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10.4mm

「クライミング、クライムオン!」

漫画『岳』で主人公、三歩が氷山を登るときのかけ声をかけながら、両手で赤ちゃんのからだを支える。赤ちゃんは手足をめいっぱい使って、ロフトに続くはしごを登っている。七段ほど上がった後、手すりのところまで来たら「ゴール。降りてくださーい」と声をかける。それ以上上がると支えている僕の姿勢が不安定になるからだ。赤ちゃんはさらに上を目指したいと身をよじるが、僕が応じないのでしぶしぶ降りてくる。

二年前のいま頃、赤ちゃんは産婦人科の画面の中にいた。検査薬で妊娠が分かってはじめての診察。本当に妊娠していて、そして、赤ちゃんが「生きている」ことを妻が目の当たりにした日だった。

計測した体長は 10.4mm。約 1cmしかなかった。それでもピコン、ピコンと心臓が、星のまたたきのように光っているのを見たと妻は話した。夫の僕は同席できない決まりだったし、動画を撮ることを思いついたのは次の回からだったので話しか聞いていないけれど、それはそれは感動的な瞬間だったという。

それから二年経ったいま、星のまたたきは、げんきに手足を動かして何度もはしごを登っている。たった二年で 1cm がこうなるのだ。これはどういう奇跡だろう。

今朝は仕事が休みの妻が赤ちゃんを保育園に送った。今日も別れ際は「ニコニコバイバイ」だったらしい。

僕の時だけじゃないと知ってホッとし、同時に保育園をこれほど楽しめるようになったことに感謝の気持ちが湧く。ほんとにいろんなことがよく育った。僕たちの頭が追いつかないほどの速さで。「すくすく」がこれほど強くたくましい動きとは知らなかった。

きっと、これからもすくすくと育っていくんだろうね。
そして、どんなひとになっていくんだろう。

星はいまも星のまま、わが家を明るく照らしている。はじめて出会ったあの日から、ずっと輝いている。たぶん、これからもずっと。星に今晩「おかえり」を言うのを楽しみにしながら、僕はこれから仕事に出かける。

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澤 祐典
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