働けど働けどの経済学
今日は、大人気の経済学士にせおかあさんによる家計講座の時間よ。
前回の講義では、安いときに買いだめするのって本当にお得なの?っていう観点でお話ししました。今日は、働けば働くほど、もっと働かなければならなくなる不思議についてお話ししましょう。
不思議なことに、生活を豊かにするものを買えば買うほど、人は貧しくなる。家や車などは分かりやすい例で、適当な大きさを超えた買い物をすると楽しみや虚栄心と引き換えに、ローン、税、光熱費、燃費、維持費に苦しむことになります。何だって買えば動かすだけではなく、維持したり保管するだけでも費用あるいは機会費用がかかるのです。
あえて当たり前のことを言いますが、物買えば基本的には金銭的に貧しくなるのです。ただし金銭的な意味で生産性を向上させる場合だけは例外ですが、本当に例外に該当するかはよく考えた方がいいでしょう。
いかに貧しくなるかについて、前回は保管費=家賃(地代)の観点から、セール時買い溜めのお話しをしましたが、今回は生活を豊かにするとされる耐久消費財が貴方の家計にどれほどの損害を与えるかについて、費用と機会費用の面からお話ししたいと思います(ちょっと翻訳っぽい日本語)。
費用(機会損失)
費用の面で、ぱっと思いつくのは電気代でしょう。あとは消耗部品が必要なこともあります。それについては、ものによって内容が大きく異なりますし、購入する際に検討するのが普通でしょうから、ここでは省きます。それに加えて隠れた費用として、やはり保管費=家賃(地代)が必要です。ここで都区内のマンションで平米単価を2500円と仮定します。
例えばあなたが例えば65インチのテレビにオーディオコンポを設置しようとすると200cm*40㎝=0.8㎡くらいのスペースが必要でしょうから、月に2000円、年間2万4千円の家賃をテレビに支払っていることになります(テレビがなければ0.8㎡狭い家でも同じだけ広々過ごせるわけです)。
家電だけでなく、納戸・棚なんかももちろん家賃を払って設置しています。前回の講義で上げた例として、東京都住宅供給公社の40平米のお部屋の収納スペースと、おかあさんの家にある棚(実測)を合わせた、収納のための家賃は以下のような感じです。
もっと恐ろしいのが机やソファ、ベッドです。
シングルベッドは2㎡ですが、ちょっと贅沢にセミダブルにすると2.4㎡になります。家賃差額は月1,000円、年12,000円です。
私には理解できませんが、何らかの信仰により、テレビの前に二人掛け以上のソファとローテーブルを設置することが義務付けられているので、この義務を果たすために最低でも2㎡必要になります。家賃差額は月5,000円、年60,000円です。
繰り返しになりますが、これらを設置しても設置しない場合と同じだけ広々と暮らしたいのであれば、これだけの家賃が必要ですから、多くの人はそれを見込んで余分に広い家を借りているでしょう。
同様に偶像崇拝のためのディスプレイ棚、コート掛け、花台、ウォーターサーバー、空気清浄機や扇風機、サーキュレーター、ヒーターなどにも家賃がかかっています。
機会費用(時間的損失)
つぎに機会費用を見てみましょう。何の機会費用かというと、それはメンテナンスにかかる機会費用です。扇風機であれば少なくとも夏に出して秋に仕舞うときに、羽を拭いたりするし、空気清浄機もフィルター掃除がいるし、調理家電は毎回洗うし、ホットカーペットもしまう前にはダニ殺害モードみたいなので運転して掃除機掛けるし、スマートウォッチやらタブレットやらも毎日充電して画面拭いてやらにゃならんのです。
一つあたりざっくり年間30分間メンテナンスするとします。冷蔵庫や洗濯機のような生活必需品は除くとして例えば、空気清浄機・サーキュレーター・コーヒーメーカー・トースター・ホットプレート・タブレット・スマートウォッチ・オーディオコンポ・電気ストーブ・ホットカーペット・ゲーム機・観葉植物・アロマディフューザー・加湿器・ソファ・ソーダストリーム・生ごみ処理機・・・
まあ人それぞれですが、取り合えず20個と致しましょう。これには年間10時間のメンテナンス作業が発生します。
仮にこの時間に働いていたらどうでしょうか。年収400万円強、時給換算で2100円だとしますと、年間21,000円の損失です。この21,000円もかなり少なめな見積ですね。特に調理家電とか美容家電は増やそうと思えばいくらでも増やせるものです。
しかし問題は金銭的な機会費用は21,000円で、21,000円は取り返すことができる一方で、10時間は決して取り返すことができないことにあります。時間は不可逆なので。ふしぎですね。豊かにしてくれるはずのものが、恒常的に我々の余暇を奪っているのです。
働く。買い物する。貧しくなる。働く。時間が減っていく。
こうして私たちは働いて、買い物をして、広い家に引っ越し、またさらに買ったもののために働きます。
