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吉田恵梨香「ぼんやりとした不安録」

   文藝春秋3月号の巻頭エッセイに、脚本家の吉田恵梨香さんが芥川龍之介の「ぼんやりとした不安」に関する文を投稿している。吉田さんは1987年生まれの38歳、日本大学芸術学部卒の脚本家で、最近ではNHKテレビ小説の「虎に翼」で知られている。
 
 芥川龍之介は、ある友人への手記と称して、自身の自殺の動機を「ぼんやりとした不安」とする文を残し、35歳で服毒自殺してしまった。ぼんやりとした不安の具体的な中身は何も書いていないが、彼自身も判然とせず、であるが故にぼんやりとした・・・のではなかろうか。
 
 吉田恵梨香さんはエッセイの冒頭で以下のように述べている・・・・
 かの有名な一文に出会ったのは小学校の頃。入学祝いに貰った世界の偉人を網羅した事典だった。偉人達の功績が子供向けに短く書かれていたものの中に芥川龍之介があり「ぼんやりとした不安」の一文があった。それを目にした時、妙に腑に落ちたのを覚えている。
 自分の中に存在する、名前のないぼんやりとした輪郭のない感情の正体はこれだったのかと、答えを貰えた様な気がしたのだ。・・・このぼんやりとした不安たちが私の中にある。それも心の片隅ではなく、ぼんやりとした不安たちが塊となって割と真ん中に胡坐をかいてふんぞり返っている。
・・・・
 
 小学生で「ぼんやりとした不安」が腑に落ちるとは、常人では考えにくく、さすがに吉田さんだ。
 
 当方がそれこそ何となく腑に落ちたのは、高校生の時だった。大学入試を控え、理系か文系かに迷い、更にその後のもろもろに思いを巡らして、それこそ将来に対する「ぼんやりとした不安」にさいなまれ、生きて行くことの意味を考えて悶々としたものだった。
 
 吉田さんは自分の不安を、以下の如くポジティブにとらえている。・・・・
 ・・・私の人生の原動力の多くは不安だ。もっと正確にいえば、人生の先にある不確かな漠然とした未来への不安だ。・・・
 若い頃は疎ましかった愚かな不安たちが、最近は少し愛おしい。ぼんやりとした不安自体が、もしかしたら私そのものなのかもしれないとすらおもうのだ。
・・・・
 
 我が身を振り返ると、社会人になってガムシャラに働いたのは、諸々はあるにしても、せんじ詰めれば将来に対する不安が原動力だった。会社員としてのその後の変遷も常に不安が付きまとってはいたのは間違いないが、経験を重ねるに従い、不安が小さくなり徐々に影を潜めてきた。それがよかったのかには疑問が残るが。
 
 今、現役を離れ、悠々自適に見えるかもしれないが、それでもそれなりの不安があり、悶々と思い悩む・・・・時もあるのだ。

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