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妖精のくにのおはなし会。
赤ちゃんの熱が下がった。別に上がっていてもげんきだったから心配はしていなかったけれど、それでも少しホッとした。
それじゃあ、と、久しぶりに子どもプラザに出かける。その前に図書館で借りていた本が貸出期限だったのでカウンターに返しに行った。
いつも親切なお気に入りのお姉さんが僕の持っていた本を受け取り、予約していた本を手渡してくれた。それから
「今日はクリスマスのおはなし会がありますよ」
と教えてくれた。この図書館では毎月「おはなし会」という絵本の読み聞かせをやっていて、今日はクリスマスバージョンなのだという。
すこし興味はあったけれど、子どもプラザに行きたかったので「あ、はい!」とイエスでもノーでもないような返事をしてその場を去った。
ところが、カウンターを離れると、そこからおはなし会の会場まで等間隔にスタッフさんがいた。「こちらへ!」「どうぞどうぞ!」とやけに積極的におはなし会への参加を勧められる。新宿歌舞伎町ならまだしも、こんな市営の図書館でこれほど熱い勧誘を受けるとは思わなかった。カウンターで断って一旦気が抜けていたので、抵抗する力がなくなっていた上に、時々出てくる ”いい人ヅラ” が発動して「それじゃあちょっと見ていこうかな」とおはなし会の会場に入った。
中に入って、どうして強く勧められたかが分かった。会場には僕らのほかに1組しか親子がいなかったからだ。
10ほど敷かれたマットレスの後ろのほうに座ろうと思ったけれど、そこにもいたスタッフさんに「どうぞどうぞ!」と言われ、最前列左側に案内される。この頃には押しに抵抗する力はゼロだった。
会場に座った僕たちの前には、二人の女性が立っていた。
ひとりはもう少しで妖精になれそうな、おばさんとおばあさんの間くらいの女性。”妖精王のおば” といったたたずまいで『マルサの女』の宮本信子さんみたいな髪型をしている。もう一人は、ややふくよかな、日本映画の助演女優賞をとりそうな雰囲気の女性。タレントの山村紅葉さんにすこし似ている。二人とも「ようこそ」といった風情の微笑みをたたえている。そして、こう言った。
「おとうさんとお子さんが来てくれたらいいのにって思ってました。」
参加者は、僕たちとおとなりの母子しかいなかったけれど、気づくと後ろに似たような雰囲気のおばさま方がずらりと並んでいた。たぶんこのおはなし会を運営している集いの人たち。一瞬、申し訳ないけれど、怖い感じの勧誘が頭をよぎった。こりゃあ、途中で出られないぞと思いつつ「ぐずったら出ちゃうかもしれないですけど」と断りを入れた。「大丈夫ですよ」と "妖精王のおば" が答えた。僕は場にまったくそぐわない感じの、いま借りてきたばかりの清原達郎著『わが投資術』をリュックにしまい、イヤホンで流れ続けるナインティナインのオールナイトニッポンを止めた。
「それでは、おはなし会をはじめます。」
"妖精王のおば" が妖精界の儀式のようなふわっとした言い方で開会を宣言し、ついにおはなし会がはじまった。最初は絵本の読み聞かせ。先に助演女優賞の女性が読み、次に "妖精王のおば" が読む。途中、ちょいちょい「ここはこうした方がいいわ」と教育的指導を入れていたから、やっぱりおばさまの方が格上らしい。
赤ちゃんは退屈するとぐずったり動いたりするので、本気で心配していたけれど、案外、静かにおはなし会に参加していた。抱っこしながらやるわらべうた遊びも教えてくれて、それも無表情なりに楽しんでいた様子。となりの子は途中で飽き始めていたけれど、うちの赤ちゃんはむしろ後半になるほど集中して絵本の読み聞かせを聞いていて驚いた。僕もけっこう楽しめた。
会の最後に「プレゼントがあります」と言って、助演女優賞の女性がテレビのアシスタントさんのようにお盆を持ってきた。なにが入っているのだろうと期待して見ると、中にはかわいらしい折り紙の雪だるま。「どれでも好きなのをどうぞ」と言うので、赤ちゃんは水玉模様のきれいな一枚を手に取り「お目が高い」と言われていた。そして、そのまま、ぱくっと口に入れて食べた。「あらー」と "妖精王のおば" が言った。
会場を出ると、なんだか心が洗われたような気分だった。
もしかしたら、あのおばさま方は本当に妖精界の住人で僕たちは会のあいだに魔法の粉をかけられていたのかもしれない。
「さあ、子どもプラザにいくか。」
僕はよいしょ、と抱っこひもの肩ひもを直し、最寄りの地下鉄の駅に向かって元気よく歩き出した。
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