オートファジーで手に入れる究極の健康長寿 ④ 「スイッチ」抜粋 ジェームズ・W・クレメント著
第3章 低身長症と突然変異
若さと美しさを保ち、健康寿命を延ばし、加齢に伴うマイナス効果を減らすために何をやり続けるべきかと尋ねられたら、私は次のようなことを思い浮かべる。
*適切な食事と運動によって、理想的な体重と健康を維持する。
*毎晩、良質の睡眠を取る。
*ストレスと不安にうまく対処する。
*長寿遺伝子を持つ親から生まれる。
私は長寿遺伝子という「宝くじ」を引き当てていない人でも、適切なライフスタイルを身に付けて実行すれば、誰でも100歳まで健康に生きられると確信するようになった。おそらく本書の読者の多くは、寿命に及ぼす遺伝子の影響が、従来考えられていたよりはるかに小さいという事実を知って安心するはずだ。
遺伝子が人間の寿命に影響する割合は7%で、従来の25~35&を大幅に下回った。つまり、殆んどの人にとって、寿命はどんなライフスタイルを選ぶかで決まるわけだ。
何を食べるか、どれくらい運動しているか、どの程度ストレスを感じているかなどに加え、人間関係の質、結婚相手、社会とのつながり、医療や教育へのアクセスなども影響している。
夫婦の寿命は似ていて、兄弟よりも類似性が高い。この結果は、寿命に非遺伝的な要素が強く影響していることを示唆している。なぜなら、血縁関係にある親族よりも、もとは他人である夫婦の方が、遺伝的変異(個体間の遺伝子的な差異)は大きいからだ。
その一方で、夫婦間では、食事や運動習慣、喫煙習慣、清潔な水の利用可否、病気の発生源から離れた生活環境で生活しているかどうか、文字が読めるかどうかなどの長寿の要因に関して、多くの共通点が観察された。
これは理に適っている。人は価値観やライフスタイルが似ている相手と結婚する傾向があるからだ。健康的なライフスタイルは、健康にプラスとなる遺伝子の活性化や発現を促す。
死のリスクをすり抜け、平均寿命より10年以上も長く健康的な生活を送っている人々からはたくさんのことが学べる。糖尿病やがんを確実に防ぐ方法(例え肥満であっても)はあるのだろうか。実は、世界にはこれらの病気にかかりにくく、老化の影響を受けにくい人々が暮らす地域がある。そこにはどんな秘密が隠されているのだろうか。
ラロン症候群とエクワドル人
前述のように、インシュリンとIGF-1レベルが低下すると、mTORが抑制されて、オートファンジーが促進される。小人症として知られる低身長症には、さまざまな医学的要因がある。その一つは成長ホルモン(GH)の産生が不十分なことだ。
成長ホルモンはその名が示すように、人類や動物の成長や細胞の増殖・再生を促す物質である。発育に極めて重要な役割りを担っているため、10代前半の若者では成人の約2倍の量が分泌される。(主として睡眠の4段階のうち、深い眠りにある第3段階と第4段階で分泌される)。
成長ホルモンは、思春期から成人へと身体が成長・成熟するのを助けるだけでなく、組織の強化(骨密度の向上、筋肉の強化)や修復(皮膚、骨、腸の内壁など)にも欠かせない。年齢や必要性によって量は変わるが、私たちの身体では生涯にわたって成長ホルモンが分泌され、使用される。
イスラエルのズヴィ・ラロン(専門は小児内分泌科)は初め、異常に小さな子供たちは、成長ホルモンの分泌が不足し、欠乏状態にあるのではないかと考えた。だが成長ホルモンを投与しても、治療効果はなかった。
のちにこの集団の患者には「ラロン症候群」という診断名がつけられた。ラロン型低身長症の成人の身長は、一般的に男性で約140センチ弱、女性で120センチほどだ。ラロン症候群の患者はおそらくユダヤ系の同じ共通の祖先を持つことが明らかになった。
