ここまでわかった「新型コロナ」抜粋⑤
京都大学大学院特定教授 上久保靖彦 小川榮太郎 文芸評論家
*集団免疫のメカニズム
上久保:ウイルスのR0値が1人から何人に感染するかを示しますね。例えば、それが2.5人ぐらいにしか感染する力がない場合、周りに50何%の人が既に免疫を獲得していると、もうこれ以上、ウイルスは感染してない人に当たれないんですよ。
でもR0が5というくらい感染力が強くなると80%ぐらいの人が感染するまで免疫のない人に感染し続ける。
小川:免疫を持っていない人に出会うか出会わないかという確率論の話なんですね。感染が弱いと、ウイルスが非感染者に出会えなくなっちゃう。だからその一定の人数で感染が止まるわけですね。
上久保:そういうことです。R0が1以下になると、もう1人にうつせなくなっちゃう。うつせないから、収束してしまうのです。
小川:要するに集団免疫というのは、マクロの議論ですね。52%で止まりますと言っ たって、例えばミクロの話で、私が新型コロナウイルスをたくさん持って、ゴホゴホしている。で、先生は、まだ感染していない。そうしたら、それはやっぱり個人としてはうつるわけですね。確率論としては、もう52%で全体としてはそこで止まるという話ですね。
上久保:だから集団免疫という言葉が誤解を生むなら、何%感染して既に免疫を持っているということで、いいんですけどね。
小川:一定の人数まで移っちゃうと、それから後はウイルスを持っている保有者と、そうじゃない人が出会わなくなってくる訳ですね。出会えないから、その間にウイルスが消えてしまう訳ですね。
上久保:個々人の中でも2週間経って、抗体が出来たら消える。でも、物凄く弱い、90歳ぐらいの人で、寝たきりになっている方のところに、ウイルスを持っていったら、亡くなることはある。
小川:だから、集団免疫があるから、誰にもウイルスが移らないと言う話ではない。マクロと個別例を混同すると、誤解を呼びます。
上久保:ただ、移っても大丈夫な状態が集団免疫なんですよ。
免疫を持つ人々の割合が一定の値に達すると、病気が徐々に集団から排除されるようになる。これを集団免疫と言います。
例えば、今、重症者や死者が非常に少なくなっていますでしょう。これは既に多くの方が既感染パターンだからです。
そしてその方々が免疫の壁となってウイルスの前に立ちはだかっているので、感染させようと思っても、まだ免疫を持っていない人に出会うことが出来ないのです。こうした状態を、個人の免疫ではなくて集団免疫と言います。
小川:なるほど、免疫の壁か。。。ウイルスが拡散しようがない状況が生まれるわけなのですね。同時に、そうした状況を重ねて行く内に、皆、何度も感染を重ねて免疫記憶を持つようになる。
上久保:二度目、三度目、四度目、五度目。ブースター効果と言われています。自然に感染したときや予防接種を受けたときに、再感染、あるいは予防接種を再び受けますと、エンジンがかかって、血中の抗体が前より、より強く、早く、更に高く上がる性質があります。これをブースター(Booster)効果と言います。
これは生体の免疫担当細胞が出会った病原体をメモリーとして記憶しているためです。車でいえば、バッテリーが上がらないように時々エンジンをかけるのと似ています。
抗体もそうですが、再感染がなければ徐々にレベル以下に低下してしまいます。生ワクチンでは抗体は長期間持続しますが、地域に感染症がなくなれば、抗体はレベル以下に低下し、もう一回接種が必要になります。
小川:既感染と言うことで申しますと、新型コロナの抗体ができる、免疫ができると言うけど、これは旧型の抗体は全然、効かないんですか?
上久保:ウイルスのスパイクではなくN抗原という部分には旧型と新型で一致する抗体ができます。
小川:スパイクに変異が入るのが新型コロナだからN抗原の部分は共通なわけだ。
上久保:N抗原に対する抗体は結構残るのです。S型とK型より前の、スパイクの変異が起きる前の検体でも、残っている。免疫記憶が残っている。
これを交差反応と言います。簡単に言いますと、風邪のコロナウイルスに感染した経験をT細胞が記憶しており、新型コロナウイルスに対しても反応することが報告されています。(米国のCellに掲載の論文)。
ある病原体に対して起きる免疫反応が、別の似た病原体でも起こり得る。これを「交差反応」と言います。
小川:「交差反応は」は今回も働いていますか?
