2018年5月福島、幾世橋〜浪江小学校
<続き>
幾世橋小学校から、少し遠回りしつつ浪江駅方面へ向かう。
工事でGoogleマップの地図とも若干道が変わっているので、確認しながら移動する。
この日は雨もパラついていたが、しっとり濡れた緑はなんともいえない雰囲気を醸し出していた。野鳥や虫たちの鳴き声は止まることを知らず、本当にここは桃源郷のようだった。
この土地は震災前は人と動物と自然とが共生していた素晴らしい空間だったと思う。震災で放射能に汚染され、人はこの地を去った。避難指示が解除されて1年以上が経った今も、生活するための社会的インフラの整備は未だ為らず、帰還者は数百人に止まっている。そんな今だからこそ見れる光景、今だからこそ存在する空間なのかもしれない。
アパートの廃墟は多い。住んでいた人と連絡が取れない故か。
「コンクリート大断面欠損を確認しましたので」通行止め。でも渡ってしまったw ハイ、気が気じゃなかった。
橋の上で写真を撮りながら、橋が崩れたらニュースになるかも、と他人事のように考えていたw
橋が崩れることはなくw、無事に駅に向かう。
「夜間、現場内で作業している人は不審者です。通報をおねがいします」
旧避難指示区域は、未だ帰還者がほとんどいないこともあって、空き巣は多いと聞く。野生動物によって荒らされることも多いが、この7年の間で、強化ガラス等の防犯対策をしてない家は、ほとんど空き巣にやられたという。犯人が捕まったら、実はすぐ近所の元住人だった、なんてこともあったという。
「不審者」に玄関が破壊されたかのような歯科医院。
ていうか、僕もこの空間では完全に不審者だ。
これは…野生動物によるものか人間か、判別はつきにくい。
放置されたトラック。
震災直後のままの旅行代理店。
お寺が見えてきた。常福寺。
立派な寺だが、全面板張り。そして立ち入り禁止。
解体中の家。
家の中にフレコンバッグ。そしてこれは中間貯蔵施設に運ばれる。解体すれば「放射性廃棄物」として中間貯蔵施設へ。解体せずに帰還すれば、屋内で生身で身体を接して生活する。「放射性廃棄物」とともに。
頭が混乱する。
あぶくま信用金庫浪江支店。平成28年7月12日から営業を再開しているらしい。廃墟に囲まれて。
http://www.abukuma.co.jp/osirase/odakaatm/namie0712_1.pdf
傾いたままのブロック塀。そこら中にある。
浪江小学校は立入禁止だった。
<続く>
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