拳銃が登場する小説は……
三猿ベイベー:Day 25
街は色とりどりの光で賑わっていた。車のライト。赤と黄色。店の看板。ディスプレイが鮮やかに広告の映像を映す。舞は、光乃の帯にしがみつきながら、それらを眺めていた。
光乃のバイクは迷うことなく道を一直線に進んでいく。エンジンの音が響く。両脇のビルに反響してまた低い唸りが返ってくる。なんだか自分の体が大きくなったような気がする。エンジンの駆動が景色と空気を巻き込んでいく。バイクが息を吐くたびに、自分にもその熱が感じられる。
光乃のバイクを追う形で、背後にハルのPパッドが飛んでいる。巨大なスマートホンの画面に当たる部分にハルは直立不動で立っていて、ボクはその足を掴んで座っている。座席もナンバープレートもない。画面が光り輝いてその上に立つ2人を飾り立てるように照らす。そもそも、タイヤもないのにどうやって移動しているのか。
舞は疑問に思ったが、深く考えるとSFが一本書けてしまう気がしたので舞には何も思いつかせないようにする。それよりも重要なのは、残り時間が限られたこの小説の顛末である。
三猿ベイベーという小説は2月に私がテーマを決めて書き続けたものだ。メタ小説を書きたい。いや、小説が書きたかった。しかし、色々考えた結果、私にかけるとしたらメタ小説しか描けなかった。何かしら一ヶ月で完成するものを作りたかった。
思えば、この書き方に至るまで色々あった。
noteを初めて最初の頃はエッセイを書いていた。とりあえず何か「いいこと」を言おうとしていたのだ。しかし、書いているうちに「ただ書いていること」が好きな自分に気がつく。
「書いていること」が好きなのだから、その書いたものの内容はあまり関係なかった。またその話か……と私は思う。いつも同じところに帰ってくる。「書くしかない」同じことの繰り返しのように思うが、戻ってくるたびに違うものを得て、違う書き方を通して、同じところに戻ってくる。
どちらにせよ、書かなければ、彼らの物語は終わらない。一ヶ月で終わるには惜しい。もしかしたら、まだ書きたいと思うかもしれない。でもしかし、これだけは言える。彼らの物語を書いたことは確かに、私が明日描くものに影響を与えるだろう。そうやって、私はまた新しい書き方を見つけるだろう。それができる限り、わたしは書くことをやめないだろう。
「石田は?」
舞は絶叫する。バイクの轟音にかき消されない声で。
「今探してる!」
光乃もまた声をあげる。高い女声をバイクの轟音から掴み取るように舞は耳を澄ます。
バイクは車を追い越して、信号をすり抜けてどこかへと向かう。
「当てはあるんかい!」
舞がそう叫ぶと、光乃はさらに速度を上げた。舞は会話することが不可能になり、光乃の帯にまた強くしがみつく。
「見つけましたよ」
背後から声がする。
石田は振り向かずに目の前の景色を見る。夜になった東京の景色は、彼にとっては昼間よりも明るい。人が放つ熱は、欲望に比例して大きくなる。食べたい。寝たい。やりたい。それはどちらかというと昼よりも夜の方が明るく輝く熱になるのだ。夜の電気の光と混ざって、夜の街は煌びやかな一つの光源になる。
「いかがですか。その目は。」
声は、ねちっこく、いかにもいやらしかった。
石田は振り向かない。振り向かずに前を見ていた。
「何しに来た。この小説を盛り上げにでも来たのか?」
夜に向かったつぶやくように石田は言った。
「盛り上げる? 不本意ですね。私はただあなたの『その後』が見たいだけですよ。」
声の主は、ある程度まで石田の背後に近づくと立ち止まった。そして、ゆっくりとポケットから銃を取り出すと石田に向けた。まるで、映画のスパイのように。当たり前のように銃をまっすぐ、迷いない手つきで石田に向けた。
「小説に銃が登場したら、必ず一度は発砲される。ご存知ですか?」
「脅しか?」
石田は振り返らずに言う。
「いえ、あなたが好きなメタ的言及ですよ。」
背後の影は、ニヤニヤと笑いながらいう。石田はイラつきをあらわにして舌打ちをした。
「お前は誰だ。」
「わたし……私ですか?」
「伏線も何もなく現れやがって。小説を終わらせる技術がないのがバレバレなんだよ。」
「ふふふ……仕方ないではありませんか。」
影は声をあげて笑う。
「技術がないのは、筆者の問題ですもの。第一、そんな小説的な都合に合わせて悪党が現れると思います? 事故も災害も殺人事件も何も前触れもなく起きるときだってあるじゃないですか。小説だってそれでいいでしょう?」
「じゃあ、なんだ、お前は小説とか物語の展開なしに勝手に現れたってわけか?」
「まあ……そう言うものでしょうね。しかし、このシチュエーション。そして物語が佳境に入るタイミング。出てくるとしたら、この瞬間しかなかったとも思いますが。」
カチャリ。と影の銃がなる。ストッパーを外したようだ。あとは引き金を引くだけで拳銃が発砲される。音は石田に聞こえているはずだが、窓に向かって仁王立ちしたまま動かない。
「もう少し、話しませんか。貴重な一発を無駄にしたくありませんから。」
影が言う。
「随分と、親切じゃねえか。読者に。」
「いえ、いえ、メタ的に振る舞う無神経さがないだけですよ。私は必死だ。」
影の語尾が震える。石田はその動揺を掴み取り、冷静さを心に染み込ませる。
