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長鳴鶏を探し求めて 阿部浩子(「日本の息吹」令和6年2月号より)

天岩戸神話に登場する長鳴鶏。
その再現を目指した道行きにはいろいろなご縁とドラマがあった。
ふさわしい日本鶏は見つかったのか、そして果たして鳴いたのか―


常世の長鳴鶏

 それは一本の電話から始まりました。

「阿部さん、今年は長鳴鶏(ながなきどり)を手配してくれませんか」

 天岩戸神社注連縄張神事の発起人の一人、広田勇介さんからでした。令和三年夏のことです。令和二年に始まった同神事に縁あってスタッフの一人として参加していた私に、突然舞い込んだ仕事でした。

 同神事は、天岩戸に注連縄が張られたという神話を現代に再現して世の中を明るくしたいという佐藤宮司の熱意から始まりました(*1)。

 皆さん、ご存じの通り、天岩戸神話は、「常世(とこよ)の長鳴鳥(ながなきどり)を集めて鳴かしめて」から始まります。(「鳥」は古事記原文のママ)

 この新しい神事で、神話を目に見える形で再現することによって、日本民族が天岩戸神話を継承していく足がかりになる、そのためには「長鳴鶏」が必要だとの広田さんの熱意溢れる話を聞いているうちに、私も何としても実現させなければと居ても立ってもいられなくなりました。

(*1)『日本の息吹』令和5年2月号にインタビュー掲載

ほんけい保護連盟

 とはいえ、一体どこから手を付けていいのか…。

 いえいえ、途方にくれている場合ではありません。とにかく探さなければとネット検索していると、「日本鶏保護連盟」という団体のホームページを見つけました。天岩戸神話のこと、コロナ禍など暗い世の中に長鳴鶏の声を届けることで明るい未来を切り開きたい等々のメッセージを書いて祈るような気持ちでメールの送信ボタンをクリックしました。

 すると、一時間も経たぬうちに、連盟の片桐英彰会長より直接お電話をいただきました。改めて趣旨をご説明すると、「分かりました、ぜひ協力しましょう」と明るく力強い言葉が返ってきました。

 日本鶏保護連盟は、平成六年に発足。初代会長は宇多田龍男氏が務め、現在は片桐会長のもと千名以上の会員が参加、日本鶏(*2)の保護・継承の活動に取り組んでいます。

 日本鶏のいくつかは天然記念物に指定されていますが、絶滅が危惧されており、同連盟は「世界に誇る素晴らしい日本鶏を残していかなければならない」との志で、近親交配の弊害を無くし強い鶏の種の保存のため全国の愛鶏家との連携を図っています。

 片桐会長からは次のようなお話も伺いました。片桐会長の育てた鶏が、へいたて神宮を通じて、研究者として鶏に造詣が深くていらっしゃる秋篠宮皇嗣殿下に献上され、その鶏が産み落とした卵が同社に下賜され、現在もその種が継承されているということです。

 ではどのような鶏を探せばいいのか。天岩戸神社に掲げてあった神話の絵画を会長に見ていただいたところ、そこに描かれていた長鳴鶏が「とうてんこう」(*3)という種だと分かり、東天紅を探すことに決まりました。

 後日、御承諾いただいた理由を片桐会長に改めてお伺いすると、「天岩戸神社のお申し出とあらば、尊いお役目としてお受けするしかない。必ず良い東天紅を見つけて奉納させていただきます」とのことでした。

 並行して天岩戸神社の境内で飼育できる環境を整える準備を始めました。同神社では養鶏するのは初めてで、高千穂には鶏の天敵も多いことから、片桐会長の秘書・柳原氏のアドバイスのもと、佐藤宮司自ら陣頭に立って受け入れ態勢を整えていきました。

