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緋色の月が浮かぶまで(5)

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家族


 時が経つのは早いもの。雪解け、桜舞う時期。
 境内には立派な桜が咲き、我は定位置となった屋根の上から見下ろしている。
「見事じゃ」
 饅頭を十と食べながらしみじみと呟く。
 嗚呼、別れが近いのだと、桜の花びらが舞うたびに我は顔を伏せる。
 ならんのぉ……こんな様子、緋月には見せられぬ。
「春ですね~」
「緋月! あぶないぞ!」
 屋根に登る緋月。危なっかしいので思わず止める。梯子から踏み外しそうになったので慌てて手繰り寄せた。
 緋月の体温が直に伝わる。このぬくもりも……
「…………」
「次郎?」
「む、なんでもない」
「危ないといったであろう」
「えへへ」
「えへへではないわ痴れ者……」
「あ、饅頭だ」
 意識が饅頭へと飛ぶ緋月。これでもう二十歳になったのだから驚きじゃ。
 尤も、無邪気に人の生を楽しもうという気持ちの現われなのかも知れぬが。
 我は緋月の手を握ったまま腰を降ろす。して、一口大に千切った饅頭を口の中に放りこんだ。餡の上品な甘さが口の中に広がる。
 うむ、朝からこさえた甲斐があったと言う物じゃ。緋月も、喜んでくれておるようじゃしな。
「次郎はやっぱり菓子作りが得意だね~」
「そ、そうか?」
「うん。十もそうおもうでしょう~?」
 返事をするかのように饅頭を貪る十。獣からも太鼓判を押されるのか、困惑するものよの。
「髪の毛も長くて綺麗だし、菓子も料理も美味しい。次郎は良いお嫁さんになるでしょう」
「またそれかい。なるならお主の婿じゃろう」
「どちらにせよ次郎は私と共にいるからどちらでもよいのです」
 胸をはって笑う緋月が可笑しくて顔を反らし我も笑う。その時、我等を呼ぶ声が下より聞こえてくる。
「雷蔵だ」
「お呼びじゃ。ほれ、捕まっておれ。十、饅頭は頼むぞ?」
 我は十に饅頭を入れた袋を結び、緋月を抱えたまま屋根から飛び降りた。春の風が我が頬を伝い、少々くすぐったい。
「なんじゃ? 雷蔵。急ぎのようじゃが」
「うむ。緋月様の勉学の時間が来てな」
「あ、そうでした」
 ゆったりと答える緋月。何事も楽しんでいるようでひょこひょこと自室へと歩いて行く。
 我が穏やかな気持ちで眺めていると雷蔵が少々深刻そうな顔をしながら肩を叩きよったので緋月と十を見送り何じゃと訊ねる。
「いや、楽しんでいるなと思ってな」
「話はそれじゃ無かろうて、なんじゃ? 深刻なようじゃが」
「うむ……未来が見えた」
 雷蔵が俯き呟く。
「少し、犬を使って情報を集めておってな。この村を隠している結界に綻びが見つかった」
「修繕は?」
「無駄だ。私の予想だが、此れは早い代の緋月様の親族が抜け出した後に野党と化した物だ。一族の血が混じっているものだから結界を破壊できる」
 優秀な呪術師がおるようだ。と言った顔で雷蔵は肩を落とす。見たところ、やれることはしておるようだ。
「雷蔵、罪請けは近い。だと言うのに男二人が不安な顔を見せてどうするのじゃ。緋月は笑っておるぞ」
「む……そうだな」
「最悪の事態を考えてそれなりに用意はする。じゃが、緋月も楽しませる、それでいいのじゃ」
 自分自身に言い聞かせ、我は何度も頷く。気持ちの整理が付かず、我が言えた立場ではないじゃろうが……言わねばならぬかった。
「では、あれはお前に頼んでおこう」
「あれとは何じゃ?」
「緋月様の装束と筆だ。村の長老が既に仕立てているらしい。取りに行ってはくれんか?」
「お安い御用じゃが……道はわからぬぞ」
「よい。お前は村に降りたことが無い。存分に見て回れ、そして話せ」
 それだけ告げると落ち着いた足取りで雷蔵は去って行った。

続く


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