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緋色の月が浮かぶまで(8)

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 日が落ち、夜も深くなった頃、我はいつものように屋根に登り月を見上げる。真ん丸お月様、じゃな。月明かりのお陰で境内の様子もよおくわかる。
「やはり広く感じるのぉ。我が小さいだけなのじゃろうが」
 自らの姿を確認する。相も変わらずおなごのような身体じゃ、細い。緋月とほぼ変わらぬ身丈じゃから間違いは仕方無し、かのぉ?
「じろう~」
「む、緋月」
 梯子を登る緋月を慌てて引き上げる。小さく礼を言うと緋月は腰を降ろし隣に座った我にもたれかかる。
「今日は、楽しめました」
「うむ。それは良かったのぉ」
「たまに兄上が私と彩花を間違えたりするのがとても」
 ふふっと緋月が笑う。双六を早々に終え、夕餉まで時間があったため鬼ごっこをしておったのだ。
 本物の鬼を交えた鬼ごっこなどおかしいものよ。皆、童心に戻っておったわ。
 尤も我も童心というのはよく判らぬが。
「あの子とも」
「む?」
「石積の下のあの子とも、こうして遊びたかったな~」
 少し遠い目をして緋月はいいおる。深紅の瞳を、いつか見た金色の瞳に変えながら。
 我はその石積の下の友人の事が気になった
「私と同じくらいの背丈の子です。おそらく疲れ果て縮んではおりますけど。以前も言いましたがそれはもう私に懐いてました。あの子が知ってる緋月とは違うけど、同じ緋月だって、弱った身体で私に色々な事をおしえてくれたのです」
 緋月は我を見て微笑む。瞳の色はいつもの色に戻っていた。
「その者は満足しておったか?」
「はい。満足して逝きました。私としては次郎に会わせられなかったのが心残りですが」
「我に……? まぁ、ともかくじゃ。我はそやつに感謝せねばな。雷蔵から聞いたぞ、おぬしが今代で儀式を終わらせようとしたのは友が出来たからと言っておったとな」
「その事を知っていたんだー」
「うむ。今日になってやっとな。聞けば答えたのじゃろうが、おぬしといるのが愉快でな」
 それに、少し怖かったから。緋月の事を聞けば、我の過去に触れてしまいそうじゃから。
「のぉ、緋月」
「なんです~?」
「儀式などせずに、我と共に生きぬか?」
 儀式をすれば、緋月は遅かれ早かれその年には命を落とす事になる。じゃが、我はこの我が儘を言わなければ気がすまぬ。
「駄目ですよ~これは、儀式を始めた一族としての責ですから」
 その答も、知っておった。遥か昔、そのような言葉も覚えがある。
「我にも、自らの過去に、消えた記憶の中の罪に向き合いケジメをつけねばならぬときが来るのだろうか」
「生き物は生きているだけでも罪を背負うものですから。きちんと善行をつめばそれで良いのでは無いでしょうか?」
「そうじゃろうか?」
「そうですよ」
 立ちあがり、我の正面に立つ緋月。振り向いた緋月は月を背に。実に、実に美しい。
「次郎」
「む、うわぅ!」
 こやつはそのまま我の胸に倒れかかる。
 我の胸の上で、こちらの顔を見上げ微笑む。そして無理矢理接吻をされる。
 な、なんじゃ? 以前のアレのお返しかえ!?
 緊張を解き、身を任せる。
 やがて唇が離れ、我等は向かい合う。
「このまま、共にいても私は先に逝ってしまいます。だから、自分のやるべき事をするのです。それに」
「それに、なんじゃ?」
「私は全てを終え、次郎と身を重ねるまで死ぬつもりはありませぬ」
 真剣な顔でそんな事を申すので思わず吹き出した。
「ふふ、我としては、とても嬉しい事じゃが。その意思表示はどうなのだ?」
「どうでしょうね? 私は欲に正直で良いとおもいますよ」
「そうか?」
「そうです」
 我等は二人、声をあげ笑う。ひとしきり笑った所で我は気配を感じ、振り向いた。
 恐らくじゃが、出る機会を逃した雷蔵じゃろうな。困惑を感じる。
「雷蔵、いるのじゃろう」
「う、うむ」
「こんばんは、雷蔵」
「うむ、うむ」
 眉間を押え視線を逸らす雷蔵。我の膝の上に緋月が跨がり、肩に手を回し密着しておる、反応に困るのじゃろうな。
「降りよ、緋月」
「うん」
 緋月を膝から降ろし、我は雷蔵に声をかけた。
 こやつが理由もなく我らの所に来るわけが無いからの。
「緋月様と共に居るべきなのはお前だな、次郎」
「茶化しに来た訳じゃ無かろう?」
 雷蔵が懐から何かを取り出す。
 それは、不思議な紋様か刻まれた筆であった。じゃが、少し懐かしい。
「これは、緋月様の身に罪請けの呪いまじないを描く為の筆だ」
「まじない、かえ?」
「罪請けの儀には祝詞も呪文も唱えん。舞と呪い、それだけで成り立っている。だから、私はその紋様を描く役目をお前に託すと言っている」
 筆を押し付けてきよる。じゃが、我は……
「我は鬼じゃ。この身には穢れがあるじゃろう。そんな我が神聖なる義に携わるなど……」
「穢れなど……とうの昔に祓い終えている」
「なんじゃと?」
「人形を出してみろ」
 人形……あの時貰った物?
 雷蔵は人形を受けとると小さく呪文を唱え、紙を小突く。みるみるうちに黒々と変わり行き、崩れた。
「私ははじめからこうなると踏んでいてな。仕上げをしていたのだ。新しい人形と筆をお前に託す」
 鬼の罪がそう簡単に祓えるとは思えん。間違いなく、嘘を吐いておる。じゃがここは追究するような物でも無しか。
「……礼を言うぞ雷蔵。そして驚いたわ」
「うむ。これぞ粋な計らい、そうだな……占いで見えた遥か先、異国の言葉であるが『ぷれぜんと』贈り物だ」
「わぅ~異国の言葉です~」
 雷蔵の言葉に緋月が反応する。我が紋様を描く事が決まった事もあり少々嬉しそうでもある。
「私には、無いのですか~?」
「む、急には用意出来ませぬが……そうだ、次郎。明日、二人で里に降りるのはどうだ?」
「我は別に構わぬが……我を贈り物扱いしておるのかおぬし」
「悪いか? 良いのではないか。なに、社の事は任せろ」
「雷蔵、異国の言葉でこう言う事は何と呼ぶのです?」
「そうですね。『でぇと』でしょうか。愛する者と親睦を深める行動を意味するようです」
「わぅ~じゃあ、次郎とでぇとだね」
「うむ」
 予定が急に決まってしまったの。餡はもう切れておる、貴重品じゃから仕方無いのじゃが外出に饅頭を持っていけぬのは少々辛いのぉ。

つづく


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