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難問こそ面白い 1

 毎月10日に文芸春秋が発売されるのを楽しみにしている。年間契約をすれば、自動的に届くのだが、それでは本屋さんに行かないことになってしまう。月に一度くらいは本屋さんで紙のにおいに包まれたいのだ。
 
 11月号では、作家の平野啓一郎氏と東大教授の上田泰己氏の対談「芸術も科学も難問こそおもしろい」が興味深い。副題は「人間とはなにか」とのこと。
 
 私はお二方とも初めて聞く名前だが、記事では、平野氏は死んだ母をAIで蘇らせる主人公を描いた小説「本心」で、改めて「人間とは何か」を探求したとあり、上田氏は東大大学院教授、世界的に活躍する睡眠研究の第一人者、研究の出発点には、幼少期に抱いた「生命とは何か」という問いがある、と紹介されている。なお、上田氏は現在オックスフォード大学におり、この対談はオンラインとのこと。
 
 以下、両者の発言を抜粋しながら、対談内容を紹介します。
 
 生成AIは意識を創造できるか
 平野:生成AIの登場によって、現代版唯脳論のような、脳こそが人間の意識や思考の実体だと言う現説が再び語られるようになりました。・・・
・・・意識を脳に還元して、脳のアウトプットを疑似的に再現できれば、AIで人間の意識を創造できると考える人もいるようですが、それはさすがに単純すぎるでしょう。
 上田:生成AIで脳内の神経回路の活動を再現する研究では、非常に多くのパラメーター(変数)をチューニングしているのですが、その根本の根本はまだよく分かっていません。脳からある出力がなされたとき、それを遡ってその出力に寄与した一歩手前のパラメーターをつきとめ、さらにその手前のパラメーターを解析し・・・というように遡及的に探究を進めます。一方で、実在の脳でそのような工程を行っているかはまだわかっていません。・・・
 平野:「人間とは何か」を探求するのであれば、脳のメカニズムとディープラーニングのそれとは別物なので、似ているからという見込みで進めていっても、正確には辿り着けないと思うのですが。
 上田:「人間らしさ」は、おそらく生物としての人間が持っている、ある種の制約から生まれてくるものでしょう。例えば、生成AIには、「エネルギー」や「死」といった制約はありません。「人間らしさ」を生み出している、それらの制約がどこから来るのか。その問題をこれらの科学者は考えていかなければならないと思います。
 
 昨今のAIの発展で、将来AIが人間らしい脳を創造できる可能性があるのではないかと、考えられないこともないが、技術的に行き付くかどうか、又「人間らしさ」をどう考えて、組み立てていくのか、どちらにしても超難問のようだ。
 
 睡眠は謎だらけ
 平野:僕は上田さんが研究している睡眠や夢などの眠っている間に起きる現象にすごく関心があります。・・・なぜ脊椎動物からレム睡眠が現れるのかは、まだ解明されていないのですか?
 上田:そうなんです。・・・レム睡眠は、神経ネットワークや脳がある生物に起こると考えられます。・・・私の仮説でも、ノンレム睡眠のときに神経細胞同士のつながりが新しく生まれたり強くなったりし、レム睡眠のときに繋がりが選択されるというように、進化における変異と選択のようなサイクルが毎晩起こっていると考えています。
 
 夢日記をつけていた
 平野:僕は夢への関心から、夢日記をずっとつけていた時期があるんです。・・・フロイトの「夢判断」も読みましたが、どんな夢でも根本は願望充足だという考え方には、すごく違和感がありました。・・・
 夢にはほとんど現実と区別がつかないくらいの圧倒的なリアリティーがあります。そこで僕らの脳は夢でどれぐらいの情景描写をしているのかを知りたくて、夢日記をつけることにしました。
 上田:夢日記を書いてみて、何か分かりましたか?
 平野:まず、夢の中の情景描写は非常に簡潔である・・・誰かと会話していたら後ろに電柱一本が見えた、といった、シンボリックなレベルにとどまっている。
 また、ほぼ100%、近過去の夢しか見ていません。・・・ほぼ昨日起きた出来事が夢の素になっている。
 
 脳と夢の関係
 夢の素はほぼ100%、近過去で体験したことだったというのは腑に落ちます。毎日の出来事を脳に記憶して埋め込んでいこうとすると、それ以前の記憶との整合性や記憶の取り出しやすさを考えて、まず最新の記憶を最適な状態に整理しなければならない。そのための一つの方法が、レム睡眠で近過去の夢を見ることなのかもしれません。
 
 私も毎日せっせと夢をみるが、朝起きて数秒後には内容を忘れてしまう。確かに見る夢はほぼ近過去だが、時に、過去に困った定例の夢を見ることがある。50代ころまでは、高校生のころ、テストの前日に教科書の試験範囲をまだほとんど読んでおらず、途方にくれている。又、この数年、仕事で人と会った時に、自分の名詞を出そうとするのだが、何処を探しても出てこない。何故そんな夢を見るのか、上田氏に聞いてみたいものだ。

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