カツオに惚れ込んだ夫婦が作る、沖縄伝統の滋養食「かちゅう汁」―ニッポンのヒャッカ沖縄編8―
汁碗に、たっぷりのカツオ節と宮古味噌を入れ、熱湯を注ぎ込む。
一気に箸でかき混ぜて、湯気がたちのぼる汁をすすれば、
身体はポカポカ温まり、なにやら力が湧いてくる。
かつて宮古島で、風邪を引いたときや疲れたとき、
「元気が出るように」と食べられていた「かちゅう汁」。
宮古島のとなりの伊良部島では、これに生卵を加えたものを
「勝利をつかみたい」ときに飲むと良いとされ、
「勝負汁」とも呼ばれていた、縁起のいい食べ物だ。
「今から考えたら、なんて大胆なことやったんだろうと思いますよ」
伊良部島への移住の理由を尋ねると、濵口美由紀さんはそう答え、アハハと笑った。
美由紀さんが夫の博至さんと共に伊良部島に移住してきたのは、2015年1月30日のこと。
その日は、今や観光名所となった伊良部大橋が開通した日で、橋を渡る車の行列がどこまでも連なっていた。伊良部島への経路を宮古島からの車移動としていたふたりは、その列に加わり、長い時間をかけて伊良部島に上陸したという。
もともと神戸で水産会社を営んでいた濵口夫妻がこの島へ移住を決めた理由は、「カツオ」。
そのカツオと出会ったのは、ふたりが旅行で沖縄を訪れたときのこと。神戸の魚市場で30年以上も働いていた博至さんは、「南の魚には高値がつかないから」と、はじめ、沖縄の魚を食べることに消極的だった。しかし、ものは試しと食べてみたカツオに、度肝を抜かれたという。
「カツオってこんなに美味しかったっけ!? と驚きました。四国のカツオも美味しいんですが、沖縄のカツオは、あのクセのある魅力とはまた違った、上質のマグロのような味がしたんです」
それからふたりは、カツオ漁が盛んな伊良部の地に足繁く通うようになっていった。
「そのうち夫が漁師さんたちとの飲み会に参加するようになって。みんなに『漁師やってみたら』って言われてね。もともと漁師に憧れていた人なんで、それもいいかもとなって、試しに船に乗ってみたら船酔いもしないし、『これやったらいけるんちがうか』って、漁師になるために移住したんです」
こうして、漁師へと転身した博至さんだが、その生活は1年後に終了する。
その理由は、伊良部の漁業が抱えるある課題に直面したからだ。
「魚がね、思ったよりも大量に獲れるんですよ。でも、獲れすぎた分は売れないから、500kgくらい入る大きなコンテナにとりあえず入れておくんです。だけど、次の日も、また次の日も獲れてしまうから、魚を入れたコンテナが港にいくつも積まれていく。そうこうしているうちに魚の品質が落ちて、廃棄になってしまうんです」
—— 獲れすぎた魚を無駄にしないためには、加工の技術が必要だ。
こうして濵口夫妻は、伊良部の魚を有効活用するべく、2015年6月、水産加工会社「浜口水産」を立ち上げるに至ったのだ。
当時、浜口水産が加工場を構えたのは、伊良部のカツオ節工場の一角(2017年9月には、新たに冷凍設備を導入した加工場を建設)。カツオ節の加工風景を眺めているうちに、美由紀さんは、あることが気になったという。
「カツオ節を削ると、削り節と一緒に細かい粉がたくさん出るんです。『これ、どうするんですか』と聞いたら『廃棄や』と言う(当時の話。現在は出汁などに有効活用する流れが生まれてきている)。もったいないのでそれを安く買い取って、カツオ節の粉を売り始めました」
美由紀さんが「かちゅう汁」のことを知ったのは、ちょうどその頃のこと。「宮古では昔から、カツオ節と宮古味噌をお椀に入れて、そこに熱湯を注いだものをよく飲んでいた」という話を人から聞いたのだ。
「その話を教えてくれた方が、宮古味噌の作り手だったんです。それで、私たちの商品と、その方が作った宮古味噌を合わせたら、美味しいかちゅう汁ができるんじゃないかなとひらめきました」
こうしてできたのが、この『鰹ちゅう汁』。
沖縄のカツオ節の特徴は、その「荒々しさ」だ。「荒節」と呼ばれる沖縄ならではのカツオ節の製法により、発酵を行う本土の「枯節」と違い、素材の味と香りがしっかり残る。
そこに、泡盛や小麦麹など、独特な素材を使用して作られた宮古味噌の風合いが合わさり、複雑な旨味が絡みあう、深い味わいとなっている。
そのまま湯を注いで食べても美味しいが、おすすめは、そこに生卵を割り入れ、一緒にお湯に溶いて食べる「伊良部の勝負汁」アレンジだ。
ガツンと旨いカツオと宮古味噌の風味、それを包む卵の柔らかな食感。
熱々のスープが身体を温め、すみずみまで元気が行き渡る。
かつて宮古島で、風邪を引いたときや疲れたとき、
「元気が出るように」と食べられていた「かちゅう汁」。
試験や面接、告白、大事なプレゼンの前、ここぞ! という日の朝には、
夫婦が惚れ込んだ沖縄の鰹から生まれた「鰹ちゅう汁」で、
気合を入れてみるのはいかがだろうか。