調査対象のラロン症候群患者の約半数は、スペイン系ユダヤ人(セファルディ)だった。1492年末、スペインは国内のユダヤ人に対して、カトリック教に改宗するか国外退去するかの二者択一を迫った。その結果、4万から10万のスペイン系ユダヤ人が国を去った。その多くは北アフリカと中東に移住したが、他のヨーロッパ諸国やカリブ海の島、南米、米国に渡った人々もいた。
1987年、エクアドルの糖尿病専門医ハイメ・アギーレは、エクアドル南部のラロン症候群の村人99人を対象に研究を始めた。この集団は16世紀初頭にイベリア半島を逃れてエクアドルに移住したスペイン系ユダヤ人の子孫だ。彼らはカトリック教会の影響力が強いリマやキトなどの大都市を避けて南部の僻地の村に住みつき、その後4世紀の間、迫害を恐れて外部との接触を避けて孤立を保った。
遺伝子型と表現型
孤立した地域で暮らす集団の中で、ある特徴がどのようにして次世代へと伝えられ、一般的に見られるようになるのか。それを理解するのに役立つのが「メンデルの法則」だ。人間は約2万から2万5000もの遺伝子を持っているが、外見や内面の違いをもたらしているのは全遺伝子の約1%にすぎない。
私たちは父親と母親から染色体を介して1組の遺伝子を受け継ぐ。それぞれの遺伝的な形質は対立遺伝子と呼ばれる一対の遺伝子の組み合わせによって形成される。
一対の対立遺伝子の中では、一方が他方に対して優性である ―〈優性(劣性)とは性質の優劣を示しているのではなく、一方がもう一方の性質を覆い隠す(覆い隠される)ことを表わす〉― これらの対立遺伝子がどのように組み合わさって次の世代に伝えられるかは、全くの偶然による。
青い瞳の人と茶色い瞳の人との間に生まれた子供の瞳がどちらの色になるかを考えてみよう。子供の瞳の色は、対立遺伝子の組み合わせと、茶色い瞳の親が青い瞳の劣性遺伝子を受け継いでいるかどうかによって決まる。茶色の瞳の親は、青色の瞳の劣性遺伝子を持っていて、対立遺伝子のもう一方である茶色の瞳の遺伝子によって覆い隠されている可能性がある。
このような低身長症の人と、変異した対立遺伝子を持たない人との間に生まれた子供は、キャリアになる可能性はあるが、低身長症は発現しない。さらに両親ともラロン症候群のキャリアである場合、つまり、どちらも一対の遺伝子の一つが変異遺伝子で病気を発症していない場合では、子供がキャリアになる確率は50%、非キャリアになる確率は25%、表現型(遺伝子の作用によって現れる特徴、この場合低身長症)が発現する確率は25%になる。
体細胞には46本の染色体があり、2本1組の対になっている。23対のうち性染色体を除く22対は男女とも変わらないため「常染色体」と呼ばれ、この遺伝子に突然変異があると、常染色体異常と呼ばれる病気を引き起こすことがある。
遺伝性の常染色体遺伝子突然変異は、優性か劣性のいずれかである。優性の場合、片親から受け継いだ異常な遺伝子コピーが一つあるだけで、観察可能な病気の特徴(「表現型と言う」)が現れる。この場合、少なくとも両親のどちらかに、この病気の身体的特徴が現れている。
一方、片方の親から受け継いだ異常な遺伝子が、もう一方の親から受け継いだ正常遺伝子に対して優性でない場合に(劣性)、劣性遺伝子変異が起こる。異常遺伝子のコピーを持っていても身体的な異常は観察できないが、その子供に受け継がれるおそれがある(そのため、遺伝子キャリア(保因者)と呼ばれる)。
異常遺伝子を両親それぞれから受け継いだ場合、子供にその身体的な異常が現れる。ラロン症候群はこうした常染色体劣性遺伝による疾患である。
両親とも表現型(低身長症)を発現している場合、それぞれが対立遺伝子の中に変異した遺伝子を2つずつ持っているため、子供は必ず低身長症の表現型を受け継ぐ。血縁者同士で生殖を行うと、変異した遺伝子が子供に遺伝する可能性が極めて高くなる。
