FIFA女子ワールドカップ 2023 日本代表対ノルウェー代表 レビュー

FIFA女子ワールドカップ 2023 日本代表対ノルウェー代表は3-1で日本代表が勝ちました。

ハンソンは個の力でチャンスを作れる数少ない選手

この試合の終盤、ノルウェー代表の10番グラハム・ハンセンが右サイドで披露したドリブル突破は凄かったです。マッチアップした遠藤もゴールラインに向かってドリブルを仕掛けてくることは分かっているし、仕掛けるタイミングもある程度分かっているはずなのに、仕掛けた後の1歩のスピードとタイミングが早くて、あっさり抜かれてしまいました。

あまり女子サッカーを観たことない人は遠藤の対応に問題があると思うかもしれませんが、ハンセンはUEFA女子チャンピオンズリーグでもこんな感じでマッチアップするDFを次々と抜き去る選手で、女子サッカーの選手で数少ない個人の力でシュートチャンスが作れる選手です。このくらいはやられるだろうと試合開始前から思っていました。

ノルウェーの1点目はハンセンがゴールキックのこぼれ球を運んだことで生まれたシュートチャンスを活かした得点でした。ゴールキックの後にボールを素早く運ばれたことを問題だと指摘しているツイートを見かけましたが、僕は「いや、あれはハンセンだから起こった問題だろう」と思っていました。そのくらいボールを持っているときの個の力が抜きん出ている選手が対戦相手にいたということを忘れないで欲しいと思います。

この試合の勝敗を分けたのは、ハンソンが活躍する場面を日本代表が制限出来たことです。1点目とラスト10分以外はほとんどハンソンがボールを持って仕掛ける場面はありませんでした。そこには日本代表がハンソンにいかにボールを持たせないかしっかり準備していた対策がありました。

ハンソンの弱点を徹底的につく

この試合の日本代表は普段以上に左サイドからボールを運ぶ場面が多かったです。FIFA Traning Centreに掲載されていたマッチリポートによると、この試合で最も多かったパスルートは南から遠藤へのパスで27本、次に熊谷から南へのパスで20本、そして遠藤から南へのパスが20本、宮澤から遠藤へのパスが13本と、南から長野へのパスが12本と、南を起点に左からボールを運ぶ場面が増えました。

左からボールを運ぶ理由は右の高橋より左の南のほうがビルドアップが上手いというのも理由だと思いますが、それだけではないと思います。左からボールを運ぶのは、ノルウェーの右サイドにいるハンセンにいかに守備をさせるか、ハンセンの守備の問題を徹底的につくことが狙いだったと思います。

ハンセンはFCバルセロナfeminiでもなのですが、あまり守備に参加せずに「攻め残り」というプレーを選択します。ハンセンがボールを持って素早く運ぶプレーは相手にとって脅威なので、相手ゴールに近い位置にとどめ、あまり守備に参加させないようにしています。そして、ハンセンがボールを運べるので背後にいる右サイドバックはハンセンの分も守備をすることが求められます。

しかしFCバルセロナfeminiという最強チームではこの振る舞いは許されますが、ノルウェー代表は世界最強ではありません。日本代表に対してハンセンを右サイドでプレーさせるならしっかり守備をすることが求められますが、ハンセンはクラブチームと同様の守備の強度でしかプレーしませんでした。そこを日本代表は徹底的についてきました。

まず、右の高橋や中央の熊谷がボールを持ち、中央もしくは右からボールを運ぶ仕草をみせますが、あくまで狙いは左です。遠藤がハンソンと右ウイングバックの間に立ち相手の右ウイングバックの注意を引き付けます。遠藤がボールを受けるタイミングで右ウイングバックが食いついてきたら、ダイレクトでボールを南に戻します。そのタイミングで宮澤は右サイドバックが空けたスペースを狙います。ハンセンが南に対してプレッシャーをかけず、宮澤に対してもマークをしないので、ノルウェーの中央のMFや右センターバックが宮澤をマークしようとするのですが、そうすると中央の長野や田中が空いてきます。南は誰にパスを出したら誰が空くのか、的確に選択しながらゲームを組み立て続けました。

