Day 8: 正夢
あらすじ説明に2000字ほどかかっていますので、お急ぎの方は目次から「本編」にお飛びください。読み飛ばしても一切支障はありません。
前回までのあらすじ
「おい、誰か、あらすじだってよ。」
石田が、ソファーに寝そべったままつぶやく。
「誰か、三猿ベイベーのあらすじを教えてやってくれ。初めてこれを見た人に失礼だろ。」
「あらすじ? 知らん。まだ何も起こってへんやろ?」
舞は例の如くSNSで広報活動中だ。まともに反応するのは疲れるので、スマホに集中しているふりをすると楽だ。
「あ、わたし言えるかもしれない!」
舞の隣で、光乃が手を上げる。着物の袖が風を起こし、お香の匂いが漂う。
「じゃあ、光乃。言え。」
「はい!」
光乃は立ち上がる。
「……カメラどこ?」
「探さんでええ。」舞はやんわりとツッコむ。「マイクも自動や。」
「あ、そう。じゃあ言うね。」
光乃はいまだにキョロキョロしつつ話し始める。戸惑う気持ちもわかる。「あらすじを読者に伝える」という役目がなければ、光乃は突然立ち上がって独り言を言い始めることと同じだ。あたりに、話かけるべき読者も、声を拾うマイクもない。
「むかーし、むかし、あるところに……」
「桃太郎か!」
「あ、ごめん。つい。」
「そんな昔のことちゃうやろ、まだ始まって一週間ぐらいやろ。」
「はい。真面目に話します。」
光乃は着物の帯を「ぱん」と叩いて、姿勢を正した。石田は興味なさそうに、昼寝にふけっている。舞は彼の姿を見て、主人公を交代してやろうかと思う。もし、彼が主人公ならもっと働くのだろうかと想像する。
ハルが、Pパッドに『Take 2』と表示する。
「東京のどこかのビルに、三猿という事務所がありました。」
光乃は話し出す。声はハリがあって話し始めると淀みがない。
「三猿、というのは不思議な三人組のことでございます。一人は石田舞踏というサングラスの男。もう一人はハル。巨大なスマートフォンを持ったコスプレ少女。さらにもう一人はヘッドホンをつけた少年、ボク。」
石田以外は、名前を呼ばれると手を挙げた。因みに今日のハルのコスプレは、北欧風のふっくらとした赤いドレスに、金髪である。カラーコンタクトを使っているのか、目の色も違う。ボクは黙って、ゲームに興じている。
「いちおう『実力事務所』と名乗っておりますが、その正体は不明でございます。」
光乃は、斜め上に向けて手のひらを前に突き出す。その先に注目すると、散らかった事務所の壁の上の方に看板がある。『実力事務所 三猿』と筆字で豪快に書かれている。しかし、ガラクタの方も天井に迫る勢いで積み上がっているので字は半分ほど隠れている。
「そこに訪れた一人の売れない女芸人、津込舞。」
光乃は踊るように手を翻して、舞に向ける。
「売れない、は余計や。」舞は手をあげながら突っ込む。
「いや、売れないはファクトだ。」石田が急に声を出す。
「てな感じで、石田と舞は犬猿の仲でございます。」
光乃は、さらに手を翻して帯の真ん中に当てると、頭を下げる。
「謎の事務所三猿と、売れない芸人の舞はこれからどのような物語を繰り広げるのか……」
ここで頭を上げる。
「とくとご覧あれ!」
ドヤ顔で、事務所の看板に向けて叫ぶ。
「おっと、申し遅れました。わたくしの名は徳川光乃でございます。この仰々しい苗字ゆえ、普段は『葵』という名で通らせていただいております。三猿の事務所の下で和風小物屋を営み、一方では白バイ隊員として東京中の速度違反車を取り締まっております。色々と謎が多い女でございますが、ご安心くだされ、心優しいおしとやかな可愛らしい乙女でございます。」
そこまでいうと、チョンとお辞儀をして舞の横に腰を下ろした。
「言えた!」
「言えたんか、それ?」
舞は首を傾げる。
「自分のとこだけ盛ってなかったか?」
石田が寝転んだまま言う。
『Take3?』
とハルがPパッドに表示する。
「全然、始まらないじゃん。今日。」ボクがゲームを見ながらつぶやく。
今回のあらすじ
「……おい。今回のあらすじだってよ。」
石田がむくりと起き上がって言う。起き上がったと思ったら、またソファーにもたれてがっくりと脱力する。
「今回のあらすじ?」
舞は、スマホから顔を上げる。
「また私の出番?」光乃が腕まくりして、言う。
「いや、ちょっと待て……お前、今回のあらすじ言えるのか?」
「うん。多分言えると思う。」
「いや、今回のだぞ……今日のだぞ?」
石田がズレたサングラスを直しながら、念入りに確認する。
「う……うん? 今日の?」
「あれ? おかしない?」
事務所に不穏な空気が流れる。
「今回のあらすじを言えるってことは、未来を知ってるってことだぞ?」
沈黙。
はい、わたし言えます!
