見えぬものこそ。
「見えぬものこそ」というコピーは、ジブリの『風立ちぬ』だったかなと思ったら『ゲド戦記』だった。書いたのは糸井重里さんらしい。
そのコピーをふっと思い出したのは、きのう「声だけ」で集う会をひらいたからだ。
いまどき「電話」でつながって、お互いの顔を見ないまま一時間半過ごす。参加してくれた人からは「キャンプファイヤーみたい」「あったかかった」「人と話せてよかった」といった感想が漏れた。
電話だとビデオ通話の時には感じられなかった声色、声の表情に気づくことができる。以前もそうだったけれど、この日もそこから話が広がっていった。
ちなみに、わが家は部屋の電気を消して、和ろうそくを立てて参加した。20分ほどでぱちぱちと音を立てながら燃え尽きていくろうそくが、話の流れと同期しているように感じられたのもオツだった。
参加者の一人は、高齢者施設でみた利用者さんの手による自画像の話をしてくれた。僕らはもちろんその絵を見ることはできないわけだけれど、どういうわけかそのよさははっきり伝わってくる気がした。
「顔が見える」よりも「声だけ」の方がずっと存在を感じられる。不思議だけれど、この日も前回同様そんな夜だった。
話は飛ぶが、ミナペルホネンの皆川明さんがこんなことを言っている。
皆川
ファッションを感じるときに
「何年の何々シルエット」というふうに語るのは、
歴史としては意味があるかもしれないけど、
人の感情とはちょっと離れてる気がするんです。
ぼくらはもっと
「その服がどんな感情に変わったのか」
ということを知りたかったんです。
糸井
そう思うようになったきっかけが、
何かあったんですか?
皆川
もともとぼくのなかに、
「自分が頭に描いたことが、
どうして物質になるんだろう」
という疑問がずーっとあったんです。
糸井
うん。
皆川
例えば「コップをつくりたい」と思ったとき、
「それにはガラスがいるぞ」
「あそこのガラス工房にお願いして、
こういう工程を踏めばかたちになるぞ」
というようなことを考えます。
そして、その通りの手順をふめば、
目の前にガラスのコップは現れます。
材料と技法と時間をかけ合わせると、
頭で思い浮かんだものが、
目の前に物質として現れる。
ぼくにはそのことが、ずっと不思議でした。
なんで「頭のなかのコップ」が、
手で触れられる「物質」になるんだろうって。
最近この話を時々するので、
すでに聞いた方もいるかもしれませんが、
なんでだろうってずっと考えていたら、
それは単純に
「この部屋の水蒸気が水になるようなものなんだ」
ということに気がついたんです。
糸井
水蒸気が水に‥‥。
皆川
もしこの部屋の湿度が50%なら、
およそ半分の高さくらいまでは水になり、
上半分は湿度0%のカラカラ状態でも
おかしくはないようなものが、
この空気中には存在することになります。
糸井
うん、そうだね。
皆川
そういうものが実際にはあるんだけど、
目には見えないからわからないし、
存在としても感じない。
でも、それを冷やしたりすることで、
水蒸気は水になります。
そうやって手で感じられる状態になると
「これは水だよね」ってわかるんだけど、
水蒸気として空気中に浮いてるうちはわからない。
つまり、頭のなかにある意識というのは、
その水蒸気と同じ状態なんじゃないかと思ったんです。
糸井
うわー、おもしろい(笑)。そうか。
皆川
そして物質化した水はいずれ蒸発して、
水蒸気になって見えなくなります。
それは「物質が人の感情に戻る」ことと
同じだと思ったんです。
展覧会での「記憶をもつ服」では、
そういうものを表現したいと思ったんです。
糸井
物質化したあとは、
今度は逆にモノから意識へ戻っていくと。
皆川
はい。
(ほぼ日刊イトイ新聞『つくりつづける。考えつづける。』より)
アイデアも記憶も思考もみんな目には見えない。絵や彫刻だって、洋服だって、頭かどこかから現れて、人に触れて、感慨を起こして、目にはみえない記憶に変わっていく。
それは僕らの身体だって同じだ。一定期間見えるだけで、やがては消えてゆく。後には思い出や面影、印象だけが残る。
「こうして耳をすませるみたいに、いま、人と人とはもっと本質的なところで出会おうとしているのではないか」
と昨夜、参加してくれた人が言っていたけれど、声色を感じとれるくらい耳をすませ、「見えぬもの」に思いを馳せることで、全部見えているときとは違うところで出逢えていた気がする。
「見えぬものこそ」というコピーは、いま思えばそういうことを言っていたのかもしれないな、と思った。
見えぬものこそ、僕たちなのだと。
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