【Venus of TOKYO】能面のモデルについての調査と妄想【アーカイブ】
※ふせったーに投稿した過去記事を、アーカイブとしてnoteに投稿しています。
※もう終演した公演ですが、一応ネタバレがありますのでご注意ください。
実物の能面を元に、登場人物や物語に合った面を制作されたという長谷川主宰のインタビュー記事もあり、どの人物の面がどの能面をモデルにしているのか、多少なりともそこに込められた意味はあるのか、と思い、画像や使われる役柄を元に考察してみた。すでにやっている人はいると思うけれど。
そもそも能面の分類には様々あるらしいが、大まかな系統は概ね共通している。
今回は能面制作のイノウエコーポレーションさんのサイトと、横道萬里雄『岩波講座 能・狂言IV 能の構造と技法』を元にしたWikipedia「能面」の記事の分類を参考にした。リンク先は能面画像なので閲覧注意(こわい)。
【富豪】
大飛出 おおとびで(鬼神系)
https://nohmask21.com/sankotobide.html
天から下界を見下ろす神としての威厳と猛々しさを表現し、神威のおそろしさを表わしたもの。口を大きく開けて目玉が飛び出したような形相。
魔王≒鬼神ということで、威厳と猛々しさ、神威、いいんじゃないでしょうか。富豪の面には通常の大飛出に施される金泥の彩色はなく、眉間の皺が際立っていることから、造形としては大飛出の中でも三光坊が製作したとされる「三光飛出」に近い?富豪の御髪とのコラボによって、鬼神よりもまたさらに別の存在に進化している気もする。
【護衛】
小飛出 ことびで(鬼神系)
https://nohmask21.com/kotobide.html
大飛出よりもやや小振りの肉色の面。地上を駆け巡る敏捷性、軽快さを強調し、身軽ですばしこい神体や鬼畜を表わす。キツネの化身の役などに用いられる。
富豪の大飛出との対比で小飛出がモデル、ということでしっくり来そう。富豪部屋ではまさに軽快にバトるし。朱塗りではないが面の形などから、どちらかというと小飛出の中でも、猿に似せて作られた「猿飛出」に近いかもしれない。
http://sakurai.o.oo7.jp/men.sarutobide.htm
オンラインでは一番正面から映りにくく、ちょうどいい画をゲットするのに苦労した。
【贋作家】
痩男 やせおとこ(男系・怨霊系)
https://nohmask21.com/mask-v/yaseotoko.html
「執念と怨恨とにやつれ果てた男の亡霊」を表す。血の気を失い、頬や額の筋肉がやせおち、頬骨が高く、眼はおちくぼむ。
頬のこけ方が特徴的で、一番特定しやすかった。意味合いもぴったり。後述の盗賊も頬が少しこけた作りになっていて、孤児院育ちの2人の共通点にも見える。ただしこちらは一般的な「痩女」の能面とは大分趣が異なりそうで、別のものを挙げた。
【医師】
顰 しかみ(鬼神系)
https://nohmask21.com/shikami.html
鬼畜を表す面の一つ。顰とは、獅子が上下の歯で物を噛んだ様子→しかみ(獅噛)から来ているとされる。
顔の筋肉をすべて極度に怒張させた憤激の形相。口が横に大きく裂けているのが特徴。
表情と口の裂け具合的には一番近いと思ったが、これはあまり自信がない。顰の特徴である牙は、医師の面にはない。
大体の演目で退治されてしまう鬼の面として用いられるようだし、医師が「鬼畜」というのはちょっとどうか。いや、ある意味ではそうなのかもしれないが……。
【鑑定士】
筋怪士 すじあやかし(神霊系)
https://nohmask21.com/ayakashi.html
「怪士」(あやかし)は男神や武将の霊の役に用いられる面。眼窩の窪み、頬骨の張りはあるものの、彫刻は控えめ。こめかみに静脈が浮き上がったものを特に筋怪士と呼ぶ。
鑑定士の面は横から見たときにこめかみに浮き上がった太い静脈が特徴的で、そのあたりも手がかりに探したところ近いものがヒット。表情の凄みも似ている。「友を亡くして苦しむ男」や、「女と結ばれることなく死んでしまった未練のために亡霊となる男」に用いられることもあるということで、意味合いは近そう。
【写真家】
猩々 しょうじょう(男系)
https://nohmask21.com/mask-v/syojyo.html
祝言の趣を持った能曲『猩々』で、海に住む酒好きの少年の妖精(想像上の生き物)「猩々」の役に使われる専用の面。
猩々面は酒を飲んでいることを表すため赤く彩色されることが特徴だが、写真家の面は赤味は薄いか。ただ造形や表情は近く、少なくとも童子類の面ではありそう。そして祝言能/酒飲みの少年の妖精、というイメージは特に宮川写真家にはもうぴったり。おめでたい!!
【シェフ】
若女 わかおんな(女系)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/472103
若い女面の中でも観世流が重んじる面。
女性陣の面はどれも特徴が薄くて難しい。未来から来た女の面は目を閉じていたり、盗賊の面は吊り眼気味だったりと少しずつデフォルメされている。現代版にアップデートされているということで、当然どれも殿上眉は引かれていない。特にシェフの面は際立った特徴がないが、一番近いのは若女か。増女にも近いと言えば近い。
【未来から来た女】
増女 ぞうおんな(女系)
http://www.nohmask-japan.com/new_fushikizou.html
室町時代の田楽師、増阿弥が創作したと伝えられることからそう呼ばれる。小面に比べやや細く、深みのある表情で、端正さと清高な品位があり、天女、高貴な女性の役に用いる。
増女の中でも、製作後、目元に節の脂が出て品位が更に強調されたといわれる「節木増」の造形に近いように思った。若女類の面で目を閉じている例は見つけられなかったが、未来から来た女の面の目元は閉じている。やはり装置の中で眠っている様子が表現されているのだろうか。
【盗賊】
逆髪 さかがみ(女系)
http://sakurai.o.oo7.jp/men.sakagami.htm
能曲『蝉丸』にて、蝉丸の姉で皇女に生まれながら逆さまに生い立つ髪を持ったことで捨てられる「逆髪」の専用面。盲目の弟、蝉丸とともにわびしい境遇を語り合う。
普通に「小面」かとも思ったが、この「逆髪」の面の表情と、役の境遇が盗賊に近いと思ったのでこちらを挙げた。わびしい境遇を持つ姉・逆髪と弟・蝉丸のふたりを、どうしても孤児院で育った盗賊と贋作家の関係に重ね合わせてしまう。
余談ですがエンディングで贋作家と少女のふたりを見つめる盗賊の眼を見て私はいつも感情がこみあげてきてしまいます。
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以上でした。あくまでモデルの推測だし、正解はないのでただの妄想です。
オープニングの能面ダンス、短いけれど本当に好きなんだ…。最初から顔出してたっていいのに、あそこでわざわざ能面を使うという発想にもう、言葉が出ない。
(2022年2月4日投稿 元記事@ふせったー)