どこからか声がした。どこかで聞いたことがある声だった。
「ナレーターやん……。」舞がつぶやく。「というか、この声どこに響いてんの?」
……詳しいことはあまり語らないことにします!
また声が事務所に響く。
「うるせえな。」石田が頭を抱えて耳を塞ぐ。光乃は、耳の後ろに手を当てて聞いている。
舞はスマホを切って、天井に話しかける。
「語れるんなら早よ語りぃ。もう二千字使ってるで。あらすじだけで。」
……そうですね。急ぎます。
いちいち中央寄せにして、ナレーターが声を発する。
あれ、この地文はナレーターなのか?それともただの地文なのか?よくわからなくなってきた。
……地文さん。今は悩まなくてもいいですよ。私もわからないのですから……
あ、そうですか。じゃあ、進めてください。
「……おい。なんか内輪で話し始めてんで……」舞がつぶやく。
「訳わかんねえな。」石田がまた、興味なさそうにソファーに寝そべる。
『神々の対話』とハルがPパッドに表示する。
光乃は、耳を澄ませたまま微動だにしない。
「っもうどうでもいいよ。」ボクはいっそうゲームに集中する。
ナレーターが話し始める。
……今回のあらすじは。舞の高校時代の回想の続きをやります……
高校の一大イベントである修学旅行。
その行き先は、何と四国一周旅行であった。
予想外のプログラムに戸惑うクラスメイト。
祖母との「踊りの記憶」。混じり合うリアリティ。
そして、東京での三猿との出会い。
果たして、舞はなぜ三猿と出会ったのか。なぜ事務所に居座るようになったのか。過去と未来と記憶が入り混じる大活劇が、今、始まる……
「なんやねんこれ……。」舞がつぶやく。
……長くなってすみません。では、スタート!!!
本編
「……ちゃん……。」
どこからか声が聞こえる。
「ま……ち……ん。」
夢の向こうから、呼ぶ声。
「まい……ち……ん。また……ち……ん。」
肩を掴む手。
揺らされる視界。
「舞ちゃん!」
「はっ。」
舞は目を開ける。
「あ、起きた!舞ちゃん。もう次のお寺つくよ!」
「お……おう、委員長。起こしてくれてありがとな。」
「いいよ。……でも、すごくうなされてたけど、大丈夫?」
委員長は困惑した様子で舞を見る。
「ああ、なんか、現実か嘘か分からん夢見てな。」
「正夢っていうんだよ。」
なぜか委員長は言葉に厳しい。
「あ、そう。正夢。大人になったあたしが、空に向かってツッコんでてな。」
「空に突っ込むって、空に落ちていくの?! こわいよ!」
なぜか委員長は、深刻な顔で舞の手を握る。バスの後ろの席で、「委員長、どうした?」と声がかかる。
「いや、そういうんじゃなくてな……。ツッコむって言ってもなんか空に向かって、叫んどんねん。『なんでやねん』って。そしてついに疲れて、『なんやこれ……』って頭抱えてしもうてな。ツッコミって大変なんや。」
舞が説明すると、委員長は首を傾げたまま、キョトンとしてしまった。その顔を見ると、舞もどうでも良くなってきた。
「それよりも、舞ちゃん、点呼して。もうすぐ次のお寺だから。」
「はいはい……。」
舞は、席を立って背もたれを掴むと、後ろに叫ぶ。
「おい!お前ら! 順番に番号言ってけ!」
はしゃいでいた男子を黙らせるために、舞が怒鳴る。「うるせえ!」と男子たちが反抗する。
