「救済」の本当の意味を教えてくれる映画
『ウォルト・ディズニーの約束』という約束という映画を見た。
この映画は、いろいろな意味で誤解されていると思う。というのも、そもそも原題が『Saving Mr. Banks』で、直訳すると『バンクス氏の救済』となる。
ところが、このタイトルではヒットしないと判断した配給会社が、知名度抜群の「ウォルト・ディズニー」の名前を用い、このような邦題に変えてしまった。確かに、この映画には「約束」も出てくるが、しかしそれはメインテーマどころか、サブテーマですらない。テーマは、あくまでも「救済」だ。
そんなふうにタイトルを変えたことは、誤解が広め、ぼくはかえって作品の普及を妨げていると思う。そもそもアメリカでは『バンクス氏の救済』でヒットしたのだから、日本もこれに倣うべきだったのだ。
そこで、この記事ではあらためてその誤解を解くことを目的に、この映画のテーマとなっている「救済」について書いてみたい。
まず、原題の『バンクス氏の救済』にある「バンクス氏」とは誰なのか?
それは、今から半世紀以上前の1964年に公開されたディズニーの実写映画、『メリー・ポピンズ』の登場人物の一人である。
『メリー・ポピンズ』とはどのような映画か?
主役は、タイトルにもなっている「メリー・ポピンズ」だ。彼女の職業はナニー(子供の世話係兼家庭教師)で、あるとき2人の子供がいる銀行家の家に雇われる。
そこでメリー・ポピンズは、魔法にも似た不思議な力で2人の子供たちを楽しませ、次々と周囲の停滞した状況を打破していく。2人の子供たちは、窮屈な日常から解放され、救済された気持ちを味わう。そういう児童向けのファンタジーだ。
バンクス氏は、その2人の父親である銀行家だ。その意味で、バンクス氏は『メリー・ポピンズ』の脇役なのだが、その原作の脇役であるバンクス氏を救うというのが、『バンクス氏の救済』という映画のテーマなのだ。
では、なぜ原作の脇役であるバンクス氏を救うことがテーマとなるのか?
それには、原作の『メリー・ポピンズ』そのものと、その作者であるイギリスの女性作家、P・L・トラヴァースについて知る必要がある。
『メリー・ポピンズ』は、P・L・トラヴァースが1934年に書いた児童小説だ。
これが世界中でヒットしたため、やがてウォルト・ディズニーも知るところとなった。
ウォルトがそれを知ったのは、自分の娘たちが夢中になって読んでいたからだ。「それほど夢中になるのはどんなものか」と読んだところ、ウォルト本人も夢中になって、この作品を映画化したいと熱望するようになった。そうして娘たちに、「この小説を映画化するよ」と約束した。邦題は、ここのところをとって『ウォルト・ディズニーの約束』としたのだ。
ところが、そこから実に30年間、この小説は映画化されなかった。それは、原作者のP・L・トラヴァースが、映画化を受け入れなかったからだ。普通なら、ウォルト・ディズニーもそこで諦めそうなものだが、しかし彼もこの作品に特別な何かを感じ、粘りに粘った。そうして30年の月日が経過し、最後にとうとう映画化がなされたのだ。
すると、1964年に公開されたこの映画は、アカデミー賞5部門を受賞し、興行収入もその年のナンバーワンとなるなど、ディズニー社を代表するような名作となった。そんなふうに、30年かけたかいのある、歴史的名作となったのだ。
そうして、今でもアメリカ人のほとんどがこの作品を知っている。だから、その作品の脇役である「バンクス氏」も、有名といえば有名なのだ。
では、なぜそんなバンクス氏を「救済」することが『バンクス氏の救済』のテーマとなったのか?
それは、映画化までの30年の月日が、まさにバンクス氏を救済するために費やされたからだ。原作者のP・L・トラヴァースは、30年間ディズニーによる映画化を拒んでいたのだが、その最大の理由こそ、「バンクス氏を救済する」ということだったのである。
だから、この『ウォルト・ディズニーの約束』という映画の主役も、ウォルト・ディズニーではない。P・L・トラヴァースの方なのである。ウォルト・ディズニーはあくまでも脇役だ。実際、映画はほとんどP・L・トラヴァースのシーンを中心に進行していく。
では、P・L・トラヴァースはどんな人物なのか? 彼女はなぜ、30年もかけて自分の小説の脇役であるバンクス氏を救済しようとしたのか?
ここからは、映画のネタバレになる。
P・L・トラヴァースは、なぜ自分の小説の脇役であるバンクス氏を救おうとしたのか?
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