
若人よ、いま。
決勝が終わったのは、ずいぶん前のことなのに、いまだにネットニュースの中に甲子園の話題を探している。
もっとも、いまは芸能ニュースみたいになってしまっていて、あのリアルタイムの興奮とは違う。でも「そういうことじゃないよなぁ」と思うぼくのような人たちが、このフィーバーをつくっているのかもしれない。
で、今日話したいのは、そういう話ではなく、ついでに言うと、勤め先の児童館に大きなスクリーンを出して、そこでめった打ちにされるシーンを観て、ハートをこなごなにされた話でもない。
「歴史は繰り返す」ということについて書いてみたい。
ぼくが甲子園球場に行ったときに行われていた試合は、大阪桐蔭と高岡商の三回戦だった。
あの日の大阪桐蔭は、決勝の彼らとは違った。
いま思えば、精彩を欠いていたと思う。
なぜか。
もちろん、本人たちにしか分からないことだけれど、もしかしたら、前年の夏、三回戦で負けた記憶が蘇っていたのかもしれない。
昨年の三回戦、仙台育英戦、9回、ツーアウト。
勝利は目前のところまで来ていたのに、一塁、中川がベースを踏み忘れ、ピッチャー柿木が打たれ、彼らはサヨナラ負けを喫した。
忘れられない夏の敗戦。
その後、中川は主将になり、柿木はエースになり、以来、大阪桐蔭は一度も負けずに再び夏の甲子園にやって来た。
場面は戻って、高岡商戦。9回裏、ツーアウト、2塁。
あと一つアウトをとれば勝ち、というところで、大阪桐蔭の内野陣はマウンドに集まった。
このときの空気のことは、よくおぼえている。
高岡商側に「もしかしていけるかも」という風が吹いていて、大阪桐蔭より規模のずっと小さいブラスバンドが、ものすごく大きな音を出しているように聞こえていた。
チームを飲み込むほどの空気。
でも、大阪桐蔭は勝った。
それからは呪縛が解けたように、浦和学院戦 11-2、済美戦 5-2、金足農戦 13-2 と圧倒的な力を見せつけたのだった。
同じようなことが、決勝で相対した金足農業にもあった。
準決勝、日大三高戦、8回裏。
それまで圧倒的なピッチングをしていた、エース吉田がつかまる。
同じようなことが、34年前にあったそうだ。
1984年、夏の甲子園、準決勝。
相手は、清原、桑田のKKコンビを要する「史上最強」と呼ばれた PL学園。
金足農は、8回裏まで 2-1 とPLをリード。
4万5000人の甲子園が「まさか…」とざわついていたという。
ピッチャー水沢が4番清原を四球で歩かせて、バッターは5番桑田。
2球目。
外角のボールになるカーブを思い切り振った桑田の打球は、レフトスタンドまで運ばれていった。
逆転2ラン。
そのままPLが逃げ切り、この準決勝進出が金足農の歴代最高の成績となった。
その34年後、エース吉田輝星を擁する金足農業は、準決勝の8回裏を迎えていた。
この回の吉田は、明らかにつかまっていた。
2点リードから、3本のヒットを打たれ、2対1。
ツーアウトで打席には、5番、中村。
もしかしたら34年前の「チームの記憶」も、こういう時には蘇るのかもしれない。
日大三高の応援が、ひときわ大きくなる。
しかし、ここで吉田はギアを上げて、中村を三振に打ち取る。
そして、そのまま勝利。
金足農は、史上初の決勝に駒を進めた。
ちなみに、この日の始球式は、34年前にホームランを放った桑田真澄その人だった。
過去の記憶が、歴史が、そんなふうにして立ちふさがる。
そして、若人が、それを超えてゆく。
こんなにドラマチックではないけれど、ぼくの人生でも同じような難題が繰り返されることがある。
人を変え、場所を変えても、場面はそっくりなのだ。
それは「壁」のように立ちふさがり、ぼくを打ちのめす。
いまだに超えられない「壁」が、ぼくにはいっぱいある。
ああいうのって、記憶がなせるわざなんだろうか。
もしかしたら、ぼく個人の記憶だけではなく、家系や歴史がもつ記憶も蘇っているのだろうか。
甲子園を観ながら、そんなことを思った。
そして、歴史の記憶を超えた若人たちは、ともに「史上初」を賭けて決勝で激突し、また新しい歴史をつくったのだった。
いつか、東北の高校がまた決勝に進むことがあったら、あの吉田輝星の悔しそうな顔を超えていってくれるのかもしれない。
そのときの相手が、大阪の高校だったら、最高だな。
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