見出し画像

大切な何かを置き去りに

 '無思考'こそが
  階層社会の基盤である

だれが創ったかもわからない
こんな社会システムに放り込まれ
タヌキな上司に媚びへつらい
どうせ皆も知ってるくせに
何ひとつとして変えられない
今日も無駄なタスクに息を巻き
帰れば疲れてドロのように眠る
そして次の朝もまた…
一生を終えるまでそれは続くんだ

言葉ないヘゲモニーは、今朝もビンタで捲したてる。'深く考えるな'とでも云わんばかりの剣幕に、心が炙られ急かされる。昨日もそうだったし、きっと明日も明後日も容赦ないのだろう。ときには歯向かって見せたりするけれど、その声は誰に届くわけでもなく、ただただ虚しく空を舞うだけだ。

この世はまもなく人生100年時代を迎えるのか。医療保障や年金制度も成り立たなくなるような雲行きの中で、年老いても死に際まで働かされるのはおよそ察しがつく。生命を維持するためにカネを稼ぐこと'だけ'ならば、仕事の良し悪しを選んでる場合じゃない。

年金や老後を逆算して職に就くと揶揄される若者たち。老後にカネが残るなら、そりゃ安泰かもしれない。しかしそれで幸せなのか。

将来たくさん稼げるようになるために、たくさんのベンキョーを強いられて、たくさんの受験戦争や就職戦線に血迷い、たくさんの他者を冷淡に蹴散らし、ようやく勝ち抜いて指一本で滑り込んだ上場企業とソコソコな稼ぎ。

カネがたくさんあったら豊かになる。カネがたくさん稼げたら成功者。カネがたくさんあったら、ほかには何もいらない。そんな'たくさん'に膨れた風船は、大量生産、大量消費、大量廃棄の狂気に揉まれて錯乱し、カネを追いかけるほどに、まだ足りないなどとボヤくのだ。

アレもコレも欲しい、もっともっと。魔物にとりつかれた風船は、いったい幾ら稼げばおさまるのだろう。あの世ではたった三文しか要らないというのに。

そうやって無理して、もがいて、身体を壊して心を病む。老人は寝たきり、大人は疲弊し、若者はヌケガラ。家族や友と過ごす幸せは、いつのまにか行列の一番後ろに追いやられ、生きる糧なく無目的な24時間365日を繰り返す。

コレが望んだ人生か。いや違う、幸せのために生きるんだってことなんだ。だから生きるために食うんだってことなんだ。要るものは貰っても、要らないものは譲りあう。無いものは作っても、余ったものはシェアをする。住む場所があって、食べるものがあって、人が支えあうことができるなら、価値あるものはカネじゃない。自分の在りかたそのものなんだってこと。

欲の皮が突っ張って、風船みたいに膨らんで、目の前にニンジンぶら下げて、それが労働搾取の罠だってことに気づかない。たった一片だけでもいいのだ、試しにその拝金狂気なメッキを剥がしてみてはどうだろう。中身はすっかりカラッポな欺瞞に塗られた空洞でしかないのをきっと知れるはずだから。

  ◇

ここはエーゲ海に浮かぶイカリア島。いわゆる南国の楽園的なイメージとは程遠く、観光も産業もない寂れた離島。

長寿で有名なのだが、彼らの生活は決して豊かでもなく苦労も多い。けれども人々は互いに助け合い、だれもが平等で充実した毎日を送るのだ。

だからこそ彼らは言う、人生は最高であると。100歳まで誰かのために働けて幸せであると。貧しい島に住み、目の前にあるものだけで満足を強いられる。けれどもそれはやがて'ささやかな幸せ'となって昇華されるのだ。

「ずっと幸せでいられるのは、手に入れたいものを手に入れてきたからじゃなく、手に入らないものはすべて、日々の成りゆきにまかせて達観してきたからなんだ。」

そう彼らは微笑む。とりあえずテーブルに熱々のスープと焼きたてのパンが用意されていれば、人生の悩みはしばらくの間どこかに置いておける…

そもそも人間の欲望など、たぶんきっとその程度のものなんだろう。足るを知り、今この一時が幸せだと噛みしめられるかどうか。

現代社会という行き過ぎた拝金システムに虐げられながら、それでもなお無思考で欲にボケしてしまったわたしたちは、最も大切な何かを置き去りにしてるのかもしれない。この島に住まう彼らを眺めていると、そう思うばかりなのである。

>> Ω 𒀭𒎏𒄯𒊕

ここから先は

0字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?