近親交配は、社会的なタブーや掟になどによって禁じられているが、ある特定の民族(同じ祖先の子孫である割合が高い)で他よりも頻繁に起きている。エクアドルとイスラエルのスペイン系ユダヤ人の場合も、孤立した地域で暮らし、同じ宗教の信者同士での結婚願望が強かったこともあって、近親者と結婚する可能性が高く、結果としてラロン症候群を受け継ぐ人が増えた。ラロン医師が初めて診察したこの症候群の患者も、両親の祖父母がいとこ同士だった。
ここで話は意外な方向に展開する。遺伝的に極端な低身長で生まれることは不運と言えるかもしれない。ラロン症候群の人たちは、糖尿病やがんにならず、アルツハイマー病や心血管疾患の発症リスクも大幅に低いことだ。その理由は何だろうか。
意外にも、ラロン症候群のGH値(成長ホルモン)は平均よりも高いことが分かった。【今まで測ることは難しいと理解していたが。。。】しかし、ラロンらは、ラロン症候群の子供の肝臓にある一部の受容体に欠陥があることを発見した。その受容体はGHと結合し、インシュリン様成長因子(IGF-1)と呼ばれる物質を産生すると考えられている。
IGF-1という用語は専門的だが、長生きできるかどうか、外見を若々しく保ち、元気に生きられるかどうかに大きく関わる物質なので、本書にこのあと何度も登場する。
ラロン症候群患者のIGF-1の血中濃度は1ml当たり20ナノグラム以下だった。思春期に正常な発達を促すためのIGF-1濃度は、100~600ナノグラムだ。だが思春期以降、正常値のレベルは30ナノグラムから200ナノグラムとなり、成長期に身体が必要としていたレベルよりはるかに低くなる。
しかし、米国人の成人の多くは、偏った食生活の影響でIGF-1値が健康に悪影響を及ぼすほど高くなっている。これは動物性タンパク質と精製された糖質の摂りすぎが原因だ。
【これで今まで読んできた本やネットでの記事、日本の食養の人たちが語り続けてきたことがここで合流する。成人になってからは動物性の食品はもはやほとんど必要ないのだ。未精製の糖質にも言えることだ。個人差があるが摂取することによって、長期的には決してプラスの方向には行かない。このことが医師や栄養士が全く無知なのか、知っていても行動しないのか不明だが「食事と健康」についてもう少し重要視するべきだ】。
糖尿病とがんを防ぐ
2011年、ラロン症候群のエクアドル・コホートを22年間追跡した結果をアギーレ、デ・カボ、ロンゴらは論文発表した。それによると、コホートの20%以上が肥満で、空腹時血糖値もこの遺伝子変異を持たない人々と同等だったにも関わらず、糖尿病の発症者は1人もいなかった。
また、コホートの数百人のうち、がんは死亡率が低い種類のものが1例あっただけだった。同じ地域に住む遺伝子変異を持たない人々は5%が糖尿病で、20%ががんで死亡しており、大きく異なっていた。身長1m6cm、体重58kgの50歳代の女性は病的な肥満の部類に入るが、普段の食事は高糖質、高脂肪だったが、血圧は正常そのものだった。糖尿病や他の病気の兆候もなく、肥満なのに研究者は健康と見做した。
ラロンたちは以前にも、生まれつきIGF-1が欠乏している人々(225名)を調査した論文を発表している。IGF-1の欠乏は、成長ホルモンの分泌量の低さ、ラロン症候群(成長ホルモン受容体遺伝子の変異が原因)、IGF-1遺伝子の欠損または機能喪失によるものだった。対象者の中にがんの発症例は一つもなかった。
ラロンたちがエクアドル・コホートの人々から採取した血液中の何かが、実験用に増殖させたペトリ皿のがん細胞の成長を妨げる様子が見て取れた。
コホートの人々は高糖質の食事を摂っているにも関わらず、インシュリンの血中濃度が低く、インシュリン感受性(インシュリンの血糖値を引き下げる能力)も良好(インシュリン抵抗性を示さない)であり、それによって糖尿病から保護されていたわけだ。
この研究で特に注目すべきは、エクアドル・コホートの人々の血液中の細胞を培養したところ、細胞の自己浄化機能を司るタンパク質複合体、mTORの発現が低下したことだ。
