終 電 ガ ー ル 【5/7】
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二人はお揃いのセーラ服を脱ぎ、それぞれの本来の姿に戻った。
満は男物の学生服に、桐東さんはグレーのカットソーとベージュのストレッチパンツに。
二人は先週と同じ終夜営業のカフェの席に居た。
満も桐東さんも夕食がまだだったので、一緒に食事をした。
桐東さんはカルボナーラを、満はハンバーガーを注文。
食べ終えると、もう1時半を回っていた。
食後の一服を旨そうに吸いながら、満の顔をじっと覗き込む。
「……なんですか」
「ホント、あんたの顔ってキレイだよね。石川ちゃん、あんたが男だって疑いもしなかったみたい」桐東さんはいまいましそうに言った。「なんで、男に産まれてきたの?」
「…何でって…」
桐東さんは答えにつまるような質問ばかりする。
「最初に言っとくけどさ、こんな事、やんない方がいいよ。あたしが言うなって話だけど」
「…………」
満はテーブルの上の皿に視線を落とした。
「……でも、やりたいんでしょ? ……だから、最初に言っとく。あたしはやめとけって言ったからね。あんたが好きで始めるんだからね。変態のあんたがやりたいことをやるんだからね。自己責任で。覚えといてね」
「……はい」
思わず笑みが漏れた。
「……なにうれしそうな顔してんの?」
満はそれから20分ほど、桐東さんと話した。
満は桐東さんが文具用品を扱うメーカー(名前を聞いたが、満は知らなかった)に勤めていること、毎週水・金曜日の最終電車で痴漢ごっこをしてお小遣いを稼いでいること、現在はひとり暮らしであること、セーラー服は桐東さん自身がほんとうに十代の少女だった頃に母校で来ていたものであること、その頃の体型を維持している自分は偉いということ、スピッツのファンであることなどを知った。
満は桐東さんに、自分が高校受験のために塾に行っていること、小学校6年のときから密かな女装願望を持っていたこと、セーラー服は自分の姉のものであること(姉は桐東さんと学年が7つも違うので学校で顔を合わしたことすらないという)、二人の歳の離れた姉が居るということ、父は居ないということ、スピッツのことはあまり知らないということなどを語った。
そして、その日はお開きとなった。
桐東さんがファミレスの前でタクシーが流れてくるのを待つ間、満は桐東さんにこんな質問をした。
「どこに住んでるんですか?」
「なんでそんなことアンタに言わなきゃなんないのよ」
満の顔も見ずに桐東さんは言った。
「……すみません」
やっとタクシーがつかまる。
乗り込む前に、桐東さんは満に言った。
「どこに住んでるかって? ここからタクシーで3,000円ちょっとのところ」そして少しだけ優しい顔になった。「20,000円稼いで、3000円掛けて家に帰ってんの。バカでしょ」
そのままタクシーが桐東さんを乗せ、行ってしまった。満はそのタクシーが200メートル前方の角で右折するまで、じっと見守っていた。
その日も遅くなったことを、どう母親に言い訳したのかは、覚えていない。
翌朝二人の姉から、「お年頃」だの「おませさん」だの、散々からかわれた。
それから毎週金曜日、満は塾を終えてから、桐東さんと会うようになった。
満は姉のセーラー服を着て、桐東さんは自分のお古のセーラー服を着て。
待ち合わせの場所はあの駅ホームの端。
二人は端から見ても友達同士のように見えた。
桐東さんは毎週違う男を引っかけて来た。
あの初めて会った日の相手だった丸顔の男や、石川とは顔を合わせることもなかった。
多分、桐東さんは水曜日に会っているのだろう。
それにしても……このような尋常ではないことに悦びを見いだす男がたくさん存在することに、満はショックを感じていた。
そしてそれに金が支払われることに。
男性の居ない家庭で育った満には、世間一般の成人男性がどんな風なのかはよくわからない。
しかし桐東さんが話つけてくる男達のほとんどは、30代中半から50代くらいまでのサラリーマンだった。
ともすれば自分の父くらいの年齢の男性が、金を払ってニセモノ女子高生と痴漢ごっこに興じている……どうやら世の中というものは、満が想像していたのよりずっとずっとずっと広く、そして暗いのだろう。
