20210804命日2DAYS
8月4日(水)
自分の部屋が物置になっているのでリビングで寝たんだけど、いつもなら4時くらいにリビングにやってくる親父が、気を利かせて7時くらいにやってきた。
私も気持ち早く起きたらパンとコーヒーを出してくれた。めっちゃ色々やってくれるじゃん。食べ終えた皿とカップも鬼の速さで洗い終えていた。
親父は8時半過ぎに仕事へ向かった。しばらくしたら、税務署から閲覧の準備ができたという連絡がきた。思ったより早かった。今日の午後、親父に連れてってもらうことにした。
洗濯物は信じられないくらい少ない。2人分でも毎日やるとこんなに少ないのか。ものの数分で干し終えた。
そして10時過ぎからテレワークをした。自分の家より広く、静かで快適に作業が出来る。そしてあっという間に12時が過ぎた。親父は水曜日午前中だけなので、午後から昼ごはんと、税務署、御墓参りへ行く。
あんかけスパはいつもピカタを頼むんだけど、いーくんと親父が好きなほっと麺を食べてみた。見たまんまだけどあんかけスパに台湾ラーメンのピリ辛の具が乗っかってる感じでお得感があった。
春日井カントリーで食べられる美味しいかき氷があるから食べに行こうかという提案もあったけど、意外と予定が詰まっている上テレワークの途中なのでまた来年連れてってということになった。美味しいなあと思うものを誰かに食べさせたくなるのって愛情だなあと思う。
税務署に行ったら、あっという間に写メの準備がされて、1分もかからず終了した。念の為2枚ずつ撮っていいですか?と聞いたら、それはちょっと...と言われた。なんで?
滞在時間約3分。これだけのために私は名古屋に来たのだ。今日もBGMはもののけ姫のオルゴールで、こんなの毎日ループで聞いているの、職員さんたちに良くない気がした。
親父が待つ車へ向かったら、親父が明らかに鼻をほじっていた。遠くから見てもわかる。
「鼻ほじってるの丸見えだわ! 車はマジックミラーじゃないぞ!」
と叱ったら笑っていた。ほじるの禁止!と言ったら体がムズムズすると言っていた。どれだけ普段から鼻をほじってるんだろうと思った。
そしてそのまま瀬戸市の墓地へ。途中寝てしまったのであっという間に着いた。「私が寝ている間に鼻ほじっただろ!」と聞いたら「なんでわかったの?」と言われた。
今日は偶然にもおじいさんの命日らしく、最高のタイミングで御墓参りへ行くことができた。私が生まれる数年前に亡くなっているので何の思い出もないんだけど、生きていたらめちゃくちゃ可愛がられただろうとのことだ。
あんまり知らないんだけど軍医だったこともあるらしい。隣の基地が爆破されたとかされてないとか。そういう話めちゃくちゃ聞きたかったな。
いつも通りおじいさんと、6年前に亡くなったおばあさんの墓参りと、おばあさん側の先祖の墓と、親父の叔父の墓参りをした。
「お父さんの友達の弟の墓参りもしたい」とのことで、その人のお参りもすることになった。去年友人とばったり墓地で会い、弟が亡くなったことを知ったそうだ。学生時代のハンドボール部の後輩でもあるらしい。
しかし「確かこの辺だわ」と墓を探すも、全然見つからない。同じ区間全部見たけど該当する苗字の墓がなくて、「どの辺だったか思い出せんからもういいわ」と、諦めることになった。この方に至ってはほぼ絡みがないけれどこれも何かの縁なのでこれからは親父の後輩のことも、その辺りで手を合わせようと思った。
少し離れたところに、愛犬のりっくんが眠っている墓もあるのでそっちの墓参りも向かった。りっくんの命日は明日。お別れして6年が経った。
たくさん墓参りができてよかった。死後の世界は分からないけど、もし墓前であっちが私たちに会えるのだとしたら、やっぱり来てくれるのは嬉しいだろうから、これからも行きたいと思う。
帰りにローソンのアイスティーが飲みたくなり、寄ってもらった。店員が作るのを店内で待っていたら、駐車場に車を停めて待っている親父が見える。目があった時に、嫌な予感がした。ニヤニヤしながら鼻をほじり出したのだ。絶対やると思った。鼻をほじるのは今に始まったことじゃないので、今日は叱るのをやめた。
今夜ご飯は焼きそばと酢豚。中華料理だ。またもや作ってくれた。親父は「酢豚と焼きそばちょっと合わんかったかな」と心配しているので、酢豚が酸っぱいからちょうどいい組み合わせだよと伝えた。
人が作る焼きそばは自分が作るものと絶対違ってくるので食べていて楽しい。とっても美味しかった。
親父は今日も食後にせんべいを食べている。
工場見学行きたいなあと思った。
今日もまた「スイカ食べる?」と聞かれたので、親父が食いたいんだろうなと察し、食べることにした。
種があるのが嫌であんまり好きくないんだけど、食べたら甘くて美味しかった。食べてよかった。
親父と今日の墓参りを振り返りながら、先祖の話になった。おばあちゃんのおじいさんか曾祖父さんは、伊達藩の武士だったらしく、四国に都落ち?する時についてきた人だったらしい。これは本当なんだそうだ。
あとおばあちゃんはバスケ部だったらしい。昭和初期のバスケ部ってどんな感じだったんだろう。その頃にスラムダンクがあったらおばあちゃんは誰推しだったんだろう。そもそもおばあちゃんの憧れのスターってどんな人だったんだろう。色々聞きたいことが増えてきたけど、もう会えないから聞けない。残念だ。
親父がめちゃめちゃ早く寝るので、youtubeで東海オンエアをちょっと見て、シャワーを浴び、私も割と早く寝た。