(*2)日本鶏(にほんけい)…日本固有の鶏種で尾長鶏など17種が天然記念物に指定されている。東南アジアにいた鶏の祖先はやがて家禽化され、世界中に広がってニワトリとなっていったとされる。古代、日本に入ってきて以来、明治維新までの間に、西欧などの外来種の交配を受けずに鑑賞愛玩、闘鶏、占い、食肉等を目的として改良され成立したのが日本鶏。日本鶏は世界の鶏愛好家から珍重されているだけでなく、遺伝資源として学問上も貴重な存在とされている。
(*3)東天紅…ニワトリの品種で、声良(こえよし)、唐丸(とうまる)とともに日本三大長鳴鶏の一つ。昭和11年天然記念物に指定。東天紅という名称は、夜明けの東の空が紅に染る頃、美声を発するところから命名されたという。

茨城県の愛鶏家

 さて、会長の御声掛けで全国の愛鶏家に呼びかけましたが、日本鶏を飼育している方が減少していることもあり、東天紅探しは難航しました。漸く見つけて連盟に何羽か預けていただいたものの、鳴きが短く「長鳴」をすることができませんでした。さらに全国を探し回り、茨城県の愛鶏家の方とのご縁ができました。驚いたのは、その方のお名前が岡山七五三男さん。「七五三男」と書いて「しめお」と読むお名前だったのです。

 なわは神話にある通り高千穂が発祥の地ですが、地元では「七五三縄しめなわ」と書くそうです。縄の網目に素数である七、五、三筋の藁を挟んで垂らすことで、結界を破ることができない、という意味があるそうなのです。それにしてもなんという巡り合わせでしょう。

 こうして岡山七五三男さんから東天紅の雌二羽と雄一羽が連盟に届けられ、しばらく養育された後、天岩戸神社に奉納されました。

 ところが、これで話は終わりません。神事の五日前、思いもよらぬアクシデントが起こりました。神事で長鳴きを奉納する予定だった雄鶏の片足が動かなくなり、まともに立てなくなってしまったのです。

 佐藤宮司から相談を受けた片桐会長はすぐに岡山さんに連絡を取ってくださり、岡山さんは、急遽、動かなくなった雄鶏の親鶏を代わりに奉納することを申し出てくださったのです。その親鶏は、岡山さんがそれまでぜひ譲ってほしいという申し出があっても断り、手塩にかけて育ててきた鶏でした。その大切な親鶏を「天岩戸神社であれば」と快く奉納してくださったのです。のみならず岡山さんは、なんと茨城から羽田空港まで車を飛ばし、その鶏を空輸で熊本空港まで届けてくださったのでした。神社に到着したのは神事の三日前のことでした。

ついに鳴いた!

 ところが、前日になっても肝心の鳴き声が聞こえません。迎えた神事当日、宮司がゲージに入れた東天紅を拝殿前に据えました。固唾を呑んで見守る人々の視線が鶏に注がれました。すると、
「コケコーーーーーーーーーーーッ」
と素晴らしい鳴き声が!

 人々の間から「ワーッ」と歓声が上がり、岩戸が開いたときはこのようなよろこびが溢れたのではと思うほどでした。皆の祈りが通じた瞬間でした。

 大役を果たしたその鶏は、その後も神社境内の鶏舎で家族と仲良く暮らしています。日中は鶏舎の外へ。境内を闊歩するその姿は参拝者を和ませています。

 一人ひとりの真心は神に通じ、世の中に光をもたらす―此度の体験はそのことを実感させてくださいました。そして今はこう確信しています―古人が長鳴鳥を神の使いとしたのには、深い意味があると。

 今年も冬至の日、天岩戸注連縄張神事が行われます。全国の皆さん、日本鶏「東天紅」に会いにお越しくださいませ。

(あべ・ひろこ/研修講師・キャリアアドバイザー)


(参考)宮崎県高千穂の天岩戸神社に片桐英彰会長より東天紅を奉納しました - 日本鶏保護連盟

(参考)天岩戸神社注連縄御神事 長鳴鶏(東天紅)の鳴き声奉納 - 日本鶏保護連盟

(参考)天岩戸-太陽のサクレ(明成社オンライン)

宮崎県高千穂町に鎮座する天岩戸神社の御神体「天岩戸」洞窟を、史上初めて踏査し、注連縄張り神事を執り行うまでのドキュメンタリー。


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