ところで……桐東さんは男達に、満に対して手荒なことをするのを禁じていた。
行ってもせいぜい、スカートの中に手を突っ込んで下着の上から尻に触るくらい。
そのために桐東さんは自分の下着を満に貸してくれた。
小さなショーツを履くと…いつもその中で肉棒がきゅうくつに腫れ上がった。
桐東さんが男達に満へのハードな悪戯を禁じていたのは、当然、満が男であることを知られないように、ということもあった。
しかしそれだけではない、ということはなんとなく満にも理解できた。
特に、ハードなことは許されない満の尻に、男達の手が伸びることが多くなってからは。
やがて、男たちは好きにいじくり回せる桐東さんをおざなりにいじくり回し、その後の長い時間を満の尻を撫でるのに費やすようになった。
桐東さんが満を同じ客に2度会わせなかったのは、どうやらこういうことも影響しているらしい。
痴漢ごっこの後はいつもあのカフェで食事をした。
桐東さんに払われる2万円と、満に払われる1万円を軍資金に。
二人のプライベートや日常生活に深入りしない限り、満は桐東さんといろいろな話をした。
主な話題は、“どのような仕草に男たちは激しくコーフンするか”ということ。
「男が好きなのはね、眉間のシワ」と桐東さんは言った。「あと、目をぎゅっと閉じるのと、下唇を噛むの。コレ基本ね……あと、小さい小さい囁き声で、“やっ”とか“いっ”とか言うの。相手の耳元でね。コレ結構効くよ」
「はあ……」
「……あとね、上級テクだけどね、触ってくる男の手をね、軽くつねったり、あと引っ掻いたりするわけ。ほんの少しだけ、“話と違うじゃん”って相手に思わせんの。素の反応を装って見せるわけ。みんな亢奮するよ~……」
「……は、はい」
こういう時は、ハイハイと素直に返事しておくに限る。
「……いっぺんさ、あんまりハードな事してくるから、そいつの耳、噛んでやったのよね。あの時は凄かったなあ……もう狂ったようにコーフンするわけ。すっげー鼻息だったよ、相手の親父」
「はあ……」
満にハードなことをするのを禁じておきながら、桐東さんは得意げに語り続ける。
ある時、一度だけ、満のことを男だと知って怒りだした客が居た。
四〇代くらいのいかつい顔のサラリーマンだったが、そいつが亢奮のあまり、満のスカートの中の手を前に回してしまったのだ。
固くなった性器をパンツの上から触り、男は周りに聞こえそうなほど大きな声で「ああっ!!」と叫んだ。
男はそのまま手をスカートの中から退却させると、横に立っていた桐東さんに燃えるような怒りの目線を向けていた。
桐東さんは、今にも吹き出しそうな顔をしていた。
あの意地悪を言うとき独特の、口の端だけを歪ませる不快な笑い方。
電車を降りてから男はかんかんに怒って、そのままタクシーで帰ってしまった。
お金も貰えなかったのに、何故か桐東さんは勝ち誇ったように笑い続けた。
どぎまぎしっぱなしの満を後目に。
しかし……それでも桐東さんよりも満を求める男は後を絶たなかった。
そんな時、満は密かな勝利感を心の奥底で噛みしめる。
その時の桐東さんの嫉妬に満ちた目線や、“痴漢ごっこ”の後のカフェでする会話のとげとげしさに、満は悦びを見いだすようになっていた。
それが表情や態度に出ていないか、余計なところに気を使うところもあったが。
次第に桐東さんが満に対して妙なアドバイスをすることも、くだらない自慢を聞かせることも少なくなる。
痴漢ごっこの後の反省会はやがて、沈黙が支配するようになった。
さらに桐東さんは、あまり満に目を合わせないようになった。
満は桐東さんのそんな大人げない態度に、密かに自負心を高めていった。
もともと、お金の為に始めたことではなかった。
満にとって、この痴漢ごっこはライフワークであり、唯一の趣味だった。そんな満の手元には、いつのまにかかなりの額の現金が集まっていた。
そして、満の母親や姉たちは、毎週金曜日に満の帰りがとても帰りが遅くなることを、本気で心配しはじめていた。
満が人生始まって以来の絶頂の中にいたことなど、母や姉たちは知るよしもない。
ただ、最近妙に明るく、活き活きとしてきた満を不安げに見るばかりだった。
■