上久保:働きますね。
小川:それは興味深いですね。変異に対して旧コロナでの免疫記憶は有効で、更に新型に感染することで新しく対応できる抗体も形成されるという理解でよしいですか。
*日本に死者、重症者が少なくなった理由
小川:今回のS型とK型では抗体のでき方に差があるのではないかと言うのが、先生のお説でしたね?
上久保:そうなのです。S型とK型は実は中和抗体ができにくい構造になっています。Sの変異が場所的にそうなのです。
小川:中和抗体というのはどういう意味ですか?
上久保:抗体と病原体が体内に侵入して来た時に、その病原体と戦うために体がつくる「武器」です。ところが、抗体は種類により、病原体をやっつけることが出来る場合と出来ない場合があります。
病原体を完全にやっつけることの出来る抗体を「中和抗体」と呼びます。
その「中和抗体」が出来るか、病原体をやっつけることの出来ない抗体が出来るかは、病原体によります。
「中和抗体」が出来る病原体で有名なのは、麻疹、風疹、ポリオなどです。
これらはワクチンを(複数回)打つか、一度罹患すれば、それ以降は罹患することはありません。
B型肝炎ウイルスの抗体も一度出来ればほぼ、一生B型肝炎ウイルスに罹ることはありません。
一方「中和抗体」が出来ない病原体もあります。
病原体が体内にいることは分かるのですが、病原体をやっつけることが出来ない「役立たない抗体」しか出来ない。この「役に立たない抗体」を「特異抗体」と呼んだりしますが、特異抗体しか出来ない病原体の代表が、HIVやC型肝炎ウイルスです。
こうしたものは、ワクチンが出来ませんし、ADEが起こり易い。
S型やK型も中和抗体が出来ないのです。そして特異抗体が出来てしまう。
特異抗体はコロナだと認識は出来る。でもやっつける力は弱い。ところが、K型は中和抗体は出来ないながら、幸いにもT細胞がサイトカインを非常に強力に出すので、ウイルスを抑制できるのです。
それに対してS型はT細胞の反応が弱いんです。だからそこにG型が来た時にADEを起こすのです。
小川:ADEについては既にお話いただきましたね。
上久保:抗体依存性感染増強というメカニズムのことでしたね。ウイルスに対して、中和抗体ではなくて、特異抗体だけが出来てしまい、逆に、劇症化を呼びます。
そのメカニズムを新型コロナに即して申し上げれば次のようになります。S型の特異抗体は、中和抗体ではないので、捕まえたウイルスをやっつけることは出来ません。
しかし、捕まえることは出来る。だから、血管内皮や様々な組織の細胞などに出ている受容体、これをFcγ(エフシーガンマ)レセプターと言いますが、それに結合します。
こうして、武漢Gや欧米Gなど強毒性のウイルスはFcγレセプターを出した細胞内に入ることが出来るようになります。
しかし、特異抗体はウイルスをやっつけることは出来ないから、細胞の中でウイルスが増強してしまう。それがある段階で爆発的に吐き出されると、いきなり劇症化して倒れるような現象を起こす。
小川:そうすると、例えば、S型に罹っていてK型に罹っていない。そこのK型が来るとADEで劇症化してしまう人が沢山出てしまうという理屈になりますね。
上久保:欧米ではそうしたメカニズムで、欧米G型によってADEが大量に発生したのではないかと推定します。
小川:欧米でもS型は入っていたとみるのですか?
