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旅行回数が増えると幸せになり認知症が減少する「トラベル・ディバイド」の考察⑤
今回はシニア(高齢者)層が旅行回数を増やせば、社会的コストを大きく下げることができるという点について考察します。前回、ソニー生命の「シニアの生活意識調査2023」の調査で多くのシニア(高齢者)層が「旅行に行きたい」ということが分かりました。なぜ人々は旅行に行きたいのでしょうか。
東北大学加齢医学研究所と旅行大手のクラブツーリズムの研究によると「旅行によく行く人は幸福度が高まる」ということです。この研究はクラブツーリズムが同社のツアーに参加した60歳前後の835人を対象にアンケートを実施したものです。論文は「Curiosity–tourism interaction promotes subjective wellbeing among older adults in Japan」という題名でNatureのサイトにおいて公表されています。
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この論文によると「主観的幸福尺度(の平均値)」は1年間の旅行回数が10回以上の人で4.55、5-9回の人で4.34、3-4回の人で4.52、1-2回の人で4.13、2-3年に1度しか旅行をしない人で4.09、ほぼ旅行をしない人で4.11でした。仮に、1年間の旅行回数が10回以上の人を10回、5-9回の人を7回、3-4回の人を3.5回、1-2回の人を1.5回、2-3年に1度しか旅行をしない人を0.4回、ほぼ旅行をしない人を0.2回の1年あたりの旅行回数とした場合、先ほどの「主観的幸福尺度」との相関係数は0.82と非常に高い相関性となります。
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出所:「Curiosity–tourism interaction promotes subjective wellbeing among older adults in Japan」
このことから、「旅行に行きたい」理由は「幸福になりたい」ためということが言えそうです。さらに重要な点は「主観的幸福尺度」が高くなると、「認知症になるリスクを低くする効果が証明されている」、ということです。旅行を通じて脳や身体が刺激を受け、「拡散的好奇心」が満たされ、ひいては「主観的幸福度」が高まるというメカニズムです。なお、「拡散的好奇心」は物事に対して、幅広く情報を求める性格特性のことです。「拡散的好奇心」と「主観的幸福尺度」の相関係数は0.83、旅行回数と「拡散的好奇心」の相関係数は0.92となります。
この論文のように、旅行回数増加に「幸福度が増し、認知症になるリスクを低くする効果」があるなら、シニア(高齢者)層の旅行回数増加は旅行者個人のためだけでなく、社会的にも必要なことと言えるでしょう。
「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」によると、日本の認知症患者は2015年の517万人から2040年の802万人への増加が予想されています。この予想数字は「厚生労働省の全国調査により報告された2012年の認知症患者数で補正した推定患者数」であり、「数学モデルで算出した推定患者数」では、2040年に826万人との予想数字も発表されています。
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2015年3月に慶応大学から発表された「わが国における認知症の経済的影響に関する研究 」によれば、2014 年における認知症の社会的コストは 14兆 5,140 億円と推計されました。内訳は医療費1.9 兆円、介護費6.4 兆円、インフォーマルケアコスト6.2 兆円となります。なお、インフォーマルケアコストとは家族やNPO法人などが無償で実施する介護やサポートのことです。
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また、Alzheimer’s Disease Internationalの「World Alzheimer Report 2015」によると世界の認知症患者数は2015年の4,678万人から2040年には1億215万人へと大幅に増加すると予想されています。世界の高齢化が進み、高齢化に伴う認知症の有病率が急上昇することが認知症患者数の増加の理由です。世界の認知症のコストは2015年に8,180億ドル、2018年に1兆ドル、2030年に2兆ドルになると予想されています。2兆ドルという金額は2020年の世界名目GDPランキング7位のイタリアのGDP1.9兆ドルを超える水準です。
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このように、日本でも世界的にも認知症による多額の社会的コストが見込まれています。「旅行に行きたい」シニア(高齢者)層が旅行に行きやすい環境を作ることにより、旅行回数が増加し、その結果、幸福になり認知症リスクが低減し、社会的コストが減少するなら、これほど素晴らしいことはありません。このことからも、「トラベル・ディバイド」の解消が必要であることが分かります。
次回、シニア(高齢者)層が旅行回数を増やせば、莫大な経済効果を生む可能性について分析します。
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