すさまじいけいれんと長い滞空時間を伴なう、圧巻の絶頂をおれに見せてくれた。
心の中で、祝砲が鳴り響いた。
2年後の春、とある街で晴美が別の男と歩いているのを見かけた。
晴美は俺に気づかなかったので、俺は敢えて声をかけなかった。
あれから晴美の身体には、新たな“▲”が、いくつ刻まれたのだろう、とおれは想像する。
そのうちのひとつがおれの発見したあの場所であるなら、とても嬉しい。
【完】