読者は既に、これが何を意味するかが分かるはずだ。mTORの機能が抑制されると、オートファジーが活性化することを思い出してほしい。つまり、細胞の浄化・リサイクル機能が促され、細胞内の不要物が処理されるようになる。
コラム3 加齢が厄介な問題を起こすとき
インシュリンはとても重要な働きをするホルモンだ。代謝の中心的な役割りを果し、食べ物からエネルギーを取り出し、それを燃料として細胞に運ぶのを助ける。細胞は血流内に入って来たグルコースを自力で取り込めないため、膵臓で作られた輸送体として働くインシュリンの助けが必要になる。
インシュリンは血中のグルコースを筋肉や脂肪、肝細胞に運ぶ。だが、グルコースがコンスタントに血中にあると、細胞が高濃度のインシュリンに
常に曝される。
その状態になると、細胞は表面のインシュリン受容体の数を減らして、これに適応しようとする。その結果、インシュリンの効果が薄れてしまう。
グルコースが絶えず血中にある人は、加工食品を通じて精製された糖質を過剰に摂取していることが多い。医学的には、細胞がインシュリンの働きに対して鈍感になり抵抗を示すようになることを「インシュリン抵抗性」と呼ぶ。
これは細胞の自己防御機構だと考えられている。グルコースは細胞内のミトコンドリアを働かせるのには役立つが、量が過剰になると非常に有害で、タンパク質にくっついて機能不全にさせる(このプロセスは「糖化」と呼ばれる)。
この状態になると、細胞はインシュリンを無視し、血液からグルコースを吸収しなくなる。すると膵臓がこれに反応し、さらに多くのインシュリンを分泌し始める。グルコースを細胞内に取り込むために、大量のインシュリン分泌が要求されるからだ。
この一連の出来事が悪循環を生じさせ、最終的に2型糖尿病を発症してしまう。糖尿病患者は、高血糖の状態にある。細胞を動かすのに直ちに必要な量を超える量のグルコースが血中にあるので、身体はそれを体内に安全に蓄積しようとする。
まず、グリコーゲンと呼ばれるグルコースの一種に変える。グリコーゲンは「粘着性」ではないため、細胞への害は少ない。
グリコーゲンは主に肝臓と筋肉に貯蔵され、血糖値(血中グルコース値)が低下したとき直ぐに利用できるエネルギー源となる。肝臓や筋肉にグリコーゲンが貯蔵されている限り、脂肪は燃料として使われず、余分に摂取された脂肪は脂肪組織に貯蔵される。
これが、2型糖尿病患者の約8割が過体重または肥満である理由だと考えられる。血液中に糖が残ると、糖化最終産物(AGE=advanced glycation end products)がつくられ、この「粘着性」のグルコース分子がタンパク質にまとわりついて(例えば、血管の内側にたまる)機能不全にさせるなど、大きなダメージを引き起こす。
糖化は、糖尿病が早期の死や心筋梗塞、脳卒中、腎疾患、失明などの合併症を引き起こす大きな原因の一つだ。
ラロンらの研究からは、IGF-1の働きや、成長ホルモンやインシュリンとIGF-1の関係が、病気の悪化や死に何らかの影響を及ぼすことが学べる。これを詳しく理解する前に、研究者がどのようにして、人間を実験台にすることなく、この生物学的現象を研究する方法を確立したのかを知っておくことが重要になる。
そこで頼りになるのは、医学の世界では有名な実験用マウスだ。遺伝学や低身長症の人々に関するこれまでの説明は、オートファジーとは無関係に思えるかもしれない。
だが、もう少し我慢してこのまま話しについてきて欲しい。なぜならラロンらの研究から得た教訓は、オートファジーのメカニズムを理解し、それをうまく利用して身体のメカニズムを「だまし」、病気や短命のリスクを減らすことに活かせるからだ。
エイムズ・ドワーフ・マウスとスネル・ドワーフ・マウス
