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緋色の月が浮かぶまで(6)
我は村に行く為の支度をし、石段を降りる。
道はわからぬが人の気配を辿ればすぐに到着できるじゃろう。
「簡単に言ってくれるがのぉ」
して、村に来た我は多少困っている。と、言うのも村の者は忙しそうにしておる、狩りの準備をしている。
この村は秘匿された村、真面目にやらねば食に困る事になる。じゃから声をかけるのは気が引けるの。
「あ、緋月さまだ!」
緋月と呼ばれ足を止める。振り向くと童子が二人、我の顔、いや頭を見て止まっておる。
見れば少し怯えた表情をしておる。
「あ、あれ?」
「ご、ごめんなさい。ひとちがいで」
怖がらせてしもうたか? 我の頭には角がある。
屈み、目線を合わせ笑いかけてやる。
「我は次郎だ」
「間違えてごめんなさい」
「よい、緋月に間違えられて我は少し嬉しい」
「う~ん。おかしいな~確かに緋月さまみたいなのに」
素直に謝る童子と首を傾げる童子。その呆けた顔が面白くて笑ってしまう。
「髪の長さが違うじゃろうが、服は緋月のものだからの。そのせいじゃろうて」
「あ、ホントだ」
納得したようで手を叩く。
ここで会ったのも何かの縁、この童子達に道を聞くとしようかの。
「して、童子。長老の家がどこかしてっておるかえ?」
「うん。俺、知ってる! ついてきてよ」
悩んでいた方の童子がタッタカ慌ただしく駆け始めた。それを追うもう一人の童子。
ふむ、元気な奴等じゃ。少しそそっかしいがの。
我はそう思いながら転げぬよう気をつけながら走る。
途中で二人と合流し、ゆっくり歩きながら家へ向こうたが道行く村人にやはり緋月と間違えられておる。
そんなに、似ているのだろうか? 我が身が女子のように細く、女子のように長い髪なのは解るがそこまで似ている物か。
「うむ、ここじゃな」
我は家を見上げ頷いた。辺りも古い家が多いがここは一際古い。ボロボロの土壁は何度も補強した後が見える。これではいつ崩れるかわかったものではない。
「お主達、礼を言うぞ。ほれ、饅頭じゃ」
「ありがと! えーっと……」
「忘れたのか、次郎じゃ」
「ありがとう次郎!」
うむ、と頷くと手を降り走っていく童子。元気な物じゃ、反応からして緋月にも懷いておるようじゃしの。
我は竹筒の水を一口飲み、深呼吸をし戸を叩く。
「はい。どなたです?」
乾いた木の音の後に聞こえてきたのは若い女の声。しかもこれは……
「緋月……様の使いで来た」
「姉上の! 少々お待ちを」
慌ただしい音がした後、ゆっくりと戸が開く。
雷蔵の奴も人が悪いのぉ。話せと言うのはこう言う事であったか。
目の前にいたのは緋月に似た女。
こちらが驚いているのと同じ様に、あちらも驚いた表情で固まっている。
「姉上……?」
「そこまでは似ておらぬつもりじゃがな」
「これ彩花、何を……! 緋月様!?」
彩花と呼ばれた娘の後からやって来た若い男も同じ様に固まった。やはり村人には緋月に見えるようじゃ……雰囲気の問題じゃろうか。
「お初にお目にかかる、緋月の付き人をしておる。山田次郎じゃ」
「あ、え」
「失礼した。俺は大花、こちらは妹の彩花月様の、兄と妹だ」
兄妹でありながら名で呼ばぬのか。我も、緋月の巫女の本当の名は知らぬが、な。
二人の案内で小屋の奥に赴き、敷かれた上質な座布団の上に座る。彩花が落ち着かない様子でこちらを見ており、それを太花が嗜める。
しばらくすると箱を持った老婆がのっそりと現れよる。
「これはこれは、かわいらしいおのこが赴いてきよったのぉ」
「え、お、おのこ!?」
太花が目を見開き驚き、彩花に至っては声まであげておる。確かに雷蔵や緋月にさえ「良い妻になれる」と戯けた事を言われる事はあるが、関係ない二人にまでそのような反応をされると少しばかり、悲しい。
「これが、頼まれた品じゃ。緋月の巫女の衣、それに筆じゃ」
「うむ、確かに受け取った」
箱は開けぬ。どうせなら緋月と共に見たいからの。
さて、じゃ。
「緋月と間違えた事はどうでも良い。我は、一つ気になる事があっての」
「何かえ?」
「罪請けの儀式を今代で止めることについてじゃ。我は、村に降りぬからその事について気になっての」
「あぁ……その事ぉ」
老婆はゆっくりと頷くと笑顔を作った。何者かは知らぬが、長老と言うだけあるの、村を纏めあげるに充分な資質を感じられる。
「やっと、聞き届けてくれた。と言う感じかのぉ」
「前から進言していたと?」
「うむ、そうじゃ。若い娘一人に村人全ての罪と穢れを請けさせるなど、やはりおかしいからの。前の村の長は違う考えであったようじゃが」
「先々代の時から雷蔵殿が緋月様に儀式を止めるべきだと申していた、とも聞いている。その時は前の長老が続行を決めたようですが」
むぅ、雷蔵の奴め、自分で我に伝えれば良いものを……しかしながら状況がいろいろ変わったようじゃな。
「姉上は村の若い男の憧れの的です。だから本当は今すぐその役を降りてもいいと私は思います、兄上だって姉上の事好みでしょう?」
「何を言うのだ」
「ハハハハ! 面白い事を言うのぉ。じゃが、緋月は我の物じゃ」
「な、なに!?」
おぉ、動揺しよる動揺しよる。
「次郎とかいったの」
長老に名を呼ばれ、背筋を伸ばす。いけぬいけぬ……緩んでしもうた。
「緋月様との関係はどうかのぉ?」
「はへ?」
予期せぬ言葉に呆気に取られるが、何となく言葉の意味を理解した。
「身は、重ねておらぬ」
「ほぅ……そうかそうか……やはり緋月様は」
「うむ」
続きを言う前に我はその言葉を遮った。
考えは変わらぬ。それをききとう無かったのじゃ。
「太花に彩花よ。お主達を境内で見たことは無い。それに緋月もそちらの話をせん。会って……おらぬのか?」
「どういう顔で会えば良いかわかりません……」
わからぬ、か。やはり緋月の巫女になった事は身内としては複雑なのだろうな。しかし、それでは……
「変われるなら、俺が変わってやりたいが、俺は男だ。男の緋月には少々不吉な話があってな」
「不吉な話か。気になるところではある。じゃが聞かん。おぬし等は血を分けた兄妹姉妹じゃ。緋月の巫女が身内にも会えぬのは寂しかろうて」
我には身内がいたのかどうか。それは忘却の彼方じゃがな。
そんな我だからこそ緋月や雷蔵を家族と思っておるし、そう考えた時、それに会えぬと言うのは……寂しい物だ。
「会ってやるといい。普段通りにの。緋月の事じゃ、何事も無かったかのように喜んでくれるじゃろうて」
「そうかな」
「そうじゃ。それに緋月はもう時が無いから、今からでも、の」
「そう、だな。礼を言う。そして、心中お察しする」
余計なお世話、と言いたいところじゃが……まぁよい。彼奴もわかっているのじゃな。
会わなければ緋月が寂しがる、会えば別れが辛い。じゃが、乗り越えねばならぬ事なのじゃ。
またも我はそう自分の中で繰り返し、出かける仕度をする二人を見つめていたのじゃった。
つづく