新卒から給料が上がって、大型テレビとソファセットを買い、ベッドをえっちなセミダブルにしたことで、実質的に年間9万6000円をその保管に支払うことになりました。そうすると部屋が手狭(9万6000円を失うくらい不快な狭さ)になったので、30㎡のお部屋から40㎡のお部屋に引っ越すことにしましたが、家賃を年に30万円追加で稼がねばなりません。不思議なことにお家が広くなると、家具やら家電やら服やらも謎に増え、そのメンテナンスのために年に10時間追加で働かされます。そうするとあら不思議、次はより良い電子機器、次は車、次は家族やらなんやらと雪だるま式に増えていくのですが、そうするとまた広いお家が必要になります。このとき昇給していれば家賃は支払えてしまうので、なんら疑問を持たずに引っ越してしまいます。
お家が広くなって広々暮らせるかと思いきや、なんということでしょう、また謎に家具家電が増えて、そのメンテナンスに追加でさらに20時間も働かされて、年に合計30時間も使うことになりました。お金に換算すると年間6万1000円ですが、既に中央値よりも上の水準に昇給していればさらに高額になるでしょう。そもそも、30時間は給料貰ってもお断りの水準ですが、日々分散されていると気づかないのです。何と言っても一日当たりたった5分の習慣ですから。
このようにして、働いて良いものを買って豊かになったはずなのに、時間を奪われている(=形態を変えた労働時間が伸びている)状態に陥る負のスパイラルに陥ります。
可処分所得が不動産及び耐久消費財への支出を惹起し、さらに不動産への支出自体が耐久消費財への支出を惹起する中で可処分所得が増え続けることで、加速度的に耐久消費財の維持に必要な労働時間が増えるわけです。
通説
1950年代から始まった大量消費社会で次々と生み出された新製品は、概ね本当に生活を豊かにしました。洗濯機にはどう考えてもメンテナンスコストを上回る効能があります。そこで生み出されたのは耐久消費財をより多く持つことは善いことであるという、本質からずれた信仰です。戸建てを立てて二人の子供と山のような家財に囲まれた生活、伝統的な家族観みたいなものです。
稼いで買うという信仰も現実が伴わないと維持できません。マクロ的にはバブル崩壊でしょうが、個人の人生では給料が伸びなくなった時点、あるいは時間的にこれ以上働けなくなった時点で、それは維持できなくなります。この限界が訪れたとき、ひとはその認知的不協和からおかしくなってしまいます。例えば、共働きで子供を設けて、仕事と子育てと不動産・耐久消費財の維持に時間を全て使い果たしてしまうと「独身は気楽でいいよな~」などと意味不明なことを言うようになる人が現れます。あるいは給料が頭打ちになることもあります。タイミング次第ですが、若くして伸び悩んだ場合は、結婚できない(大量の家財に囲まれたまともな生活を家族に提供できない)人生積んだ限界独身みたいなことになるかもしれません。おかあさんが思うに大量の家具家電を保管するための一戸建ては、子育てには必要ないのですが。
こうした負のスパイラルは、社会的な病理として薄っすらなんとなく認識されるようになり、根拠はありませんが、21世紀になり大きく2つの流れが誕生しました。コト消費と時短への再注目です。コト消費というのは要するに耐久消費財の代わりにサービスを購入することです。時短への再注目というのは、ロボット掃除機や食器洗い乾燥機、全自動洗濯乾燥機、テレワーク、家事のアウトソーシングなどが隆盛していることを指します。
前者はそもそも買うこと自体の一時的な快楽(買った瞬間がピーク)への反動であり、後者は便利とは新機能の追加ではなく時間の節約であるという原則への回帰と言えるでしょう(たぶん誰か既に言っているでしょう)。
本当の問題点とメカニズム
物を減らせば掃除が楽になるという単純な話ではなく、色々なもの揃えることと生活のクオリティの関係性の誤解に問題があります。これも単純化した議論ではありますが縦軸に生活のクオリティ、横軸に不動産や耐久消費財に投入した額をとると、グラフは放物線を描くことになるでしょう。多くの人が右肩上がりだと感じているのではないでしょうか。最初は投資することでそれなりにゆったりした部屋で便利家電で家事の時間を節約したりできるので、生活クオリティも向上しますが、ある程度を超えると維持管理を支えきれず投資効率はマイナスになります。もちろん投資する物の種類によって傾きは変わりますから、単純化しているわけですが、そもそも放物線であって極大値があることは認識した方が良いでしょう。良いものは多ければ多いほど良いわけではないのです。
こういう関係性の中で可処分所得の増が加速度的に耐久消費財の維持に必要な労働時間を増やしているのに、一つ一つの耐久消費財にかかる時間は小さいので、財が増えることによる時間損失の蓄積に気づかないという構造的問題があります。
こうして簡単に極大点を通過し、どんどんグラフの右下へ進んでいきます。
ではどうするべきか
家具家電の数を数えて、30分を掛ける。年間損失時間に怯えなさい。そして棄教しなさい。