1950年代、アイオワ州エイムズにあるアイオワ州立大学の研究用マウスの繁殖施設で、DNAに偶発的な突然変異を起こしたマウスが生まれた。一部の変異した遺伝子の「機能喪失」によって、そのマウスは成長ホルモン、プロラクチン、チロトロピンという三つの重要なホルモンの濃度が低かった。
「機能喪失」とは、変異によって遺伝子が消滅あるいは機能不全になることである。このエイムズのドワーフ(低身長症)・マウスは、誕生時は正常に見えるが、成長が遅く、一般のマウスの半分程度にしか育たない。
成体のドワーフ・マウスは、血中IGF-1濃度が極端に低く、不思議なことに食べ物の摂取量や酸素の消費量は身体のサイズから想定するよりも多い。
空腹時インシュリン値と血糖値が低く、インシュリン感受性が優れている(つまり、インシュリン抵抗性や糖尿病予備軍からは程遠い状態にある)。
エイムズ・ドワーフ・マウスは、カロリー制限をした動物に観察されるのと同様の老化遅延と長寿のメリットを、カロリー制限なしで得ていた。
正常なマウスの平均寿命は約900日だが、カロリー制限すれば1200日間生きられる。だがこのドワーフ・マウスは、カロリー制限なしで約1300日間、カロリー制限するとさらに100日間長生きする。
エイムズのマウスの他にも、スネル・ドワーフ・マウスと呼ばれる低身長症のマウスがいる。この二系統のマウスの間には、小さな違いがあるが、類似した病理学的・生物学的な特徴がある。
どちらのマウスも成長ホルモンとIGF-1のレベルが低いことを確認した。
また、スネル・ドワーフ・マウスの特定の免疫細胞の老化とコラーゲンの老化を表わす架橋結合のスピードが遅くなっていた。この系統のマウスの寿命が長いのは、老化の速度が遅いためと考えられた。
(コラーゲン繊維などのタンパク質が互いに結合することによって有害な影響が出て、老化が進むという古くからある老化理論に当てはまる。例えば、糖尿病患者の架橋結合したタンパク質の量は、健康な人の2~3倍になる。
これはタンパク質にまとわりつく「粘着性」のグルコースが血液中に高濃度で存在することが原因で糖化最終産物(AGE)を体内に生じさせる。架橋結合タンパク質は心臓肥大、コラーゲンの硬化の原因になり、心停止リスク増大など、さまざまな悪影響を生じさせる)。
スネル・ドワーフ・マウスは、正常なマウスよりがんの発症率も低かった。しかし、成長ホルモンを投与すると、これらの健康へのポジティブな効果が打消しされることが分かった。
成長ホルモンの受容体を無効にしたノックアウト(GHRKO)マウスは、世界中のマウスの中で最も寿命が長く、人間における遺伝子の突然変異の研究を、倫理的・現実的な制限なしに行えるように開発された。これらの変異体のマウスには、重度の成長遅延と低身長症のほか、血清IGF-1濃度の大幅な減少が見られる。
また、空腹時血糖値とインシュリン値が低く、グルコースの処理能力やインシュリン感受性が高いなどの健康上の有益な効果も見られる。GHRKOマウスは、同種の正常なマウスより3~4割も長生きする。
2017年、世界中の科学者で構成されるコンソーシアムが、これら長寿マウスについての画期的な生物学的特性をまとめた論文「老化研究のための新しい動物モデル」を発表した。
興味深いことに、長寿を実現した典型例であるセンテナリアンは、100歳未満の人よりも血液中のIGF-1値が低いが、IGF-1遺伝子の変異によって低身長症になった多くの動物(犬、ネコ、豚など)も、通常サイズの同種の動物よりも数段長生きする。
遺伝子変異のないマウスより長生きする実験用マウスについて長々と説明してきたのは、これらのユニークな変異体の研究が、人間の長寿を実現する鍵を握っているからだ。
これらの研究結果を探ることで、私たちが長生きするためには身体のメカニズムのどの部分を微調整すればいいのか、さらには生活習慣をどのように変化させれば突然変異によって生じた実験動物たちと同等の健康上のメリットを模倣できるのかについて、理解を深めることが出来る。