いつの間にか夏が来て、夏休み中の誕生日も過ぎ、満は14歳になっていた。
毎週金曜日の秘密の遊戯は、母や姉たちの不安をよそに、欠かさず続けている。
満の尻を求め、桐東さんをないがしろにする客は増える一方だった。
桐東さんの態度はますます冷たく、固いものに変わっていく。
はじめは、そうした雰囲気にに言いようのない幸福感を覚えていた満だったが、やがてその幸福感に影の存在を感じるようになった。
その理由は、自分の躰が確実に少女を装える幼い少年のものから、ふつうの少年へ成長し始めていることに気づいたからだ。
尻の肉は以前のような柔らかさを失い、少し固くなりはじめている。
口の上に産毛が増え、ほんの少しだが筋肉をつけはじめた上半身。
事実、姉のセーラー服はすこし窮屈になり始めていた。
今でこそ誰にも気づかれずに少女を装うこともできる。
しかしその時期にも、いつか終わりがくるはずだ。
自分でもそれは充分に理解していたが、その終わりが思いがけず早く訪れたことに満は戸惑っていた。
最近は、桐東さんの目線には、明らかな妬みがやや少なくなり、確実に少年への成長していく満への冷笑を感じる時がある。
そんな時、満はいつも、どうしようもない不安と寂しさを覚えた。
そして、9月がやってきた。
夏服のセーラー服で過ごすことのできる最後の月だ。
先々週、痴漢ごっこのお客にしては、珍しく若い(つまり桐東さんより若い)サラリーマンが、満にかなりの執着を見せて桐東さんには目もくれなかった。
それが桐東さんの気分を大いに害していることは、満にも判っていた。
その夜…………いつものホームの端に満が顔を出した時、桐東さんはひそひそと携帯で誰かと話していた。
「……うん、そうそう。なかなかこんな機会あるもんじゃないよ。多分、アンタが想像しているのよりずっとイイから。うん、可愛い。めちゃくちゃ可愛いよ。ホント。会ったらびっくりすると思うね……で、もう友達来た? うん、遅れないようにしてね。なんせ最終だからね。」
電話で話しながら、桐東さんは横目でちらりと満の姿を捉えた。
そしていつも意地悪を言うときみたいに、ニヤッと口の端だけで笑う。
「…うん、じゃあ、待ってるから……2番ホームだよ……2番ホームの喫煙コーナーにいるからね。じゃあね。バイバイ」
桐東さんは電話を切ると満の方を見ず、チュッパチャップスの包み紙を剥がして、咥えた。
「おはよう」
桐東さんがまた口の端を歪ませて笑う。
「……おはようございます」
いつかこの水商売のような挨拶をするようになっていた。
「今日、あんた良かったね。4万稼げるよ」
「……え?」
「今日のお客さん、あんた男だって知ってるから。それがいいんだって。あんたに今日は全部任すよ……いい話でしょ?」
「…………」
奇妙な胸騒ぎがした。
20分後、その二人がホームに現れた。
一人はデブで、もうひとりはやせ形ののっぽ。
二人とも30を過ぎているのは明らかだったが、その服装や雰囲気から何者であるのかを推測するのは難しかった。
デブの方は“藤岡”と名乗った。
色あせたジーンズを履き、ピチピチの黒い長袖Tシャツを着て、銀縁眼鏡を掛けている。
髪は不自然なほど短く刈ってあったが、それが若ハゲを隠すためであることは明らかだった。
汗っかきらしく、Tシャツに汗が染みだしている。額は常に濡れているようだった。
やせ形ののっぽは“野尻”と名乗った。
シワの入った白いワイシャツを着て、ボタンを上まできっちり留めており、シャツの裾は履き古したチノクロスのパンツにこれまたきっちりと入れている。
足には妙に真新しい白いテニスシューズを履いていた。
近くの大型電気製品点の紙袋を下げ、中には何かが入っている。神経質そうな笑みを浮かべて、その視線は常に宙を泳いで落ち着きないことこのうえない。
「……へーえ」先に口を開いたのは野尻だった。「ほんっと可愛いねえ」
野尻はちらちらと小刻みに、満の全身を盗み見るようにして言う。
「……桐東ちゃん、コレいいわ。想像以上だわ。いや、感動した」そう言ったのは藤岡の方だった。奇妙に明るい声が、なおさら不気味だった「ほんもんのそこいらの女子高生より、ずっといいわ」
満は居心地の悪さを感じずにおれなかった。
