聴くことのヤバみ_

聞くことのヤバみ。

「相手を理解する」方法はだいたい次の3つに分けられます。

1つ目は、相手の年齢・職業・地位・学歴・健康状態など、「本人や第三者から得られた情報・データを理解する方法」です。履歴書やカルテを読むような感じで、客観的ではありますが、どうしても表面的な理解に留まってしまいます。

2つ目は、自分の「準拠枠」で相手を理解する方法です。準拠枠とは、自分の経験や価値観、知識、思考などの枠のことで、日常的にはこれを通してコミュニケーションが行われることが多いのですが、気をつけないと、相手を理解するというよりも、単なる決めつけになってしまうことがあります。

そして、3つ目が「傾聴」です。これは、自分の準拠枠から離れて相手の話を共感的に聴くことです。
(手島雅彦『なぜアーティストは壊れやすいのか?』より抜粋)

いま読んでいる本に、こんなことが書いてあって「未二観は、このどれとも違うな」と思った。強いて言えば、3つ目に近いけれど「共感的に聴く」とは程遠い気がする。

相手の言葉を一字一句正確に辿ろうとするのは、運動に近い。次々に繰り出される言葉をはっ、ほっと拾う感じになるから「共感的に聴く」よりも動的で考えたり感じたりする暇がなくなる。

個人的に一番いいかもしれないと思うのは、たどるのに夢中になって自分が消えてしまう状態だ。その意味では、創始者のくにちゃん(橋本久仁彦さん)には怒られるかもしれないけど、未二観は「あほになる聴き方」という感じがしなくもない。

ミヒャエル・エンデの『モモ』という作品において、主人公モモはすぐれた聞き手として描かれる。あのモモもたぶん共感的には聞いていなくて、どちらかというと、僕のいう「あほ」に近かったんじゃないか。

「あほ」のなにがいいかというと、上でいう「準拠枠」がなくなることだ。そのとき、語りは相手に向けた「キャッチボール」ではなく、単独行になる。

向きは下向き。ちょうど深海にもぐっていくような感じで。

そこには明るいところと暗いところがある。優しいところと厳しいところがある。そのほか、多種多様、様々なニュアンスがある。

そのダイビングのような語りをこちらから遮ることなく、ずっとたどっていくと、油絵を描くときのように言葉が重なりながら、どんどん像が立体的になってくる。リアリティを帯びて、命が宿ってくる。

そのときのリアルさは、映画や小説といった物語の世界に没入する感覚に近い。で、映画や小説はフィクションだけれど、人の語りはノンフィクションだからもっと奇想天外で面白い。

人の話を、特に『listen.』『あなたのうた』のように未二観のかたちで聴くとき、僕はそんな体験をしている。

それでわかったのだけれど、よく言われる「いい」「悪い」でジャッジしないというやつは、語りの運動を止めないためにあるのかもしれない。

ジャッジというのは、恐らく一時的に概念を固定するためのものじゃないだろうか。ずっと動いたままじゃ共通理解も得られないから、社会を構成する上で便宜的に安定したものとみなす、という感じ。

でも、本当は世の中そんなふうにできていない。

どうできているかというと、絶えず動いて変わっている。たどる形で聴く語りがどこまでも立体的に像を描きながら、決してその運動をやめないように。変わらないと思われがちな常識だって法律だって暫定的なものにすぎない。

で、語りの話に戻ると、明るくなったり、暗くなったり、また明るくなったり、暗くなったり……する。その動きをずっと追っていると「これはこういうことだ」なんて要約も「この人はこういう人だ」なんていう理解もできなくなって(要約も理解も暫定的に相手を固定することにすぎないから)ただただ真の像に迫ろうとする言葉の動きについていくことになる。

で、たぶん、その真の像ってやつはプリズムみたいになっていて、そこから無数の光を放っているんだと思う。こっちから見ればこう見えるし、別の角度から見れば別のものに見える、みたいに。

だから、本来それを言葉で直線的に描くなんて難業もいいとこなんだけど、不思議と声に乗せて抑揚がついてくると、その像がちらっちらっと見える気がしてしまうんだな。

それは、どこかでジャッジして一時停止した「よさ」や「悪さ」とは違う納得感を僕たちに与えてくれる。

ただ、その代わりに「こうだ」と決めつけていたものが壊れて、絶えずグラグラはするんだけど。

こうかもしれないし、はたまたこうかもしれない。
っていうか、たどってみるしかない。

そう思うとき、人生は分裂を繰り返す細胞のような、途方もない生命力に満ちたものになる。

なんて、さすがに大げさかもしれないけど、人の話をきくことって、本当にそんな感じかもなって思ってる。ヤバイよね。

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