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おれたち、どうやって生きてきたんだっけ?

産後五日間の入院を終え、赤ちゃんはわが家にやってきた。
うまれたての赤ちゃんと暮らすことは、僕にとって「生きること」を見直す機会でもあった。

食事は母乳とミルクだけなので大人よりシンプル(これはこれで別の大変さがあるのだけれど)。でも、それ以外のことは、着替えにしても、トイレにしても、お風呂に入ることも、爪を切ったりすることも全部赤ちゃんはできない。そのすべてにお世話がいる。

育児のあいまにスーパーに買い物に出ると、小学生ぐらいの子どもが達者にしゃべり、歩くすがたが目に入る。そのたび「生きるってこんなにたくさんのことが一人でできるようになっていく過程なんだなあ」と思う。もしもこれらを今から学校で習わなければならないとしたら、きっと、ほとんどの人が音を上げてしまうだろう。

そんな赤ちゃんのお世話の中でも特にあわてたのは「鼻が詰まったとき」だ。
僕たち大人はティッシュをささっと取って、ちーんと鼻をかめば済む。でも、新生児は鼻をかめない。詰まった鼻水をのどの奥でゴロゴロさせながら、気持ち悪そうに泣いている。

最初にこれに直面したときには、奥さんと二人「こんなん、どうしたらいいの?」と焦った。急いでネットで検索し、ドラッグストアに走り、こんなものを買ってくる。

赤ちゃんの鼻の穴にチューブの片方を入れ、もう片方を自分の口にふくみ、吸い上げる、らしい。まさか他人様の鼻水を吸い上げる日が来るとは。

心理的抵抗は、ないと言えば嘘になる。それに新生児の鼻の穴はとても小さく狭い。傷つけないか心配だ。そんな様々な思いが去来しながら、ままよ、とばかりに吸った。鼻水はズズズと動いて、すーすーという元の呼吸が戻ってきた。心から安堵する。

いまはこんな感じの、ハンドル式の鼻吸い器を使っている。人間慣れてしまうもので、鼻が詰まったとぐずるときにはこれを取り出して、シュッと吸いこむ。鼻水や固形物がずるっと取れたときには非常に快感がある。

特に生後一ヶ月までの新生児と呼ばれる期間には「どうしたらいいんだー?」という戸惑いをいくつも味わった。生きるってマジ大変。みんなこっからスタートだったのか。

そういえば、うちの出産の時に隣の分娩室にもお産の妊婦さんがいた。
「いたいー!いたい!いたい!いたい!いたい!いたい!」と少女のように叫んでいたあの女性も同じような戸惑いに直面したに違いない。

それだけじゃない。おそらく地球上のあらゆる親御さんが、有史以来「鼻水を吸う」的な戸惑いに直面してきたのだ。スーパーにいるあのお父さんもお母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、テレビで観るあの女優さんも。

そんなこと、一つも知らなかった。
なんにも知らずに、おれたち生きてきたんだなあと思う。
そして、そんなこと何も知らずに赤ちゃんは泣き、僕らはあわててお世話をして、地球はまわり、日々は続いていく。

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澤 祐典
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