「ちょっと、みんなのために舞ちゃんも働いてるのよ。協力して!」
委員長が助太刀してやっと、クラスがまとまる。
いち、に、さん、し、ご、ろく……
順番に数字がコールされていく。
「五十六番目。泰山寺ね。」
「もう何番目とか、関係あれへん。」
舞の愚痴を聞き流して、委員長は『修学旅行のしおり』を開く。最後の方にずらっとおどろおどろしい漢字が印刷されたページがある。般若心経である。
「もう、私覚えたから、舞ちゃん持ってて。」
「はい。」
委員長は、見開きを舞に手渡す。舞は漢字の横に振られた、奇妙なひらがなを真面目に読む。
「読むでぇ!かんじーざいぼーさー……」
舞と委員長が音読する係だった。後ろからクラスメイトの気が抜けた般若心経が聞こえてくる。一応、読経するかどうかは任意だが、お参りするお寺では毎回、代表として舞と田中委員長が般若心経を唱えていた。
修学旅行の「四国一周」とは、四国八十八ヶ所巡りのことだった。
八十八の寺を全てを回るわけではないが、ほとんどの日程が寺の番号と、名前で埋め尽くされている。修学旅行のしおりを配られたときにクラスからは「寺しかねえのかよ」とか、「これはもはや旅行じゃなくて、修行」とか、「うどん食いたい」とか、さまざまなブーイングが起きた。
行ったら本当に寺しかなくて、クラスのテンションは修学旅行にしては落ち着いていた。般若心経のおかげなのか、それとも期待を削がれただけなのかどちらかはわからない。
お寺についてからは、礼をして参道を通ると、賽銭箱の前まで行く。そして、クラス全員で脇によって邪魔にならないようにお経を唱える。大勢の生徒が一斉に手を合わせる。見た人は感心して「えらいねえ」と呟いて通り過ぎていく。
男子は、最後の「ぎゃーていぎゃーてい、はーらーぎゃーてい……」だけなぜか声を張り上げて、サビ風に盛り上げるのが通例になっていた。舞は、「うるせえ」と心で毒づく。それでも舌を噛みそうなふりがなを読み上げる。
「よし。」
読み上げると、委員長は振り返ってクラスに号令をかける。
「じゃあ、次のところ行くよ!バス戻って!お土産買う人は急いで!」
「はあ……。ホンマに修行やなあ……。」舞がつぶやきながら、委員長に修学旅行のしおりを返す。
「え? 楽しいじゃん!」委員長がにこやかに言う。
舞は、委員長に聞こえないようにそっぽを向いて、ため息を吐き出す。
「なんか、他に楽しいイベントないんか?」
「舞ちゃん、よく見てよ。」
委員長は、しおりの最終日のページを開く。延々と漢数字と寺の名前が載っているスケジュール帳に、一つだけ奇妙な文字列があった。
「阿波踊り見学。」
委員長の指が指した文字。
「なんやこれ、おもろいん? ただの伝統芸能の鑑賞やろ。おもろないやん。」
舞は、フラグめいた台詞を吐く。
「まあ、寺よりかはおもろいかもしれんけど、ただ踊るだけやで。」
小さい頃、舞は、祖母に踊りを教わったことがある。手を頭の上で振りかざして、足でステップを踏む。単調な繰り返し。中途半端に知っているからこそ、舞は期待していなかった。
「でも、最後にあるってことはきっと楽しいのよ。」
委員長がぎゅっと修学旅行のしおりを胸に抱きとめる。
……続く
最後までお読みくださりありがとうございます。書くことについて書くこと、とても楽しいので毎日続けていきたいと思います!