はっきりしているのは、IGF-1のレベルが低いと寿命が長くなることだ。
興味深いことに、カロリー制限は、動物の寿命を延ばす最も再現性の高い方法であると同時に、IGF-1値を大幅に低下させる。
つまり、鍵となるものは、健康的なバランスを維持しつつ、IGF-1が成長ホルモンやインシュリンとどのような関係にあるかを理解して、老化とオートファジーを最適化することだ。
パフォーマンスと長寿のトレードオフ
成長ホルモンは、組織の成長とエネルギー代謝に大きな役割りを果している。成長ホルモンはさまざまな状況に反応して分泌されるが、その中で最も関心を持つべきは、
運動時、血糖値の低下時、糖質制限または断食したとき分泌がどうなるかである。
成長ホルモンはその名が示すとおり、身体組織の成長を促すホルモンであり、筋肉と肝臓においてタンパク質合成を増加させる。また、エネルギーを得るために脂肪組織を分解して血中の遊離脂肪酸を増やすので、大きな減量効果がある。
まだ触れていなかった重要な事実がある。成長ホルモンは肝臓を刺激してIGF-1を産生させるが、それはインシュリンが分泌されているときだけ、ということだ。
成長ホルモン値とインシュリン値の両方が高いとき(ピザやチーズバーガーなど、タンパク質と糖質の多い食事を摂った後など)、IGF-1レベルが上り、体内組織の成長を促す反応も増加する。
一方、(断食時または糖質制限時など)成長ホルモン値が高く、インシュリン値が低いときは、IGF-1レベルは上らず、健康上のメリットがいくつも得られる。
まず、オートファジーが刺激され、使い古されて有害な影響を与えかねないタンパク質や細胞の残骸を一掃できる。
同時に、空腹状態の身体は成長ホルモンを分泌を促し、真新しい細胞や組織をつくるように指示が出される。身体を古いものから新しいものへと絶えずリノベーションすることで、健康強度は高められる。
細胞のプロセスは除去・破壊、そして産生・構築という二段階からなる。
つまり、IGF-1を一定レベルに抑えつつ体内で細胞の成長を促されるという適切なバランスはどこかに存在する。IGF-1値は低すぎても高すぎても、何らかの病気で死ぬリスクが高まる。
その一方で、IGF-1は成長を促すため、身体の回復には欠かせない。だが、この同じメカニズムによって、がん細胞も増えていく。以下にIGF-1の長所と短所を列挙する。
○IGF-1の長所
*筋肉量と筋力の維持に役立ち、筋肉の消耗や脆弱性を低下させる。
*炎症反応を減らし、酸加ストレスを抑える。
*DNA損傷などの危険に直面した細胞の生存能力を高める。
*脳の中で新しいニューロンの成長を誘発させ、有害なアミロイド班の蓄積を防ぎ、天然の抗うつ薬として作用するなど、脳の健康度を高める。
*血管に抗炎症、抗酸化作用をもたらし、既存のプラークを安定化させ、それ以上蓄積しないようにする。
*骨密度を高める。
*免疫系をサポートする。
×IGF-1の大きな短所
*悪性腫瘍の発生リスクを高める。すなわち、IGF-1はがんを増殖させる。
*寿命を短くする。
IGF-1によるシグナル伝達にはさまざまな長所があるが、大きな短所が2つある。医学界でこの謎は「IGF-1パラドックス」と呼ばれる。
IGF-1には細胞を増殖させ、生存能力を高める作用がある一方、IGF-1シグナル伝達を低下させると線虫やハエ、哺乳類などの多様な生物の寿命が延びることが分かっている。
この分野の研究は現在も活発に行われている。パラドックスを説明する理論の一つとして考えられるのが、ミトコンドリアの役割りだ。
ミトコンドリアは身体を動かすエネルギーの源、ATPを作り出す。細胞内で大きな役割を担い、核内のDNAとは別に独自のDNAを持ち、現在ではアルツハイマー病やパーキンソン病、がんなどの病気の進行に深く関係していると考えられる。
