そこまで聞くかと_

そこまで聞くか、と。

昨日、二月二日、土曜日。
「くにちゃんと、もう一日過ごそう。の会」という場が名古屋の長善寺というお寺でひらかれた。

主催は、妻、澤 有理。
くにちゃんこと橋本久仁彦さんをお招きして、彼の代名詞である「円坐」を体験したいというのが彼女の趣旨だった。

やわらかいタイトルどおり、彼女はくにちゃんと会って楽しい時間を過ごしたいだけで、もともとは「ヒット曲をおさえておこう」的なノリだったんだと思う。

しかし、円坐はそれを許さなかった。
以下は、彼女の感想である。

わかったよ
みんなが "こわい" と言う訳が。

全人格格闘技って感じで
ごまかしが効かないのね。

ごまかしたつもりでも
バレてる。

残酷だった。

だからこそ
見えるものも
癒されることもあった。

この日、妻はひたすら聞かれていた。
くにちゃんに、僕に、そして円坐という「場」に。

様々な人に、様々な角度から意見され、照らされて、彼女の苦悩は浮き彫りになった。

それは結婚してから三年間、僕たち夫婦だけが共有してきた物語だった。
僕しか知らない、そのことを重たく感じていた話でもあった。

だから、僕自身はいろんな人の意見にハラハラしながらも、人知れず抱えてきた妻の苦しさが空気中に拡散し、他の人の耳に触れることについて「よかったな」と感じていた。

そして、この日の最終盤、

僕は「いま妻についてこう思っている」という話をした。
それが三年間、彼女に対して懸命に取り組んできた最前線の場所だった。

橋本久仁彦は、それを飛び越えていった。

あっ

という感じで。

それは、僕には到底思いつかない一言だった。
そして、思いついたとしても言えない一言だった。

「らくになった」と妻は言った。

そんならくになり方があるのか、と僕は驚愕した。

「それぞれが心の風景を見ているのだ」と妻は円坐を説明したが、昨日、僕の心境にはこんな景色が映った。それは多くの「サービス」としての支援が、イージーリスニング程度に希釈されてしまうほどのインパクトがあった。

あの顛末は、くにちゃんだけでなく、参加された方すべての発言と関わりがなければ達することのできない地点であったように思う。ひとつを抜いてしまったら、すべてが崩れてしまうジェンガのように。

とんでもねぇ。

つくづくそう思った。そして、自分の真上を悠々と飛び越えていった師匠の跳躍が、とんでもなくうれしかった。

僕がどんなにがんばってもたどり着けなかった差。
それはこれからの伸び代であり、新しい世界への招待にも思えた。

場を閉める時、くにちゃんは妻に向かって、深々とお辞儀をした。

それはかつて、くにちゃんの師匠がくにちゃんにしたお辞儀を彷彿とさせた。

どう見ても、彼女に向けてしているようには思えない。

もっと大きななにかに敬意を表しているように、僕には見えた。

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澤 祐典
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