本当はハンセンは南に素早くボールを奪いにいくか、遠藤へのパスコースを消すか、宮澤への縦パスを消すのか、都度状況に応じて選択しなければならないのですが、ただ立っているだけで、遠藤がボールを持っても距離を取り間合いを詰めようとしません。遠藤はハンセンとマッチアップするときはクロスを上げたり、宮澤を使ってワンツーと呼ばれるプレーで背後にランニングしてフリーになったりと、何度もシュートチャンスを作り出しました。

左サイドでボールを運んでいくために重要なのは、右サイドのウイングバックが常にボールを受けるための準備を怠らないことです。右サイドの清水が幅を取って相手ウイングバックの注意を引き付け、藤野が左センターバックの背後を何度もランニングして仕掛けることで、ノルウェーの選手同士の距離が開いていきます。これも事前に準備されていたゲームプランであり、選手に求められていたタスクなのだと思います。こうしたタスクを忠実に実行したことで、ハンセンは攻撃の脅威より、守備の脆さのほうがクローズアップされる結果となりました。

遠藤や宮澤のプレーが注目されがちですが、南のパスはもっと注目されて良いと思います。20mくらいのパスを正確に相手が欲しい足につけることができて、ボールを止めてから蹴るまでの動作が速い。これによって相手を外すことが出来るし、他の選手も余裕が生まれます。中央のDFのビルドアップで大切なのは、ボールを止めてから蹴る動作を素早くすることと、20m程度のグラウンダーのパスを正確に強く蹴れること。どちらか出来れば十分なのですが、南はどちらも完璧にこなしてみせました。素晴らしいパフォーマンスだったと思います。

見事だった後半の修正と疑問が残る選手交代

日本代表は後半の修正も見事でした。前半は5-4-1で相手のセンターバックにボールを持たせていたのですが、相手の中央のDFのビルドアップの上手さと7番のエンゲンが上手くサイドのDFと中央のDFに落ちてボールを受けるので、上手く捉えることができず、相手にボールを持たれる時間が続きました。後半は相手のパスのタイミングに合わせて距離を詰めるタイミングを修正し、ノルウェーのビルドアップを制限することに成功しました。

長谷川と長野に対して相手がマンツーマンでマークについていたのでなかなか中央からボールを運べなかったのですが、長谷川を田中の近くでプレーさせることで相手のマークを外せるようになり、少しずつ相手が捕まえられなくなっていきました。

一方で疑問が残るのは交代選手を1人しか使わなかったことです。特に遠藤は時間が経つにつれて徐々にパフォーマンスが低下していきましたが、90分フル出場。これも後半にハンソンがボールを持つ時間が増えた要因だと思います。藤野も宮澤も長谷川も12kmを超える走行距離を記録し、よく走っていたと言えますが、2点差になった時点で選手を交代させて、強度をコントロールする采配をしてもよかったと思います。ここは冷静に、一息入れるような采配をベンチが行って、相手ペースになりそうなところをコントロールしてもよかったと思います。次は中5日空くから、というのも理由かもしれません。もしかしたら、選手が疲れていて、使える選手が少なかったのかもしれません。

池田監督は第1戦を見ていても感じましたが、選手の連携が崩れるのを嫌がる監督のようなので、どうしてもコンディションとか何かしら理由がない限り積極的に選手交代をしていく監督ではない気がします。今のところ上手く機能している日本代表ですが、試合が劣勢の場合や拮抗した場面での終盤にどうやって相手を上回るかを試されている試合はありません。池田監督の対応からは少し不安を感じました。

これでベスト8進出。次はスウェーデンとアメリカの勝者との対戦ということで、ここからは強いチームとのマッチアップが続きます。中5日あるのでしっかりコンディションを整えた上で、できるだけ起用できる選手を増やす。ここからは分析やコンディショニングといったディテールの勝負です。この勝負になったら日本代表は他の国と十分勝負出来るはず。そう信じてなでしこジャパンのサッカーを楽しみたいと思います。


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