「ワクチン神話捏造の歴史」③要点抜粋 医療と政治の権威が創った幻想の崩壊 ロマン・ビストリアニク、スザンヌ・ハンフリーズ 著 神 瞳 訳 坪内 俊憲 監修
第6章 大規模なデモ
30年前にはこのようなことは夢にも思わなかった。ある家族の第一子がワクチンで殺されているのにも関わらず、第二子にワクチン接種を命令するとはそしてその父親をワクチン拒否を理由に刑務所に送るとは。
F・W・ニューマン名誉教授(1805~1897)1874年10月26日
本質的な自由を少しの間の一時的な安全のために投げ出すことは自由でも安全でもない。
ベンジャミン・フランクリン 米国大統領
抑圧する側の人間が自ら他人に自由を与えることはない。自由は抑圧されている者が要求しなければ得られないのだ。
マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師(1929~1968)
この6章ではワクチン接種義務に反対する市民の実力行使としてのデモを著者は詳しく書いています。特にイギリス中部の都市、レスター市の市民は最終的に市当局を動かし、また勇気ある市幹部も考え直して「レスター方式」を導入した。これは天然痘などの致死率が高い感染症は「隔離」で他の市民を防御、感染防止・拡大に努める。その一方、市の至る所での下水道の整備や清潔な飲料水の供給など衛生的な街作りに心がけた。今回の新型コロナのような「風邪の少し強い」のはこの「隔離」政策は適用できない。これは井上教授の「本当はこわくない新型コロナウイルス」に書かれている。ロックダウンや国境封鎖や隔離を今回は間違って専門家集団はやってしまったと言えばわかるだろうか。
1885年3月23日、イングランドの製造業の町レスター市の人々は、長く厳しい冬の後でようやく訪れた美しい春の日を楽しんでいた。近郊や周囲の町から何千人もの人々が、英国政府が不当に強制している法律に抗議するために集まって来ていた。
天然痘ワクチンは1800年以降、長きにわたって使用されていたが、1840年と1853年の条例が出来るまでは政府は人々に強制していなかった。英国政府は数年にわたり一連の法律を成立させ、ワクチン接種拒否を犯罪とし、罰金もしくは投獄によって罰せられるようにした。レスター市の大規模抗議デモが起こったのは、このような状況下においてである。
2歳の息子のワクチン接種要請を無視したことが理由で父親は出頭を命じられた。彼は良心的拒否によってワクチン法に従わなかった。また、彼のかかりつけ医がワクチンを接種しても子供は健康にならずメリットがないと忠告したので、それに従って行動した。彼の娘の一人はワクチンを接種されてから副作用に相当苦しんだので、彼は2歳の息子には同じリスクを負わせたくなかった。かれは医療従事者の紳士たちがワクチン接種の弊害について述べた意見を提示した。その上で、良心的拒否をしている彼に対し法廷が法律を強制することは賢明なことではないと思うと述べた。しかし、議長は天然痘ワクチン接種に関して効果を疑うような意見は存在しないと述べた。
裁判官たちは、ワクチン接種により天然痘に罹患した際にずっと軽症で済むようになることは疑う余地もないほど証明されている。この意見に関して全員一致である。彼らは公的な利益のために、2週間以内に法律を彼に対して適用するべきだと決定した。
もしワクチン義務が果たされない場合は被告に20シリングの罰金が課せられる。また、この他のすべての同様の事例に対して同じ判決が下されるであろう。
1867年のワクチン法はワクチン接種をさせない両親に対して罰金を制度化した。
高い接種率を目指して政府は様々な対策をとったが、1870年代のはじめに、レスター市だけでなく、イングランド中、そして世界中に天然痘の大流行が到来した。レスター市のの感染者数は数千を数え、何百人もが死亡したので、ワクチン予防効果に対する人々の信頼は揺らいだ。
年月が経つに従い、親たちはワクチン接種の後遺症が増加していることを直接経験したり見たり聞いたりした。1871年から1872年にかけての天然痘の流行は明白な証拠となった。法律に従いワクチン接種を受けていたにも関わらず、3000ほどの感染例が生じ、ワクチン接種済みの人を含む358人が亡くなった。
1884年7月のレスター・マーキュリー紙に掲載された投書では
ある集団が法整備により執拗に組織的なワクチン接種を強制されればされるほど、天然痘の流行がひどくなる。これは思慮深く観察しているものにとっては特別愕くべき事柄である。ロンドンで出生した者のうち96%がワクチン接種を受けている。80年を経て、ワクチン接種が破壊的で恥じずべき大失敗であることが明らかになった。ワクチン接種のたっめの医療システムを擁護し整備して来た医療従事者は、このことを踏まえ、自分たちの取って来た行動を反省し、道義的な責任を感じるべきだ。
ヨーロッパ中を襲った1870年から71年にかけての深刻な天然痘の流行後。ワクチン担当役人を任命することが義務化された。ワクチン接種拒否のために起訴された人は1869年には2人だったが、1881年には1100人を超えた。
12年間の総数は6000人を超える。その内64人は投獄され、193人は罰金が払えずに資産が差し押さえられた。一般の人は資産を差し押さえられた人に同情したので、世論に大きな影響を与えた。法律に対抗する人々は、全ての階級に存在し、起訴された人々は、殉教者のように見なされた。
