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オトナ帝国と、アニメにしかできない演出方法と、過去現在そして未来の話

 皆様、最近いかがお過ごしですか?

 なんて問わなくともおそらく家に籠って各自戦っていらっしゃる事と思います。僕もほとんど家から出ずアニメ観たりゲームしたり、野球も観れたら幸せだなあと思いながら日々なんとかやっておりますです。散歩とかドライブくらいなら良いという話なので、バイクでも買ってあてどない旅なんかするのも良いかなあと、そんな事も考えております。

 よく漫画やドラマで病弱のキャラが出る時、だいたい病床から外を眺めたり本を読んで外の世界に想いを馳せたりしてますよね。最近ああいう気持ちがわかってきまして、病弱のキャラがなぜ本を読むかと言えば、空想の中でなら自由だからですね。物語の上では我々は空も飛べますし、タイムスリップもできます。いろんなものに変身したり、どこまでも旅したり…。

 こういう時期だからこそ、空想に浸れる時間もたっぷりとあるわけです。

 僕が最近いろんな作品をご紹介させていただいてるのも、できるだけいろんな方に新しい世界を知ってもらいたいとそう願っているからです…という建前で好きな作品を推してるだけですけどね(笑)

 というわけで今回推させていただく作品はこちら。

映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲

 ご存知みんな大好き『クレヨンしんちゃん』の映画シリーズでして、おそらく一番有名な作品ですね。

 公開は2001年。今から19年前の作品でありまして、21世紀のアニメ映画の中ではトップ3には必ず入る作品じゃないかとそう思っております。

 21世紀になってから今年で20年になるわけですが、この20年に絞っても名作アニメ映画が何本も生まれてますよね。例えばオトナ帝国と同じ年に故・今敏監督が『千年女優』を発表してますし、翌年には宮崎駿監督がジブリ歴代1位の興行収入を叩き出した『千と千尋の神隠し』を発表している。

千年女優

 その6年後には細田守監督が『サマーウォーズ』を公開し、同作品は日テレ金曜ロードショー枠で毎年のように放送される作品となりました。

サマーウォーズ

 更には『シン・エヴァンゲリオン』、『涼宮ハルヒの消失』、『劇場版ガールズアンドパンツァー』、『君の名は』、『この世界の片隅に』など、この20年間って名作が次から次へと誕生していて何気にアニメ映画の黄金期なのではないかと。

 そしてその中でも一際異彩を放つのが、先ほどご紹介したオトナ帝国なのであります!

 では何が凄いのか。

 重要なのはオトナ帝国が『クレヨンしんちゃん』という有名アニメシリーズの映画版だという事です。

 監督は原恵一さんで、クレしんのテレビシリーズを8年間務められた方。映画シリーズでも97年の『暗黒タマタマ大追跡』から02年の『戦国アッパレ大合戦』まで計6作品監督されております。そのどれもが面白かったのですが、オトナ帝国だけは質が違うように感じられました。

 オトナ帝国だけ、クレヨンしんちゃんであってクレヨンしんちゃんではないんですよね。

 クレヨンしんちゃんといったら、やはり子供向けのアニメじゃないですか。映画を観に来るのも親に連れてきてもらった子供達。子供向けであれば何にしろ子供が喜ぶ作品を作らなければいけないわけです。

 冒頭のシーンをご紹介しましょう。しんのすけの住む街・春日部にある日『20世紀博』というテーマパークが出来まして、町中の大人が夢中になって通い始めます。20世紀博には1970年に開催された大阪万博やいろんな作品の主人公になりきれるアトラクション、懐かしの品々が揃えられている。でも5歳児のしんのすけ達にはまったく興味のわくものではなく、託児所に預けられ退屈しているわけです。

 ひろしやみさえ、他の大人達もなんだか子供に戻ったように感じるしんのすけですが、その予感が現実となります。

 ある夜、20世紀博が流した「明日迎えに行きます」という旨の短い放送を観たひろしとみさえは明らかに人格が変わり、本当に子供に戻ったような行動をし始める。

 しんのすけやひまわりを放置して奔放な行動をし始め、朝食がわりにお菓子をドカ食いしペットボトルを直飲みする。会社も行かずにダラダラし、しんのすけに仕事行けと言われたらこう返すわけです。

「大人が会社行かなきゃならない決まりでもあるのかよ!」

 他の大人も同じで、しんのすけが通う幼稚園の園長や保母さん達はしんのすけを除け者にし、わざと名前を間違えてからかう。あんなに優しかったななこお姉さんまでしんのすけを無視する。

 大人が子供を邪険にする。
 これを子供に見せるわけです。

 つまり大人が普段子供に優しく接してるのはあくまで「親だから」「仕事だから」であって、本音では子供を疎ましく感じている。またはその可能性があるという事を、わざわざ丁寧に描いてるわけですな。

 子供向けの作品でこんな事を描くなんて、普通はあり得ないわけですよ。

 オトナ帝国は名作であると同時に「ホラー映画のようだ」と言われる事もあるのですが、確かに子供から見たら本当に怖いと思いますね。

 もちろん子供向けなので、ここからしんのすけ達かすかべ防衛隊が大人達の目を覚ます為に20世紀博に乗り込んでいくわけですが、しんのすけを捕まえに来るのも親であるひろしやみさえだったりして、絶妙にトラウマを与えてくるんですよね~(笑)

 ただ、じゃあ大人達を子供返りさせた敵側が憎むべき相手なのかというとそうでもなく、感情移入できるように作っている。

 オトナ帝国の敵役として登場する"イエスタディ・ワンスモア"という組織の二人組・ケンとチャコは、まるでジョン・レノンとその妻ヨーコのような風貌をしてます。彼らは20世紀博の中に作られた昭和的な街の小さなアパートで暮らし、そして現実の世界に絶望している。