ミトコンドリアの機能不全によって引き起こされるミトコンドリア病は、神経系、筋肉系、代謝系などに障害が現れる。糖尿病や認知症などさまざまな病気は、ミトコンドリアに生じた何らかの問題と関連している。
つまり、ミトコンドリアに損傷や機能障害があると、病気や老化が進行する。
重要なポイントは、オートファジーがミトコンドリアのターンオーバー(古い細胞や組織自体が新しく入れ替わること)に重要な役割を果している可能性があることだ。
IGF-1のレベルが常に高いとmTORがオンになり、オートファジーはオフになる。それがミトコンドリアの機能障害や細胞の生存低下につながる。
また、ミトコンドリアの突然変異や機能障害は加齢と共に増加するため、IGF-1レベルが高い状態で機能不全のミトコンドリアを除去する能力が落ちると、加齢に伴う不調や病気を発症しやすくなる。
【ここまでのまとめと感想。25歳以上の人は、オートファジーがオンの方がメリットあり。mTORの仕事よりも健康上のメリットがあるからだ。がんやアルツハイマー病など難病から逃れられるかもしれないなら「細胞の成長モード」は犠牲になっても良いのではないかと思う。少食で動物性タンパク質を減らすこと。オートファジーをずっとオンにすると疲れてしまうのだろうか。とにかく100%ではないが、インシュリン値とIGF-1値が低ければオートファジーがオンになる。高齢者はこのモードで健康で長生き、老化を遅らせ病気とは無縁でセンテナリアンのようにぽっくり死ぬ】。
コラム4 体内の「抗加齢物質」を活性化させる方法
オートファジーを最適化する安全かつ効果的な最善策の一つは、最近、人間の細胞で発見されたAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)と呼ばれる天然の抗加齢酵素を活性化させることだ。
AMPKが活性化すると、オートファジーによって細胞内の不要物を除去するよう細胞に信号が送られる。それはAMPK活性化化合物(AMPKは、特に体脂肪を分解するように細胞に信号を送る)を用いると腹部の脂肪が減ることによっても証明されている。
実際、糖尿病の治療薬として普及しているメトホルミンは、ミトコンドリアのATP産生を減らすことで作用し、AMPK活性を刺激してインシュリン感受性を高める。AMPKが細胞に信号を送っているとき、IGF-1の働きは抑制される。
また、AMPKは体内で抗酸化物質の産生を司る「抗酸化遺伝子」を活性化する。この天然の「若返り薬」であるAMPKを活性化させるのに役立つ方法として、次に三つが挙げられる。
① 運動 特にHIIT運動=高強度の高い運動と低い運動の繰り返し。
② 食事 粘り気のある食物繊維が豊富な果物や野菜、豆類(大豆、レンズ豆など)、ポリフェノールを多く含む緑茶などの茶、ウコン(ターメリック)に含まれているクルクミンを摂る。
③ カロリー制限 間欠的断食やタンパク質制限と組み合わせる。
タイミングが全て
ことわざにもあるように、人生では何事もタイミングが重要だ。同じく、物事には良い面と悪い面がある。私たちの身体が炎症やコレステロール、体脂肪を適切な時期に適切な量だけ必要とするのと同じように、ある程度のIFG-1が生きるために必要だ。
しかし、過ぎたるは及ばざる如しで、量が多すぎるとトラブルのもとになる。これらの生物学的な働きや物質のバランスをうまく保ちながら、必要なときにその力を活用できるように努めなければならない。
若く、成長の過程にあり、がんのリスクが低いとき、IGF-1は成長や発達、ケガからの回復に役立つ良き味方になる。妊娠中や授乳中などの特定に状況でも、IGF-1のシグナルをオンにしておく必要がある。