全身がムズムズし、思わず内股を摺り合わせてしまう。
「でしょ?」桐東さんが答える。満に対する野尻と藤岡の手放しの賛辞に、気分を害していることは明らかだった。「……好きなようにしていいから」
「………………」
満は黙っていた。
好きなようにってことはつまり………………胸がドキドキする。
「頑張ろうね」
そう言って桐東さんは、満の肩をぽん、と叩いた。
最終電車がホームに入ってきた。
藤岡は前に、野尻は後に、満を挟む形で列車に乗り込み、桐東さんはその右横につく。
相変わらず金曜の最終電車は酒臭いサラリーマンやOLで一杯だった。
ドアが閉まり、列車が動き出す。
電車が助走に入り出すとすぐ、藤岡の手が前から、野尻の手が後ろから満のスカートの中に侵入した。
「……あっ」
満は不安を感じるいとまもなかった。
前からは藤岡の鼻息を額に。
後ろからは野尻の鼻息をうなじに感じる。
ぞくぞくと泡立つ全身を後目に、二人の手は乱暴に動き始めた。
桐東さんがそれを横から、ニヤニヤ笑いながら見ている。
藤岡の手は桐東さんからの借り物であるショーツを掴むと、乱暴に引っ張り上げた。
「……んっ」
少しの痛みを感じ、満が身を固くする。
尻の割れ目にショーツの布が、Tバックのように食い込む。
やや少し固くなりはじめていた満の両の尻肉が、スカートの中で剥き出しになる。
その間、前の野尻の指がショーツの上から明確に満の陰茎をつまんだ。
いとおしげにその形を愉しむ指の動きに、満はあっという間に反応した。
「………んっ」
「……ほら、もう固くなってきちゃった……」
野尻が満の左耳元で囁く。
「……」
あまりにも早計に快楽を求めようとする自分の躰を思い、満は赤面した。
背後では藤岡が両方の手を使って、満の尻肉を捏ねている。
「……まだ柔らかいねえ……」今度は右耳元で、藤岡が囁いた。「……肌もすべすべで……ほんものの女の子みたいだ……」
そういって藤岡は、さらに満のショーツを上に引っ張り上げた。
「……ううんっ……」
痛みは少なくなり、甘美な痺れが満を襲う。
野尻は手の平を使い、パンツの中で窮屈に隆起している満の陰茎を下から上へ、ゆっくりとなで続けた。
その焦らすような動きに、満の快感は嫌がおうにも高められてゆく。
必死に快感を堪えているような表情は、桐東さんが以前にアドバイスしてくれた通りだったが、今日の快感は偽りのないほんものだった。
「……ねえ、この子、勃ってる?」
横から見ていた桐東さんが、野尻に耳打ちする。
「……うん、もうギンギン」
野尻はわざと満に聞こえるように、桐東さんにそう耳打ちした。
「……やっ……いや……だ」満はいいように高められていく快感に不安を覚え、思わず追いすがるように桐東さんの手を探して、握りしめた。「……やっぱ……いやだ……」
「……ふん」桐東さんが鼻を鳴らし、満に握られた手を振りほどく「……いまさら、なに甘えたこと言ってんのよ。もう引き返せないよ。ワガママいってないで、ちゃんと愉しみなよ」
「……そ、そんな……」
泣きそうな目で、満は桐東さんを見つめる。
しかし桐東さんはそんな満を嘲笑うように、意地悪に見ているだけだった。
「……そうだよ、キミ」凄まじい鼻息とともに、さっきから満の尻肉をこね回している藤岡が背後から囁く。「愉しまなきゃ……」
「……んっ…………あっ」
藤岡は右手をスカートの中から抜いて、満の少しきゅうくつなセーラー服のブラウスに脇から手を突っ込んでくる。
あっという間に、右乳首を指先に捉えられる。
「……ひっ…………んっ…………」
生まれて初めて味わう、他人から乳首を転がされる感覚に、満は敏感に反応した。
そう、それはいつも自分が鏡の前で、鏡の中の少女にさせていたことだった。
今度は野尻が、亀頭の先端部分をショーツの上から捉える。
「ひっ……」
思わずその手を払おうとしたが、その手を野尻に掴まれ、野尻自身のズボン前に導かれた。
てのひらがズボンの上から野尻の固くなった肉棒の感触を味わう。
それは熱く、太く、明らかな生命力をたたえて、大きく脈打っていた。
思わず、言葉を失う。
「……もう、あきらめて愉しみなよ」野尻が囁く「まだまだ始まったばかりだよ」
満は思わず目を閉じる。
ほんとうにそれは、まだ始まったばかりだった。