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緋色の月が浮かぶまで(1)

はじめに

本小説は2019年に千仙堂として出した小説です。
大幅に加筆や修正をする予定です。
鬼と巫女の恋愛のお話。『昔』という時代設定などは細かく設定しておりませんのでふんわりと楽しんでいただければと思います。
執筆:大型犬P1123

鬼と巫女

………
……

 我は鬼、我は……
 鎖に繋がれ、幾年、幾百年、朽ちた小屋に一人、つながれ……思考が纏まらぬ。
 いつまでここにいれば良いのだ……? 過ぎ去った時は記憶を風化させ、今ではもう何故ここにいるかもわからぬ。
「こんなところに小屋がありますよー?」
「なりませぬ緋月ひづき様」
「わう」
 獣の鳴きまねと共に開け放たれる扉。外の日が辺りを照らし、舞い上がった埃が風に乗って。おるのは、おなご? 我は動かぬ身体を無理に動かし頭だけを扉に向けた。
「誰か居ますよ?」
「だからなりませぬと!」
 何やら争う声が聞こえるが、うまく見えぬ。
 目が衰えているかそれとも、扉の先からあふれる光に慣れておらぬのか……どちらでもよいが。
何故なにゆえ 、駄目なのです?」
「そこには昔、過ちあやまちを起こした鬼が封印されていると。ああ! なりませぬ、なりませぬ!」
 緋月と呼ばれた者が制止を振り切り我が前に屈み込む。姿はわからぬ、じゃが緋色じゃ緋色、綺麗や綺麗。
「いつからですー?」
「……十代前から」
 諦めたような声が聞こえてくる。
「大体二百年程? だめです。これでは赦せる罪も流せません」
 手を差し伸べてくる。その気持ちは悦ばしい、じゃが、我は身体を動かせぬ。
「許可はしますが罪を請けようとは思わぬよう」
「やった」
 細腕が、身体に巻きつく鎖を引きちぎる。我が身を縛る鎖は緋月の名を持つ者にしか――
 む? なぜ我はその事を知っているのじゃ?
 物思いに耽る暇も無く、わが身は宙に浮き、地に伏した。
………
……

 次の時には、体が引っ張られる感覚で目が覚める。
 扉からは赤い光、夕暮れ、という事じゃろう。
 先の緋月とか申す者が我の体を引っ張っておった。どうやら壁際に座らせようとしておるようじゃ。
「よいしょ」
 緋月は我を座らせると握り飯を差し出してきた。腹が減っておる。一口、それを口に含む。
 そんな我を見て暖かく微笑んだ。
 暖かい……本当に暖かいもの。
「いっぱいお食べ。まだありますよー」
 握り飯のうま味、少女の優しさ頬が緩む。
 優しき言葉。
――まだありますよ――
 何処かで聞いた言葉じゃ……礼を言わねば……
「っぁ……」
 声が出ぬ。これではどうにもならぬ。
 力なき腕をゆっくり動かす。握り飯のお陰で随分力が戻ったものだ。幾百年あまり、拘束による飢えもこんな物なのじゃろうか。
「ふぇ?」
 顔に触れたい。もっと近う寄れちこうよれ
「ふふふ……はい、どーぞ」
 緋月は我の手を取り、自らの頬に押し当てる。
 赤みかかった黒い髪、我を見つめる赤い目。
 そして触れる頬の温もり。
 温かい、温かい。
「緋月様」
 陰から今朝の男がぬっと現れる。
「勉学のお時間です」
「もう少し」
「駄目です。自ら決めたことでありましょう」
「じゃあ代わりに」
「駄目です。私は多忙な身故」
 頬をむっと膨らませた後、我に頬笑みかけてから緋月は去って行く。
 男が我を睨んだ。
「お前が死ねば話は早いのだが……緋月様はそれを許してはくれんだろうな。私がお前を殺そうなど恐れ多い事ではあるが」
 少し顎に手を当て考える男。なにやら言葉を選んでおるように見える。
「赦されようとは思わぬ事だ」
「?」
 溜息と共に踵を返し去る男、扉を閉めぬのは緋月への気遣いかへ?
 嗚呼、駄目じゃ。瞼が……重く……

つづく


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