ちいさいぼく

僕はいかにして「男であること」をやめたのか。

男には男の ふるさとがあるという
女には女の ふるさとがあるという
(中島みゆき『旅人のうた』より)

先日の『魂うた®️』ファシリテーター同士の練習会で歌った曲だ。

「なぜこの歌を?」と聞かれて「わからない」と答えたのだけれど、いま思えば、このときにも「男であること」について考えていたんだと思う。

男のふるさと。
それは、どこにあるのか。

そして、僕はどうして、そこを離れたのだろうか。

父は、僕を厳しく育てたかったという。

僕は澤家の第一子、長男として生まれた。
父も三兄弟の長男だったから、そう思ったのかもしれない。

「厳しい」の中身は、もっぱら物を買い与えないことにあったようだ。
友達が持っているファミコンを自分は持てない。そんな経験をしていたようだけれど、あまり覚えていない。

ただ相当ストレスはあったようで、小学3年生の時に家のお金を盗んでゲームソフトを買った。ひどく怒られたが、以来、欲しいものは買ってもらえるようになったから、いまでも物欲は強くない。

どちらかというと辛かったのは、三年後に生まれた妹のほうが父に愛されていると思っていたこと。父の中では、男の子と女の子の育て方に明確な区別があったようだけれど、その経験から「男だと愛されない」と思ったのかもしれない。聞いたわけじゃないから、わかんないけどね。

もう一つ「男」にまつわることで思いつくのは、幼稚園くらいの頃、友達を突き飛ばしてケガをさせてしまったことか。勢いあまってという感じだと思うが、友達は机の角に頭をぶつけて相当流血し、両親が謝りにいくことになった。それが怖くて「力を出す」ことを控えるようになった、と言われれば、そうかもしれない。

でも、それよりも「力を出す」ことに影響を与えたと思われるのは、二度ほど父にひどく怒られたことだ。

母のつくった食事が気に入らず文句を言ったとか、妹が菓子パンを食べてしまって腹を立てたとか、きっかけは、食べ物についてのささいなことだった。

父は叱るのではなく、キレていた。
僕はソファに叩きつけられ、何度もぶたれて、左に、右に、体がふっ飛んだ。

いま思えば、会社かどこかでなにかあったんだと思う。
「大人にもそういうことってあるんだよ」と当時の僕に教えてあげたい気もする。現に後でちゃんと「ごめんな」と謝りに来ていたしね。

でも、そのときは全然わからなかった。なにがきっかけで逆鱗に触れるか分からない人と過ごすのは、怖いことだった。

いずれにしても、父の思いに反して、僕は甘やかされて育つことになる。
男らしさの真逆を行く、繊細で弱虫、泣き虫の子どもだった。

網をよじ登るようなアスレチックコースに行くと、網の間に穴が空いていることをひどく怖がったらしい。そして、怖がりすぎてあり得ない形で落水(そういうことって人生ありますよね)。ますます怖がりになっていったそうだ。

でも、いま思うと、怖がり、弱虫というポーズをとることで保護され、愛されたかったのかもしれない。

似たようなことは、思春期にもあった。

僕は昔から頭の回転が早く、言葉巧みで、クラスの中心にいるような子どもだった。皮肉屋で意地悪なところもあったから、小学校低学年の頃は、人をいじめていた記憶もある(そういうことは妙にはっきり覚えているものだ)。

話が脱線するけれど、人をいじめなくなったのは、あのゲームソフトの事件があって、泣きながら母に抱きしめられたとき、なにかがひっくり返ったからだ。

あれは愛情の確認だったのかな。ひねくれた意地悪さみたいなものが、そこで消えたように思う。それからは、友達と仲良くすることが楽しくて、いじめようと思うことすらなかった。

で、話を思春期に戻すと、そんな子どもだったから、基本的に毒舌キャラだった。人をいじって笑いにするのが得意だったし、好きだった。

でも、女の子とお付き合いをするには「やさしい人」がいいと聞いていた。はじめて交際するのは、二十歳のときだったけれど、それからもずっと「やさしい人」であり続けようとした。そう思うと、自然に毒舌は消えていった。

30代、人の話を聞くことを学ぶようになって、ますます攻撃性が薄れていった。「きく」というのは、内面は能動的だけれど、基本的に受け身の営みである。もともとマシンガントークだった僕は、聞くことを学ぶことで静かな「やさしい人」になっていった。

「やさしい人」を目指す。そのこと自体はよかったように思う。
でも、その反動で前に出る積極性や行動力、もともとあった攻撃性まで封じることになっていたのかもしれない。

人に接する上では、もっと言うと「人に好かれるためには」怖がられるようなことはない方がいい。

そうして、僕は自分を男から遠ざけ、女性や子どものような安全性を身にまとってきたように思う。

「やさしい人」になることで、愛されようとしたのだ。

つづく

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