北方謙三「コースアゲイン」
文芸春秋7月号で村山由佳さんが対談相手の北方謙三氏の短編集を話題にしていたので、アマゾンで探して「コースアゲイン」を読んでみた。
北方謙三氏52歳ころ書いたエッセイ、20篇を一冊に収めている。物語は一見、ノンフィクションに見えるが、フィクションを織り交ぜているのか、あるいはフィクションが主体なのかもしれない。
裏表紙には以下の如く紹介されている。
「コースアゲイン」とは「進路を元に戻せ」という船の専門用語だ。男は何処に向かい、なぜ元に戻ろうとしているのか。この言葉は何を意味しているのか。物語の中には、酒があり葉巻があり、船があり海がある。そして男がいて女がいる。壮年の作家を主人公とした、一作一作が著者の心の傷から滲み出しているような、あたかも私小説とも思える20の短編が収められている。
物語のテーマは、自身が持つ全長40フィートのパワーボートでの釣や係留地での滞在記が三分の一、残りのほぼ全ては北方氏らしい酒と女だ。
心に残った短編、2篇ほど一部を抜粋して紹介してみよう。
最初は、「晴れた日」
ある晴れた日、午前中に三浦半島のマリーナに係留している自分のパワーボートをメンテナンスして、午後横浜の病院に中西氏を見舞いに行く。中西氏はかつて新聞や雑誌に連載された彼の小説に絵をかいていた。小説をよく理解し、時には絵に触発されて小説が変わってしまうこともあった。肝臓がんが進行し、全身に転移して余命数ヶ月と知らされている。
「最近目がひどく疲れてな。おまえの連載も読んでいない。このまま見えなくなるんじゃないか、と思うくらいだ」
「そりゃ、まあ、こんな状態だからな。眼も、いろいろ見たくないと言っているんだよ。もういいってな」
「目がそう言っているのか。確かに、見たくもねえものが多いよな、この世は。なにもかもぼんやり見えていると、俺はいい絵が描けるようになるかもしれん」・・・・
「この肝臓じゃ、長くは生きられないと医者は言ったよ。はっきりとな。しかし一度は回復して十年は使えるだろうとも言った」
中西も私も、52歳だった。あと十年生きたとしても、やはり短すぎる。中西は病気が肝硬変だと言われているようだ」
「十年使うためには、酒は禁止だそうだ」
「ざまあみろ」
・・・・
当方は、52歳の頃、余命数ヶ月の旧友を見舞う経験はなく、想像しがたい。自分なら、ぐずぐずあれこれ思い、結局見舞いには行かない気がする。
次は「性分」
銀座の女性と二人で向かったのは、箱根に向かう山中にある、オーペルジュ、こじんまりとして目立たず、部屋もきれいで、レストランやバーもある。いかにも密会用という感じのところが、鼻持ちならないものに私には思えた。
ただ、彼女と長く付き合おうと言う気が、私にはなくなっている。このひと月、ふた月が、サヨナラのチャンスだ、と私は思っていた。そういう時、女にやさしくする。・・・・
以下、食事をしながらの会話・・・・
「ねえ、うちの店の誰かを、口説いたことある?」
「ない」
「冗談でも?」
「それは程度によるな。人前では、平気でやったりするところが、俺にはある。」
「そうだよね。だけど、本気にされたらどうするよよ?」
「そりゃ、した方が悪いさ」・・・・
「ねえ、銀座で遊びはじめて、もう二十年でしょ?」
「そんなになるんだな、考えて見りゃ」
「二十年で、これっていう女はいた?」
「いない」
「あっさり言っちゃっていいわけ?」
「程度の差はある。だけど女は皆同じだと確かめ続けた、二十年であるような気もするんだな」
「それって、むなしくないの?」
「そう言ってしまえば、生きることがむなしいと言っているのと同じだな」
「そんなふうな感じで、男の人っていうのはいいんだ」
・・・・
銀座の女性を前提とした会話であり、北方氏の女性に対する一般論ではないと思うが、「生きていることがむなしい」は、ある意味、本音なのだろう。
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