上久保:そうです。S型は2019年12月ですから、入っているんでね。小川:11月から1月初旬までの3ヶ月ですね。
上久保:その頃は全然制限も何もないですから、アメリカは1月下旬、武漢の閉鎖になった途端に入国を禁じました。この1月下旬は丁度K型の入り始めです。それを日本は入れたが欧米は入れなかった。
その上、アメリカではインフルエンザの流行が強かった。だからなお更、K型が入りにくかったのです。
小川:ヨーロッパでも、先生のリスクスコアの危険度の高い地域は、インフルエンザが流行ったところなんですね。
上久保:そうなんです。それでK型が入れなかったところで、遙かに大きなR0を持つ欧米のG型が微量ながら流入して、それが爆発することになったと推定されます。
小川:S型の場合、中和抗体が出来にくいというのは、疫学的な話ですか?上久保:違います。これはスパイクの構造解析で分かるんです。
小川:なるほど。それは実証なんですか。
上久保:ええ、構造解析データを、5月2日のCambridge Open Engageに投稿しています。中和抗体が出来にくく、特異抗体しか出来ないということは、データで出していま す。
小川:K型のほうは?
上久保:これも解析しますと、構造上は中和抗体は出来ないんです。ところが、インフルエンザの流行カーブから見ると、瞬時にインフルエンザを収束させるほどの抑制力があります。ここから、KはT細胞のサイトカインを強力に誘導すると推定されます。だからここが構造解析と疫学の組み合わせとなっているんですよ。
上久保:ただし、GISAIDは変異型がどのように普及しているかの比率は分からないんで す。単に各国から出された検体をそのまま一覧にしているだけですから。
今回、日本は GISAIDへの検体の提出が殆んどありません。感染者もいれば変異もあるのに、国立感染研かどこか知らないけど、きちんとデータを出さないからよく分からないのです。
ところが、もしそろそろ出そうかなと感染研が判断して、ホストクラブでの5例、今日あたり GISAIDに送ったとします。そしたら、日本で5例出たという話になるでしょ。だから GISAIDで定量制は確保出来ないです。
小川:なるほど。恣意的に出しちゃったら、そこで意味がまるで変わってしまう。
上久保:いろいろな専門家の知識が断片的なのが、話を面倒にしているように感じますね。
免疫の人はウイルスの知識がないし、逆もまた然り。だから私らみたいに、全体的に大体わかっていないと、説明しても分かって頂くまでに時間がかかる。
例えば僕は、抗体検査キットなんて、カットオフ値は大体、全員陽性に出るくらいにしとけばいいんですと、申し上げて、小川先生をビックリさせましたけど。
それはどういう意味かと申しますと、抗体の絶対量を計測するのは無意味でして、代わりに抗体に反応する光シグナルで計測しますので、仮に抗体を充分獲得していても、そのシグナルが低く出ると陰性になってしまう。
そういう検査を用いていたら、実際は抗体を持っている若者でも、偽陽性が出て働けなくなってしまいますね。それでは困りますでしょう。検査とは絶対的なものではないんです。
簡単に違う結果も出てしまうし、逆の結果にもなる。皆さん、検査を絶対視し過ぎている。
小川:日本人が既に中和抗体やT細胞免疫を獲得していることは、検体の上から出なくとも、疫学から明らかだということですね。
そうすると、逆に武漢で大騒ぎにならなかったならば、世界中で無症候のまま多くの人が罹患するだけで、こんな被害を出さずに、忘れ去られて行ったのではないか。
上久保:それが武漢で気がついちゃった。
小川:約4000人亡くなったから。。。
上久保:あれは二つの理由が考えられます。まずは、武漢で武漢G型の変異が発生したとすると、武漢においては、K型が不十分な時に武漢Gの変異が起こった可能性があります。
欧米と同じ原理です。しかし、武漢以外の中国全域は、SもKも充分感染した。
また、武漢では恐怖をきたして人々が病院に殺到したため、医療崩壊が起こったから、院内感染の連鎖によって約4000人まで亡くなってしまったのかも知れません。
これは中国に限りませんが、世界中でもっと実態を公にしてもらわないと病理学的な議論は出来ません。
上久保:正直に言うと、武漢が騒がずに通常医療で対処していたら、世界中でこんな現象は起こらなかったと思いますよ。中国の慌てぶりを見て、世界中も慌ててみんなロックダウンした。だからこんなことが起こってしまった。
しなかったら、S型、K型もきっちり入ったんです。
そうすればG型の被害も少なかった。結果的には自然の摂理に反することをした国ほど、大きなダメージを受けた。
⑤(続)につづく