ワクチン接種により子供たちに深刻な健康被害や死亡事例が続出したので、ワクチン接種の初期でさえ多くの人々は法律に反対していた。
深刻な法的な処分がなされ、時に死亡事件に発展したにも拘らず、罰金と投獄による政府のワクチン接種強制の方針は変らなかったために、人々はデモによって抵抗することを余儀なくされた。
レスター市の道を多くの人が埋め尽くした。デモが行われた当時、何千人もの親が子供にワクチン接種することを拒んだため起訴されていた。
現時点では1週間に45件の出頭命令がなされて処理されている。法律を不履行もしくは拒絶する者の数は処理出来る件数うを大幅に超えて増加している。
レスター市のデモにはイングランドの様々な郡からいろいろな職業の人々が駆け付けた。
ジャージー島のワクチン接種反対の人々は、ワクチン強制の法律がジャージー島で4回も廃案になっていることを述べる素晴らしい横断幕を送って来た。ベルギーからの横断幕にはフランス語でこう書かれていた「罰金や投獄によってもワクチンの有毒性やワクチン法の汚名を拭い去ることは出来ない」。
デモは音楽が奏でられ何百もの旗や横断幕が翻りお祭りのような楽しい雰囲気であった。横断幕には「法の強制にはおおいに反対」「英国の母親たちはワクチン法廃案を要求する」「ワクチン接種の三本柱詐欺、強制、愚行」「子供に関する決定権を懇願する段階ではない。要求する」などと書かれていた。
大規模なデモ隊は3.2キロも続き、2時間にわたって町の周りを行進した。市民は吹き流しを旗やシュプレヒコールに合わせて振ったりして支持を表明した。
でもの責任者は参加者を8万~10万人と見積もった。ブッチャー・レスター市会議員は管理者を努め、念入りに考えたスピーチで以下のように人々を称えた。
デモに参加した何千人もの人々は、その模範的な行動よって、条例の廃止を達成するために用いるのは公正で法に則った手段のみであることを示した。
彼は聴衆に語り掛けた。
ここにいる人々の多くは条例によって苦しんだ人々である。そして要求していることはただ、自分と子供たちに選択の自由が与えられることである。彼らの人生の目的はある特定の病気に罹らないことではない。増々多くの人が次のような意見を持つようになっている。天然痘やその他の感染症を駆逐するためにはたくさんの水で清潔を保つ事。良い食べ物を食べること、陽の光を浴びて喚起の良い住宅に住むこと、自治体が道路を清潔に保ち排水が出来るようにすることが重要だと。これらのことが達成されたなら、天然痘や類似の病気を恐れる必要は全くない。ワクチン接種も議会が制定する法律も人々を救うことは出来ない。
群衆は歓声を上げた。ロンドン・ソサエティ(月刊誌)の幹事は決意を持って以下を表明した。
ワクチン強制条例の根幹は、英国に自由な市民として生まれたものが生まれながらにして持っている権利である。「個人の自由」を奪うものだ。親の権利を侵してもいるし、条例の施行にあたっては暴力的で不正義である。従って、全ての憲法に記された方策をもって立ち向かわなければならない。
その夕方には牧師の主催で集会が開かれた。会場にはワクチン接種に抗議する旗や文言で満ち溢れていた。壇上には60以上の町から来た代表が並んだ。
これらの恐れ知らずの人々は、自分と自分の子供たちの健康に関する決断を自ら下すことを要求し、自己決定権を得るために闘った。【日本では自己決定を嫌がる人が続出するかもしれない】。
ワクチン接種を完全に済ませた人々は、よく「予防」されているはずだったが、そう言った人々が1871年から72年に天然痘に罹患して恐るべき死亡率を示した。このことより、「予防接種」に対する人々の信頼は破壊された。貧しい者も富める者も、肉体労働者も貴族も、そして、自治体の役職についている人々でさえ、自分たちと自分の子供たちへのワクチン接種を拒否し始めた。この拒否運動は続き、95%だった接種率は1890年には生まれた子供の5%にまで低下した。
何千人もの勇敢な人々が歴史的な抗議活動を始め、医療に対する広く行き渡った信仰と政府の過酷な強制に立ち向かい、成功を収めた。医療従事者たちはワクチン接種に背を向けたことでレスター市民は大いに苦しむことになるだろうと主張した。「非常に燃えやすい物質」で満ちた未接種の市民ばかりのレスター市民には、「恐ろしい病気」が「草原の野火」のように広がり、壊滅的な打撃を受けるだろうと、医師たちは予言した。
しかし、レスター市の指導者たちは彼らが正しいと信じる対策をとった。下水道を整備し、衛生的な環境を整え、天然痘の患者が出たら隔離した―ワクチン接種ではなく、彼らが行った大規模な実験は「選択の自由」や「自己決定権」といった概念の試金石となり、「誤った医療に対する信仰」の根幹部分を検証することになった。
【東京でも先日レプリコンワクチンに反対する大きなデモがあった。やっと日本人も立ち上がったかというちょっと遅い感じがしたが、まあ我慢強い民族の特質だからしようがない。繰り返しになるけど、このレプリコンは接種者を感染者にしてしまうからいけないのだと思う。既に従来のmRNAワクチンでのシェディングは有名な話であるが、更に接種者の体内で増殖し続けるというのだから恐ろしい。だから接種者=感染者だ。そういう人が周りにいるのは怖いと思う。でも有料みたいだから打つ人いないかもね。或いはインフルが高齢者は無料だからこれも高齢者は無料になる?とにかく、免疫力があるかないかが問題なのです。余計なものは身体に入れない、が正解】。
④に続く