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緋色の月が浮かぶまで(12)
前回↓
回る、回る。
相手に向けられた短剣の鈴がリンと、凛と鳴る。
手を広げ、流れるように動かしながら。
――回る。
廻る。
――くるり。
狂り。
「この舞は、ならぬ」
我は、これを、知っておる。
「これは罪請けじゃ! ならぬ!」
目が合う。美しく悲しい紅の目。緋月は一度顔をしかめ、篝火を倒す。じゃが、舞は止めない。
――空虚ならぬ我が身、滅びの定めを歪められぬならば――
「く、動け、我、身体……!」
身体が上手く動かぬ。あれを舞わせてはならぬ、これ以上舞えば緋月は――
「どうなると、いうのじゃ? 何故、我が……知っておる……?」
解かれて行く……
嗚呼、そうか。
「我は、禁を破らせた鬼ではなく」
禁を破った七代目緋月――じゃったのだな。
緋月が考えた方法が、理由が、我には良くわかる。
鬼に、変わるつもりなのじゃな? 我と同じ、鬼へ。かつて我がそうしようとしたように。
共に生きたいという欲に、我は、我は、勝てぬ……!
舞が終わり、緋月は地面にへたりこんだ。
我はそれに近より抱き寄せた、床に倒れた篝火がチリチリと音を立てている。
「去れ、今すぐに」
「それは、できんな。緋月の巫女は我らに儀式を継承してもらわねばならん」
「我から、奪うと、言うか」
緋月を置き、両手を広げ、賊を見据えた。
我の力が、衰えているのを感じる。罪と共に力を奪われている。
じゃが……今守らねば、緋月を守れるのは我しかおらん、おらんのじゃ!
力を振り絞り我は飛びかかった。
突き出された木槍を掴み、そのまま賊の頭領に掴みかかる。
「がっ……!」
「お前は鬼ではない、その細腕で勝てる訳がなかろう」
鋭い痛みが走る。
見れば、我の腹に短刀が突き刺さっておる。
痛い……荒事には……慣れておらんか。
後退りした我は、緋月の傍らで膝をついた。腹から出た血が、緋月の顔にかかる。
それが、いけない事であった。
「ゆ……せ……」
呟きが聞こえる。賊が首を傾げ口を開いた。
「……どうしたというのだ?」
嗚呼、覚えがある。我が辿った道を、我が辿り着いた問いを二度見せられる。
「貴方は……私の大切な人を傷つけた」
俯く緋月の顔は、見えぬ……じゃが、憎しみに震えた声じゃ。
「ならぬ。緋月」
「許せません……」
「ならん!」
「赦しませぬ……!」
顔をあげる。
紅く、血走った瞳……怒りの形相……そして、額の真っ赤な角。
緋月は、鬼となった。我と同じように鬼と。
狼狽えた賊の頭に飛び掛かる緋月、槍がその細い身体を貫通するのを構わず、緋月は、相手の首をへし折り、延髄を引き抜く。
怒りで、タガが外れていた。痛みも感じず、身体の限界も超え、ただ力任せに。
社の中が、篝火から引火した炎と血で紅く染まり行く。
まるで、鏡に映った古の自分を見ているよう。
残りの者も腹を一瞬で捌き、何度も、何度も拳を叩き付ける。
何度も、何度も、自らの指があらぬ方向に曲がっても。
止めるのじゃ、緋月。止めるのじゃ、止めるのじゃ……
我は、血を流しながら緋月に歩み寄る。。
「止めるのじゃ緋月」
押さえた腕を振り払おうと緋月は暴れる。
「止めよ!」
「――! ――!」
振り払い、振るわれた緋月の腕が、我の腹を貫通した。ハッとした緋月は後退りを始め、崩れ落ちる。
もう、限界じゃなぁ……我も、緋月――も。
「あ、あぁあ……ごめん、なさい……ごめん、なさい」
「良いのじゃ緋月……」
隣に腰を降ろし、我は笑う。痛みで上手く笑えておるか判らぬが、笑う。
「緋月は、知っておったのじゃな。我が、七代目じゃということを」
緋月の巫女の金色の瞳は、過去を見通す瞳。我の記憶を見られたのは初めの夜の事じゃが、こやつは我を知っていた。
「あの子の、次郎が共にいようとした鬼さんの記憶を見たのです。私は、その時から貴方の虜でした」
「秘術で半ばおなごにされた我の虜とは、おかしな奴じゃなぁ」
「わたし、頑張ったのですよ? あの鬼の子のようになれるように、やさしい、鬼に」
ゴホッと咳き込むと血を吐く緋月。見れば貫通した槍の間から臓物が漏れ出しておる。じゃが一時も無駄にせぬと口を動かす。我も似たような物であるが……
「あまり、時間が無いのぉ。じゃが、安心するのじゃ、我がついて逝く」
「それは、なりませぬ」
血濡れの手を我の前で広げ、強く言う。緋月の赤い紅い瞳が必死に訴えかけてくる。
「次郎は、生きて。私が死んでも、生きて、生きてください……」
「無茶をいいよるわ。この風穴の空いた身ではそう長くは持たぬ。それに、おぬしがおらぬ世界……酷なものじゃ」
「次郎は、一度封印されて、記憶も消えて……二回目の生を短くとも、歩みました。『次郎』という名には、『次』が入っています。だからぁ……次を、生きてください」
「緋月……善処はする」
記憶が先程よりも鮮明になってきよる。嗚呼、あの時も我は緋月のように暴走して……捕らえられたのだったな。愛しき物を傷つけながら。
じゃが、未だほどけぬ紐がある。
「緋月」
「ん……」
「名は、なんというのじゃ」
緋月の巫女は産まれた時と死する時にのみ、本来の名持つ、緋月の名だけは、我が覚えておこうと。
「……れい、か……麗花」
最後の記憶が、重しを抜けて浮かび上がった。
なんじゃ、そうじゃったのか……当たり前じゃったのだな。
「我と、同じ名……じゃな」
「はい……」
嬉しそうに笑う。じゃが、もうその笑みは消え入りそうじゃ。思わず手を握る。
「次郎」
「うむ?」
「私は、好いております。深く深く……」
「うむ」
「あなたさまを……お慕い……」
「…………緋月」
力が抜ける。
「逝くのが早いぞ緋月……『私が言いたい』と申しておったではないか! 最後まで、言うのじゃ……!」
答えは、無い。
涙が、止まらぬ。温もりが、消えゆく温もりを求め、抱き締めても、もう何も、返ってはこない。
約束は……果たさなければ……
「ぐ、ぐぅ……」
立ちあがり、一歩、一歩、歩む。足に力が入らず、我は地に伏せる。
血が足りぬ……目も、霞んできよる……
「すまぬ、約束、果たせそうに無いのぉ……」
誰かの足音、呼び掛ける声。じゃが、もう気にかける気力も無かった。
そして、月日は流れゆく――
つづく