【肉体的に発達途上の若い人と既に成長が止まった人とは、食べるものに違いがあるべき、あるいは量に違いがあるべきということだ。年寄りにも肉摂取を推奨する人たちがいるがこれには同意できない。消化・分解のための内臓の能力が既に若いときと違う、単に負担が増えるだけだ】。
【ケガの時は、(病気のときは)IGF-1は摂ったほうが良いという意味に取れるが、細胞の修復(分子レベルの問題)であるならオートファジーがONの方が良いのではないか。亡き母が大腿部骨折で手術した後、その病院の医師は「今夜は飲食を控えてください、その方が傷の治りが早くなりますから」と言われたことを思い出す。食養の人たちが言うように回復するためには食べないで、そのエネルギーを全て回復に持っていくと速く治る。人間の体は一度に二つのことを完璧に出来ない、と言うが…】。
しかし、年をとるにつれて天秤は逆方向に傾いていく。特に中年期に差し掛かり、細胞の老化とDNAの突然変異が蓄積することによって、がんになるリスクが高まり始めた頃は、IGF-1シグナルを抑制し始めるのが賢明だ。
IGF-1を減らしてオートファジーを促すには、精製された糖質と動物性タンパク質が多い現代の食事ではなく、「修道士の食事」が効果的だ。
動物性タンパク質を多く含む食事が、がんの発症リスクを高める理由は、生物学的に説明できる。それにはIGF-1が関係している。
食事によって大量のタンパク質が体内に取り込まれると、肝臓はそのタンパク質を利用して生産的な活動を行うために、IGF-1を分泌して細胞にこう指示を出す。「成長期が来たぞ!エンジンを始動させて、増殖を始めよ。材料となるタンパク質はふんだんにあるからな」。
問題は、成長ホルモンによって腫瘍の増殖も促されるおそれがあることだ。
特にオートファジーが長い間オフになっていて、機能不全のミトコンドリアが多く存在し、それが細胞のDNAを傷つけ突然変異を誘導するフリーラジカルを産生している場合は危険だ。成長期を終えた成人にとって、細胞の成長を促すよりも、遅らせるべきである。(成長を善とする「アンチエイジング」なホルモンやサプリメント製品の宣伝文句とは逆だが)。
そのため、目指すべきは、タンパク質を摂りすぎず、摂取量を適量に抑えることだ。ここで言っているタンパク質は動物性タンパク質のことであり、植物性たんぱく質はIGF-1を増加させるアミノ酸の量がはるかに少ない。
だからこそ、地中海式食事と間欠的断食の組み合わせが、バランスを保つのに理想的な食事と言える。
【この段落はパーフェクトである。動物性食品は成人にはほとんど必要ないことを簡便に説明している。タンパク質が必要ないのではなく、動物性は止めて植物性にしなさいと言う。多くの人はタンパク質=肉で、ちょっと知識がある人は大豆や豆類の植物性を指摘する。
著者は昔の和食を知らないようで別に地中海式食事である必要はない。地中海式でも良いが、パンより米の方が栄養価が高いし、アレルギーも無いので、本書に「精製していない穀物」の言及があるので、ぜひ玄米を摂るべきと思う。
日本の昔の食事は、それこそ良くぞ調べたと思える「マクガバン報告」に元禄時代以前の和食と記載されているのは玄米の言及があるからだ。「食養」が世界の科学者に知られないのは、全てのことにも言えるが、発信が無いからだ。
それに媒介が英語ではないから記事の普及に限りがある。故甲田光雄先生の書籍・功績などは英語で発信できたら世界中の病気持ちに貢献できることであろう】。
ギリシャのアトス山で共同生活をするギリシャ正教の修道士たちは、地球上でも屈指の健康的な集団だ。がんの発症者はほとんど確認されず、脳卒中などの心臓血管疾患も皆無に等しい。アルツハイマー病やパーキンソン病の人もめったにおらず、ギリシャ本土の人々より寿命が長い。そのライフスタイルには驚くべき秘密がいくつも隠されている。
⑤に続く
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?