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2-6-3 口の書き順

 書き順は「いろいろな人たちが漢字を長い間使い続ける中で「書きやすい」「覚えやすい」ように考え出されたものです」と言われる。この1文が〈どれだけ重いのか!〉を言うために書きます。否定するつもりはないし,批判のつもりもありません。だから,日本で学校漢字の教育を受けた人ならば,〈あなたの覚えた書き順で良いのです〉となります。もう先を読む必要はありません。しかし,本当に何も知らない人を相手に〈書きやすい〉〈覚えやすい〉を説明するために一度はきちんと説明してみます。

 「口」を書くときに,左の縦線「丨」と右の縦線「丨」のどちらを先に書いた方が書きやすいだろうか?
 かん字が作られた頃は,パソコンのキーボードやタブレットもなかった。多くの人は右手に筆記具を持って書いた。右を先に書くと左を書くときに自分自身の手先が影となるので書く位置や長さの調整がしにくい。これはやはり左を先に書いておいた方が,長さやバランスをとるのに良い。書きやすさの点から〈左から右〉となる。なので,これが書き順の原則になる。

 同様に,上の「一」と下の「一」のどちらを先に書いたほうが書きやすいだろうか?
 下を先に書くと上を書くときに自分自身の手先が影となるので長さの調整がしにくくなる。やはり,上を先に書いておいたほうがそれを頼りに下の線も長さやバランスがとれる。書きやすさの点から,〈上から下〉となる。これが書き順の原則になる。

 ここからは,引用文となる。「口」全体の書き順については久米公『新漢字表による筆順指導総覧』(みつる教育図書出版,1977年)に詳しく紹介されていたからだ。
 もともと,松本仁志『筆順のはなし』(中央公論社,2012年)を読んで知ったことだ。

  筆順の原理と意義
 子供が,模型を組み立てるとする。
 ある子供は,早く作り上げようとして,組み立て順序など構わずに,たぶん,手近な興味深い部分からとりかかろうとするだろう。そんな子供に限って,ある部分は早く格好がついても,全体としてはどこかうまくかみ合わなくなって腹を立てることが多い。組み立てられたとしても,なにかいびつになったり,よく性能を発揮しなかったりする。とどのつまり,時間をかけてやり直すか,こわしてしまうか,さもなければ,不器用さを嘆き劣等感を持つか,ということになってしまう。
 一方,ある子供は,一定の組み立て順序に従って,ていねいに作り始める。一見,時間がかかって回りくどいように見えて,結果としては,前者より早くでき上がることが多い。できばえに多少の差はあっても,姿がほぼ整い,しっかりしていて,性能にかくべつの問題も起こらない。この場合,示された模型の組み立て順序には考案者の知恵と経験がこめられていて,それが,この模型作成のための最も能率的な方法であったわけである。
 漢字の場合もそれに似ている。
 文字として約束の点画を組み合わせて,手書きによって字形を書き上げていこうとする。そのとき,前者のように組み立て順序を無視したやり方でいくと,画数の少ないときはいいとして,画数が多くなるといろんな問題が出てくる。動きにむだが多い。点画の過不足が起こりやすい。点画や部分の相互関係が狂って,形が変わったり不安定になったりする。読みにくい,誤読されたりもする。ついつい,消しゴムを使うことが多くなったり,紙を改めて書き直す破目になったりする。結局は,筆順によって書くのが,わずらわしそうに見えて,実は,最も効率的な文字構成法だということがわかってくる。なぜなら,筆順には,先人の知恵と経験が集積されているからである。簡単な「口」の字で確かめてみよう。

〈「口」の筆順〉
 「口」の字は,口を開いた開いたさまをかたどって誕生し,右の図版のように,篆書→隷書→楷書の順に変遷をたどってきた。その変遷の過程で現在の筆順も生まれてきた。

 篆書の形をどんな順序で書いたか,いろんな想像ができよう。が,少なくとも,現在の「口」の筆順でこの形を構成することはむずかしそうである。
 隷書や楷書の四角な形を手書きする方法として,例えば,図版のa,b,c,dを仮想して考えてみよう。
a.この一連は,一筆書きである。むだがなく,速く書けそうである。しかし,「下から上へ」とか,「右から左へ」とかの無理な動きがまじっている。そのため,形をきちんと整えるということになると,むずかしさがつきまとう。
b.それに対して,これは,「母」の字のように,折れ曲がった二つの線を組み合わせる書き方である。二線をつないだ点線は空間の動きの部分(空画または虚画)であるが,次のcやdよりも短い。つまり,筆路にむだが少ない。しかし,折れ曲がった二つの線で方形を手書きしようとすると,形にゆがみが生じやすい。「母」の字の形の整いにくさと通じている。
c.上二者に対して,これは線をばらばらにして,同一方向の線をそれぞれ書く書き方である。動きにある種のリズムが生まれて,方向をそろえやすい。その反面,筆路のむだが大きい。
d.これは,aの問題点をとり除き,b,c両者を折衷したような方法。まず,一本の線を書いて,それを基準に他の画を添えていく書き方である。でき上がり方を確かめながら書けるので,形の調節がしやすい。筆路のむだもcより少ない。4者の中で,この形を手書きするのに最も好都合dといえそうである。とりわけ左の型が都合がよい。これが今の「口」の筆順である。

久米公『新漢字表による筆順指導総覧』(みつる教育図書出版,1977年)

  と言うことで,現在の「口」の書き順となる。
 私が付け加えるなら,「とりわけ左の型が都合がよい」と言う根拠は縦書きを基本としてきた漢字文化があったからだろう。左の方が全体的に上から下に向かっている。もし,西洋のように横書き文化であったなら,右のほうが都合よかったと思う。

 「書きやすい」は説明できたとして,「覚えやすい」はどうするか?
 これについては前の話「2-6-2 書き順ルールに画素の→↓↙↘○を利用する」で良いと思う。


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