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「定年制」という地味な奴の話をひとつ

「人事にもDXを!」「人事たるものCHROを目指すべき!」等という、私にとってはなんとも眩しい話題を尻目に、定年制という地味な奴の話をしようと思う。

定年制とは

「とりあえず辞書での定義を初めに示しておいたらそれっぽい」という法則に則り、定年という言葉について手元にある国語辞典で調べてみると

【定年】退官・退職するきまりになっている一定の年齢。(「新明解国語辞典(第五版)」

とある。ということで当たり前ながら、企業における定年制とは「一定の年齢によって退職する制度」のことである。(ちなみに、辞書に倣って”退職”と表記しているが、定年による離職を退職とするか解雇とするかについては議論がある。判例では定年”退職”制と解釈されている。)

定年制の意図

現代における定年制の意図としては、大きくは以下の2つである。

・雇用調整
・雇用保障

この一見相反する二つの意図を内包している点に定年制の面白さがあると思う。(定年制に限らず人事制度や施策においては立場上利害が対立しやすい使用者と労働者双方にとって、その多寡に違いはあれメリットがあるものでなければ成立・維持されにくいため、このようなことはまま見受けられる。)

現在95%を超える企業が導入している定年制(2017年 厚労省「就労条件総合調査」によると95.5%の企業が導入。従業員1,000人以上の企業においては99.3%導入。)であるが、なぜ日本企業において一般的なものとなったのか?その歴史についてあっさりと見ていきたい。

定年制の歴史(あっさりと)

日本の産業界における定年制の歴史は古く、1887年の海軍火薬製造所がその先駆けとされている。(”古く”と書いたが、「まだまだお若いどすえ」という声もあるだろう。まぁ、主要先進国において「労働法」の概念が文献上表れるのが、ドイツにおいて1873年頃であったということなので、一応古いとしておいた。みんな大好き労基法は1947年施行やし、相対的には古いのかなと。)

以降、民間企業にも定年制が広まっていくことになるが、その背景には近代化がある。

第一次世界戦争による重化学工業の隆盛に伴う産業及び就業構造の近代化に対し、熟練労働力が不足したため、その育成と定着が要請された。そのため、社員の定着を目的に、定年制をはじめ年功賃金や勤続年数により支給率が逓増される退職金制度、福利厚生等が導入・拡充されるようになった。つまりは終身雇用制度が形成されはじめた。(上記以外にも義務教育の普及等による親方請負制の崩壊に起因して、企業直轄での労務管理の必要性が増加したこと等も定年制導入の要因になったと考えられる。)

このように社員の定着等を目的とした定年制の導入が進む中、1920年代後半の金融恐慌、それに伴う産業合理化運動により、異なる目的ではあるが、更に定年制導入に拍車がかかることになる。高齢労働力の排出、つまり雇用調整である。

このように、真逆な目的のもと広がりをみせた定年制であったが、突如ブレーキがかけられることになる。そのきっかけもまた戦争であった(第二次世界大戦)。軍事動員、軍需工場の労働力吸収による労働力不足を食い止めるべく、各企業において定年制が停止されるこことなったのである。

そして戦後。生産能力の荒廃や復員により過剰となった労働力(当時、「水ぶくれ雇用」と言われた)に対し、各企業において人員整理が行われる中、戦中の停止から一転、定年制の復活・新規導入が進められることとなった。なお、これについては企業側の意向だけでなく、組合からも雇用保障を目的に要望されたことであった。つまり、ここに上述の定年制の相反する意図が明確に両立することとなる。

・雇用調整(企業としての狙い)
・雇用保障(組合としての狙い)

ちなみに、企業側にはこんな事情もあったりしたそうな。

以上、歴史についてはまだまだ書ききれていないが、”あっさりと”ということでここまでにして、定年制の今後について語ってみたい。

定年制の今後

2021年4月からは高齢者雇用安定法の改正に伴い、70歳までの就業機会確保について努力義務が課されることになる。これまでの流れからすると、もしかして今後70歳定年、さらには75歳、はたまた年齢差別を論拠に定年制禁止ということになっていくのだろうか?

個人的には、定年制の年齢の定めが上がる(70歳定年等)ことや、一部の企業が定年制を廃止する(中小企業においては制度上、或は事実上定年制がない企業はままある)等の動きがあったとしても、日本においては定年制を法律上禁止するということはないのではないかと思っている。

理由としては2つで、定年制の意図に則して記すと

・雇用調整
企業において定年制は貴重な雇用調整手段であり、その廃止には以下が必要と考えられている。

これらへの対応は負担が大きく、国家が強制的に実行させることは経営者を中心に大きな反対が予想される。

・雇用保障
一方、労働者側においては定年制があることで、定年までは原則的に雇用が保障されているが、法律として定年制を廃止した場合には上記の通り、解雇権拡大の議論も必ずや俎上にあがり、この雇用保障が脅かされることになる。このことからも労働者側もむやみに定年制禁止を求めることはないのではないかと思われる。

これらより、高齢社会における労働力不足や社会保障制度の課題への対応として定年制の年齢の定めが上がることはあったとしても、法律として定年制を禁止することはないであろうと個人的には考えている。

さいごに

以上、定年制というキラキラ度0%の、とっても地味な奴について綴ってみたが、書けば書くほどに書き足りない定年制の歴史的な厚み、他の人事制度との関連性(今回こちらにてついてはほとんど触れられていない)に驚かされた。

「一定の年齢によって退職する」という非常にシンプルな制度である定年制。とっても地味な奴だけど、紆余曲折、色々あったんだねー。こういう地味な奴が、案外日本の人事制度を支えていたりするんですよね。



【参考文献】
・荻原勝(1984)「定年制の歴史」日本労働協会
・上林千恵子(2008)「高齢者雇用の増加と定年制の機能変化」法政大学社会学部学会
・櫻庭涼子(2014)「年齢差別禁止と定年制」『日本労働研究雑誌』No.643
・西谷敏(2016)「労働法の基礎構造」法律文化社
・宮地克典(2015)「戦前期日本における定年制再考」『経済学雑誌』第115巻 第3号
・柳澤武(2016)「高年齢者雇用の法政策」『日本労働研究雑誌』No.674
・吉澤昭人(2010)「定年制度の今日的位置」『商学研究科紀要』第71巻 早稲田大学大学院商学研究科

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