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教科書体を手本にするな

 昔だったら活版印刷は手間がかかるため,印刷された物は公式のものと言えた。手書き文字は身近な相手が読めれば十分だった。それが,現在ではパソコン等の普及により手書き文字が減り,非公式でもきれいな印刷物が増えた。そのため,公式文字と通用字の区別が曖昧になっている。
 もともと手書き文字(=通用字)は公式文字(=印刷文字)と違うのが当たり前だ。手書き文字は読めれば良い。「間違い」と言う必要がない。「違う」ことが最大の特徴なのだから欧米ではサインが本人の認証として使われる。
 公式文字は同じでなければ意味がない。中国の試験制度である科 挙では誰もが同じ文字になるように試された。この時代の答案用紙は 多数残っている。google の画像検索で見ると気持ち悪いほど見事だ。ネットで拾った画像を次に貼ります。

日本書技研究所のwebページより

この手本となる字形を「楷書」と言う。楷の木は孔子が杖に使っていたと言うので,手本という意味が込められた。

 現在,日本の義務教育では手本文字に教科書体を使っている。これは印刷用書体として作られた明朝体やゴシック体ではない。教科書体は科挙で用いられた楷書をもとにデザインされた文字だ。楷書は公式文字であるから「國」と書く。しかし,通用字では「国」と使われていた。「國」よりも「国」の方が簡単に書ける。日常使いでは「国」でも,そんな活字はもともと無いのだから,印刷する時は「國」となる。それが当用漢字(後の常用漢字)ではかん字の簡略化として,略字や俗字を公式の文字にした。略字や俗字を楷書風にデザインしたのが教科書体となる。
 このひずみが「⻌(しんにょう)」に残っている。
 戦前のいわゆる旧字では「辶(2 点しんにょう)」だった。しかし,通用字として点は一つにして後はクニャクニャと書いていた。(下の画像は街角でもらったチラシです。日蓮 の「立正安国論」のコピーです。「国」や「近」の字に注目して下さい)

 さて,常用漢字では簡略化を進めたので「辶(1 点 しんにょう)」とした。だから,漢字字典では 3 画の扱いであり,明朝体やゴシック体ではすべて「近」と 1 点しんにょうになっている。そのため,常用漢字に登録されなかった「辻」には 2 点しんにょうが残っている。
 それなのに教科書体ではクニャクニャが残っている。「辶」で書かなければ間違いのはずです。
 手書き文字のお手本として教科書体を作ったのは善意かもしれない。しかし,そのために「同じに書かなければ間違い」になってしまった。これが明朝体やゴシック体であれば,〈漢字の骨組みがあっていれば正解とする〉文化が学校にも生まれたかもしれない。
 書写教育(習字指導)と漢字指導(国語教育)は区別した方が良いだろう。ちょうどそれは計算指導が算数・数学教育のすべてではないのと似ている。重要な一部ではあるが,すべてではない。

2024/11/06記 一部編集をして公開

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