 彼らが子供の頃に想像していた21世紀と現実の21世紀のギャップに苦しんでいるわけなんですね。だから二人は開発した"20世紀の匂い"を現実世界にばら蒔き、大人達を虜にして再び自分達があの頃思い描いていた21世紀にしてしまおうと目論んだわけです。

 これ、僕達が普遍的に持ってる感情だと思うんですよね。

 懐古厨という言葉もありますが、結局人間は自分達が子供の頃楽しく感じた事を凄く懐かしく感じてしまいますし、対して現在というのは楽しい事もあれば嫌な事もある。ただ遊んだりしてるだけで良かった子供時代はすぐに過ぎ去り、学生でなくなれば社会人になって容赦のない叱責を食らったりする。

 子供の頃当然のようになれると思っていた自分にはなれず、苦しむわけです。

 人間は生きていればかならず失敗しますし、挫折しますし、絶望します。その結果生まれたものが人生の糧になるわけですが、そんなのできれば体験したくないじゃないですか。だからオトナ帝国では大人達が子供返りして現実から逃れようとするんですね。

 しかしそれは大人の理屈であって、5歳児であるしんのすけは激しく抵抗する。

 この作品の素晴らしいところは、懐古する事を決して否定せず、同時に人生の素晴らしさも描いているという事なんです。

 それがわかるのが"ひろしの回想"と"しんのすけが階段を上るシーン"です。

ひろしの回想

 有名なシーンですね。20世紀博に乗り込んだしんのすけが完全に子供返りしてしまったひろしを正気へ戻す為に、ひろしの靴の匂いを嗅がせるシーン。ここでひろしは自分の生い立ちから恋人との別れ、上京、みさえとの出会い、出産の立ち会いなどを思い出す。

 もう本当にね、何度観ても泣いちゃうんですよ(笑)

 確かにひろしは人並みに失敗してきたし、決して彼が子供の頃に思い描いていた人生ではなかったかもしれない。でもそんな中で生きてきた人生も十分に素晴らしいものであって、完全に否定されるべきものではない。

 人の人生の歩みがどれだけ尊いものであるかを、3分程度のシーンでこれでもかというほどに見せつけてくれるわけなんですよね。

 で、もう一つがクライマックスのしんのすけが階段を上るシーン。

 20世紀の匂いが日本中に拡散されるスイッチを止めようと野原一家がタワーの頂上目指して走るのですが、少年漫画のお約束みたく一人一人敵を止める為の犠牲になって、最後にはしんのすけ一人で頂上まで上る事になる。

 しんのすけは何度も転びながら、それでも走る事をやめず上っていくこのシーンをワンカットで見せているのですが、僕はこのシーンでも涙が止まらないんですよ。

 人生とはタワーを上るが如し、とでも言いましょうか。僕達もしんのすけのように何度も転んで失敗しながら、それでも歩みを止める事はできない。親は助けてはくれますが、ずっと寄り添ってはくれない。一人でタワーを上ってこそ人間は大人になるんですね。

 いかに子供時代が懐かしくても、僕達が生きてきたその過程を決して忘れてはいけないんですよ。

 そう教えてもらった気がして、僕は涙が止まりませんでした。

 ただこの作品は決して昔を懐かしむ事を否定してはいません。さっきも書いた通り、20世紀博には大阪万博などの今はもう存在しない場所がアトラクションになってます。つまりもうない場所をアニメで復活させてくれているわけでして。

 言ってしまえば、アニメという媒体自体が"20世紀博"なんですよ。

 これを裏付けるのが他作品でもありまして、クレヨンしんちゃんシリーズですらないのですが、オトナ帝国に演出として関わっていた水島努(ガルパンなどで有名な方です)が今年一本の映画を公開しました。それがこちらなのですが

劇場版SHIROBAKO

 この映画のクライマックスにとある映画館が登場します。

 吉祥寺バウスシアターという映画館なのですが、かつてサンロード商店街に存在していました。単館劇場でマニアに好まれた映画館らしいのですが、経営が思わしくなかったのか数年前に潰れてしまい今は情緒のないボウリング場になってます。

 でも水島努さんはあえて今年の映画版で吉祥寺バウスシアターを出したわけです。つまりですよ。

 アニメならもうなくなってしまった建物や懐かしの風景などを復活する事ができるんですよ。

 かつてオトナ帝国に主要メンバーで関わった水島努さんがご自身の監督作品で同じ事をされている。これは決して偶然ではないと僕は思ってます。原恵一さんや水島努さんは言ってしまえば"イエスタディ・ワンスモア"の一員であり、僕達を20世紀博に連れていってくれる。しかし子供帰りさせてくれるのは2時間程度で、「でも今だって希望があるだろ?」と僕達を正気に戻してくれる。そう感じるんです。

 冒頭に病弱キャラの話をしましたが、僕達は本などを読んでいつでも空想の世界に旅立つ事ができます。その行為は苦境に立たせされている今の僕達には絶対に必要な事です。

 しかし僕達はこのまま死んでいくわけにはいかない。子供帰りをして生きていくわけにもいかない。タワーをボロボロになりながら駆け上がっていったしんのすけのように、傷付きながらも現実に立ち向かわなければいけない。

 今日これを書くにあたって久々にオトナ帝国を観直してみたんですが、痛切にそう感じた次第であります。

 …というところで今日はこの辺で終わりにさせていただきます。長々お付き合いいただきありがとうございました。オトナ帝国は現在アマプラで無料公開、あとAmebaの『みんなのアニメチャンネル』で5月1日の20時から放送されるそうなので、観てない方も観た方もこの機会に是非観てみてください。

 ではまた。

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