「徳川光乃はここにくるのか?」
丁寧な語尾は捨て去られ、石田に向けられた拳銃が震える。
「おそらく、くるだろうな。運営会議をほっぽった俺を追いかけに。」
「埋蔵金の場所は知っているか?」
「知らないし、興味もない。」
「お前なら『見える』だろう?」
「……」
「そのための『目』だろう?」
吐け。影が言った。その声は腹から発せられた。人間が最も大きな声を出せると言われるやり方で。石田は相変わらず振り返らない。ただ、視界に映る大きな光のうねりを見ていた。人々の欲望のうねり。ビルの光。雲の上を飛ぶ飛行機の明滅。
「あのなぁ……」
石田はため息をつくように言った。
「俺が見たかったのは、そんなものじゃないんだ。」
空間には、荒い呼吸と心臓の鼓動の音が響いているようだった。影は肩で息をしていた。その体の中心部分に赤く眩い光が見えた。石田は振り返って、その光をまじまじと見た。強く人間が興奮すると、彼の目にはそれが見える。
「じゃあ何が見たいんだって言われても困るんだ。」
石田は言う。そして、ポケットをまさぐると何かを取り出して、地面に放り投げた。それは軽い音を立てて転がった。小さな棒のようだった。
「俺の秘密兵器。使う機会なかったなぁ。三猿ベイベー2があったら使うかなあ。」
「なんだそれは!」
「ちゃんと聞くのな。 説明してやる。これは如意棒。伸縮自在だ。」
石田は顎を動かして、地面に転がった棒を指し示す。
「筆者はこの小説が始まる前に色々考えててな。三猿の隊長である俺にはアクション展開も考慮して『秘密兵器』を持たせてたみたいだぜ。如意棒って言って伸縮自在に形状を変えられる棒みたいだ。」
「そんなものハッタリだ!」
「いや、ほんとだぜ。筆者の厨二病ぶり舐めんなよ。伸縮自在で、ビルを貫通するほど巨大化したり、宇宙まで伸びたりすんだぜ。小説ってこええよな。」
「……」
「そもそも、俺が変な視覚を持っていたり、ハルがPパッド持ってたりこの小説ではすでに変なことが起きてるだろうが。あと、お前の存在もな。」
「……」
「つーか、お前はいったいなんなんだよ。」
「こ、答えられない!」
石田は、ゆっくりと銃口に向かって歩み寄る。影が手を震わせてまっすぐと引き金に指を当てる。
「答えられない、と言うのは作品の都合からか、筆者が何も考えていないからか?」
「し、知らない!」
「ハハッ!」
石田は笑う。
「慣れてないだろうなぁ。こういう会話は。普通の小説には多分書かれてないからなぁ。おあいにくさま。これは普通の小説じゃない。」
石田は笑いながら銃口に向かってまっすぐ歩き続ける。しまいには影の人物が構える銃口が額につくまで、石田は近寄った。それにもかかわらず、彼はずっと余裕だった。
影は引き金に力を込める。しかし、どれだけ力を込めても弾は発砲されない。焦れば焦るほど、石田は笑う。
「お前を倒すために、秘密兵器なんていらねえよ。」
「ど……どう言うことだ!」
影はこんな時に限って、ベタなセリフを吐いてしまう。
「こう言うことだ。この小説では一度登場した銃が発砲されるという法はない。だから、どれだけお前が引き金に力を込めようがこの小説の都合には関係ない。お前は俺を殺せない。」
「……あり得ない。こんな小説はあり得ない!!」
「そんなこと関係ねえよ。ていうか、今まで読んできたやつならここで納得するんだよ。この小説がメタ的にひねくれて書かれてきたことが、全ての伏線だ。」
石田は額に突きつけられた銃口を指さす。銃口が震える。引き金に力が込められる。しかし、どう言うわけか銃は反応しない。そのことへの恐怖がパニックになって、影は身動きを取れなくなる。
「そして、お前がここに理由もなく現れたことにも、理由がある。説明してやろうか?」
「……」
「お前は、俺たちが倒すべき象徴。俺たちが克服するべき象徴。俺たちが踏み越えて進むための踏み台。お前は誰だ、なんて聞いたが、俺はもうお前が誰だかよくわかっている。」
「私は……っ!」
「お前は、普通の小説を面白くするにはいい仕事をしだだろうよ。しかし、この小説にはいらない。それを示すためにお前はわざわざ出てきて俺に銃を向けた。そして、ここで俺に消される。」
「なぜだっ!」
「なぜならこの小説は『三猿ベイベー』だからだ。」
「……」
「いくら月末に近づこうが、いくら読者が減ろうが、いくらスキがつかない回がつづこうが、いくらフォロワーが減ろうが、いくら面白い小説の方程式が頭に浮かぼうが、いくらつまらない回が続こうが、俺たちはただ書かれる。それだけだ。」
「ぐっ……」
影は息を詰まらせる。その一瞬を石田は逃さなかった。彼の腕を思いっきり引っ張って窓に叩きつける。拳銃は窓にぶつけられた。ヒビが入る音と同時に窓が割れた。外の空気の匂いがする。石田は力を込め続ける。影は障壁のない窓の向こうの空間に投げ出される。
「グアアああああああああああああああああああああアアアアアアアッ!」
悲鳴とともに、影は拳銃を持ったままこの小説から葬り去られた。
「ふう。」
石田はため息をして、ずれたサングラスの位置を直す。
「人殺しちゃったこれ? いや、殺したのは『小説』か……」
しみじみと割れた窓の向こうを見る。ガラスを隔てないからか、街の明かりが一層鮮やかに目に飛び込んできた。
「俺はここで待ってればいいんだな。」
(つづく)