別れについて意識した時のこと
私が7年前に出会ったうさぎとの別れが近づいている。年齢と共に心臓が悪くなっていたようで、胸水が溜まり呼吸が難しくなっているようだ。レントゲンを見たら、驚くほど肺が狭く、視覚的に得たその情報は私にとって衝撃的だった。本当に驚くほど狭かったのだ。8月16日の午前、8月10日から15日に彼女を連れてお盆帰省を終えた翌日のことだった。
レントゲンを撮った時、抵抗しなかった彼女について、獣医も看護師も口を揃えて「それほどに具合が良くないのかと思うと心配だ」と言った。飼い主である私もそう思った。なぜなら彼女は、数多くのうさぎを診てきた主治医をして「最強のウサギ」と言わしめるほどの病院嫌いだったからだ。私たちは過去何度も、待合室にまで響き渡る彼女の悲鳴を聞かされ、診察室にいる全員が緊張に包まれる経験をしてきた。2018年から2020年の間、飼い主と共にNYへ渡り、帰国して以降は、毎年の健康診断さえ命の危険が伴ってなかなか出来ないほど、彼女の病院嫌いは凄まじいものだった。
あとどれくらい一緒にいられるのか。私はあえてそれを獣医に聞いていない。それがいつになろうと、一緒に生活していけば自ずと変化は手に取るようにわかる。それまで彼女にとってできる限りの最善をしていつもの家で過ごしていくだけだ。そう思うと同時に、聞いてしまったらその期限に自分が引っ張られてしまうかもしれない、という弱気な思いもある。
いつも通りに飼い主の後ろをついて回ったり、走りたいという自分の意思とは裏腹に、最近は、うっかり飼い主を追いかけてきた後、彼女は呼吸を荒くし、しばしば動かなくなった。生後4ヶ月の頃から、7歳数ヶ月の今に至るまで共に生活し、彼女の成長する様子を見てきた。いま、老いていく様子を見守るだけでなく、病と闘う姿をも、ほとんど為す術なく見守るしかないことが、私を無力感と悲しみでいっぱいにする。
それでも、彼女の前では相変わらず親バカのように明るく振る舞う。それにどれほどの意味があるかはわからないが、そうすることが、自分のためでもあるような気がする。
今日、1週間弱の投薬治療ののち再度レントゲンを撮ったが、彼女の肺はますます狭くなっていた。最早やれることは継続しての投薬治療くらいで、これからは(移動や生活について)慎重にならないといけませんね、という獣医との診察室でのやりとりのあと、待合室でキャリーの中の彼女におやつをあげながら、私はこっそりと少し泣いた。始まりがあるものには全て終わりがある。当たり前のようで実は、それを知っているだけなのかもしれない、とこれを書きながら思う。知っているが、分かってはいない。そんな状態。
これからくるであろう彼女の死が私にとって今までで一番大きな悲しみになることは、書くまでもない。自分がどれほどの喪失感に襲われるのか、想像すらできない。でも、生き物全てに平等に死は訪れるのだから、私が今傍で見守っている彼女のそれも生き物としては何ら特別なものではない。そして、死についてさらに大事なことは、その終わりが、誰もが望むように平和で穏やかなものとは限らないということ。どんな形かはもちろん、いつやってくるのかも、私たちに知る術は殆どない。おそらくそう遠くなくやってくる彼女との別れも、私が想像していたよりはだいぶ早かったし、それは平和でも穏やかでもないかもしれない。
少し前から、ウサギの看取りガイド、という、何年も前から本棚に置いていた本を読み返している。その中で、動物も、飼い主も、どちらも苦しむべきではないと獣医は述べていた。飼い主である私が苦しんでも彼女が救われるということはないし、状況が好転することもない。今は、この言葉が不思議と私を少しばかり救っている。