自分という迷路
こんばんは。
日本はもう10日ですけど、ヨーロッパはまだ9日のよる21時です。
昨日のお友達が肩がまた少し重くなってきたと報告してくれたので、午後から黙って気を流したら、犬が吠え始め、メッセエージで気を流してる?と連絡が来ました。笑
でもとにかく腕が上がり、肩が回せるようになったそうなので新米気功師としてはこれほど嬉しいことはありません。
さて今日は、好きなことをやるについて。自分の好きなことを見つけやすい人と、見つけにくい人がいますよね。わたしは圧倒的に後者です。そしてそのわたしの考え方や生活習慣が、きっと身近な人には影響してしまっているんだな、ということがあったのでつらつら書いてみたいと思います。
うちには16歳の娘がいます。この8月から高校生になりました。娘が通う高校には普通の理系、文系のクラスの他に、ダンスや歌、作曲、絵などに特化したクラスがあり、うちの娘はそのダンス学科に通っています。
娘は中学の2年生、3年生と教室で勉強できず、保健室に通っていました。お友達はたくさんいましたが、誰とも親友といえるような関係を築けず、仲間に入れないと言うよりは、どこにも所属できないという寂しさを抱えていたようでした。表面上は上手く言っているように見えても、ちょっとした行動を思いがけない人が批判してきたり、お友達が他のお友達をSNSで批判したり、そういうことに疲弊していたようです。
わたしがとても戸惑ったのは、この娘の状況にどう対処していいのか全くわからないことでした。
娘は気が向けば色々話してくれました。もちろん、それは彼女の立場から見た話で、実際に何があったのかは決して知る由もないし、ましてやその時彼女が感じたことなので、ただ彼女の気持ちに寄り添うことしかできませんでしたが。
彼女の心のなかに一体何が吹き荒れているのか、上手く言っていないことだけはわかっても、どうしてあげたらいいのか途方に暮れていました。もちろん担任の先生にも相談し、カウンセリングにも行きました。
成績はどんどん落ちていって、入れる高校があるのか不安になりました。それでもどんどん痩せていく娘をみていると、とにかくご飯を食べてくれれば、夜眠ることができればもう高校なんて一年や二年遅くなっても構わないと思うようになりました。
中学を卒業する少し前くらいから、夜眠れるようになり、ご飯が食べれるようになって来るのを見て、やはり本人がどんなに嫌がっても学校を変えていればよかったと思いました。夏休みに入り、なんとか入れる高校があったこと、始めてアルバイトをしたこともあって、見違えるように明るくなりました。
本人も高校に入って環境が新しくなることをとても楽しみにしていたので、このまま上手く行けばいいなと願っていました。
でも、2ヶ月経って、やはり学校が合わない様子。先生に相談して、学校を変わりたいと言い出すようになりました。それでも新しい学校に変わりたいと言うだけマシなのかもしれません。
この3年の間娘を見ていて、わたしが一番気になったのは、彼女に好きなことがないということです。
私自身、最近になって自分の好きなことを見つける生き方をめざして、毎日細かい好きを見つけるように心がけています。そうやって自分の心に目を向けていると、好きなことが見つからないということは、普段やらなければいけないことを優先しているのではないかと思い当たりました。わたしが全くそうだったからです。
彼女は学校で他人からどう思われるか、どうみられるか、グループに入るためにはどう振る舞ったらいいのか、そんなことにすべての力を注いでいて、好きでは入ったはずのダンスのクラスでも、良い点数をつけてもらえるダンス、振り付け、上手なグループに入れるためには誰と付き合うか、が行動の基準になってしまい、心から楽しく踊ることができなくなっているのかもしれない。はっとしました。
好きなことを思いっきりやってほしい。あと二年して大学に通うようになったら、家をでて自分でやりくりしていかなければなりません。するともっとしたいことよりもやらなければいけないことが出てくるでしょう。
その前にもっと好きが感じられる、自分そのままで生きられる、そういう習慣を身に着けてほしい、と心から思いました。
これを伝えられて、彼女が心から理解したとき、きっと上手く行かないことが少しずつ変化して、もっと楽にすっと生きられるようになるのだろうと思います。
そのためにも、毎日自分でいることの大切さを伝えるとともに、私自身が自分らしく生活していかなければ、と改めて感じました。
今日は思いついたことを書き留めただけで、なんの解決になったわけでもありません。それでも、状態が良くなったり、悪くなったりしたときに思い出せる気づきがあるだけで、ゼロからのスタートではないはずです。
今日も良い一日を
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