『魂うた®︎』のすきなとこ。
昨日ひらいたワークショップで、参加した人に『魂うた(魂と繋がる歌の唄い方)』の話をしたら、すごく久しぶりにやりたい気持ちがよみがえった。
人にお金を払って来てもらう。
そのことを思うと『魂うた』の案内はどうしても「その場を通じて、どういういいことがあるか」という話になりやすい。
温泉でいうと「薬効」。
ラドンとか硫黄が入っていて、疲れがとれるとか、肩こりがなおるとかそういうことね。
『魂うた』にも「薬効」にあたるものはある。
グランディングを知ったり、自分の本質と繋がったりすることで、その後の人生によい影響を及ぼす可能性は高いし、出会った仲間は自分以上に自分の本質を知る証人になってくれる。
もっとざっくりと「知らなかった自分を知る」というだけでも、うれしいことだと思う。肯定的な自分ならば、なおさら。
「男が『男になる』とき」で言えば、日常の場面で「男になる」ことを選択する確率が上がると思う。いままであるとすら思っていなかった「男」でいることを、あえて選んでみることで、人生が違った展開を見せていくことにもなるだろう。
キャーキャー言われることもあるかもしれない。
でも、温泉には薬効もあるけれど、なんたって「気持ちいい」。
そして、ファシリテーターとしての僕は、そこにこそ魅力を感じていたのだった。
僕が『魂うた』がすきなのは、そこで歌と人とが近づいて一つになるところを見られるからだ。
いい言葉が思い浮かばないけれど、歌と人とのマリアージュ、結婚とか成就という感じがいつもする。
その人が選んだ曲の歌詞カードをもらう瞬間は、とてもワクワクする。
「この人がこの曲なのかー」という驚き、喜び、これからはじまる冒険への高揚感がある。
そして、会場みんなでその人と歌とが近づいていくのを見守る。
だんだんと、どんなふうに歌うのが似合うのか、その曲のどの部分に「その人」がいるかが現れてくる。
その人の最も現れる場所は、人によってちがう。
ある人にとってはサビだったり、別の人にとってはAメロだったりする。歌ってみると、それがわかってくる。
たとえば、中島みゆきさんの曲を選ぶ人は多いのだけれど、同じ『ファイト』でも、
あたし中卒やからね
仕事をもらわれへんのやと書いた
という出だしの歌い方は、人によって全く違う。
その声から広がる世界は、まるで違う。
それが面白くてしかたがない。
その全部がね、事前にはわからない。
その場に立って、歌ってもらわないことには。
でも、歌ってみれば、それは明らかになっていくし、明らかになっていく中で、一日を通した「流れ」みたいなものもぼんやりと浮かび上がってきたりする。
それはうまい下手とは別次元の体験で、たとえば僕は、他の人のようにその歌を唄うことはできない。そのテンポとリズムとメロディの動きは、その人固有の「あなたのうた」というしかないものだから。
その人にしかできない、その人固有の表現を見せてもらえる喜び。
その発見を楽しんでいる最中に、ぽんと「本質」が現れる。
顔つきが変わる。声色が変わる。時に涙になることもある。
このあたりを書いたり、語ったりすると、震えるほど僕は『魂うた』という場がすきだなあと思う。そして、他の人にもぜひ体験してもらいたいと思う。
なんたって面白いから。
でも、どうやって人に来てもらったらいいかがわからない。
だから一生懸命「薬効」の話をするうちに、僕は『魂うた』がすきだったことを忘れてしまう。
やりたいなあ、『魂うた』。すごく面白いんだよ。
次は、3月21日だよ。
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